初級翻訳・月世界競争探検 第2話

押川 春浪

やがて船はだんだん月に近づいていき、二人は無事に月の地面へと降り立った。
「若旦那様、ここが月の世界という場所でございますか?」
「そうだ。」
「それじゃあ、いよいよ篠山の大旦那様もこのへんにいらっしゃるんでがすねえ。あの意地悪な秋山様に先に探し出されないうちに、少しでも急いで……」
「そんなにお前みたいに焦ったって仕方がないじゃないか。それよりもまずは、どこかよさそうな場所を探して、とりあえず落ち着けるキャンプを張らなくちゃいん。」
「なるほど、たしかにその通りでがす。」
そこで二人はもう一度飛行船に乗り込み、今度は地面すれすれの位置を飛びながら、あちこちを見下ろしてみた。すると、ある山のふもとにこんもりとした林があり、そのすぐそばを一本の小川がサラサラと流れていた。
「あそこがよさそうだ。」
二人はそこに飛行船を着陸させると、あらかじめ用意しておいたテントを取り出し、力を合わせて森のほとりに組み立てた。そして、飛行船のほうは分解して小さく折りたたみ、テントの中にしまい込んだ。これでひとまずの準備はバッチリだ。

月宮号の惨状

 雲井文彦と家来の東助は、それぞれライフル銃を肩にかけて、篠山博士を捜すための探検に出発した。
野原を越え、山を越え、あちこちをくまなく探したものの、手がかりはまったく見つからない。
五日経ち、一週間経っても、いまだにどこへ向かえばいいのかさっぱり分からないままだった。
二人はすっかりがっかりして、ある木の陰にドカッと腰を下ろした。
「どうしたんだろう。ひょっとしたら途中で方向をまちがえて、月以外のほかの星へ行っちまったんじゃないだろうか……」
「さようでございますなあ。場合によっちゃあ、そんなこともあったかもしれませんねえ。ですが、せっかくここまで来たのですから、もう少しがんばって探してみましょうや……」
「そりゃもちろん、死ぬ気ですべて探す覚悟さ!」
文彦は力強くそう言い返すと、
「なんだか少し寒気がしてきたな。なにか焚き火をするための木はないか?」
「どれ、私めが拾い集めて参りましょう!」
と東助は立ち上がり、しばらくして一抱えもある燃料を抱えて戻ってきた。さっそく火を焚いて温まりながら、木を一本ずつくべつつ話をしていると、ふと文彦は、今手元にある薪(まき)の木肌に目が留まった。この月世界では見なれない木で、しかも何やらきれいに彫刻が施されている。
よくよく見ると、それは飛行船の部屋の飾りつけによく似ており、まぎれもなく篠山博士の飛行船「月宮号」の部品だった。
「あっ! 手がかりがあったぞ!」
「えっ?」
「これを見ろ!」
文彦はその木を東助の目の前にぐっと突き出した。
「これは叔父さんの飛行船につけてあった飾りだ。これがあるくらいだから、叔父さんがここまでやってきたのは絶対に間違いない! ただ、飛行船が壊れてしまって地球へ帰れず、ここにそのまま取り残されていらっしゃるんだ。ありがたい、これはまさに天からの恵みだ!」
「じゃあ、いよいよ大旦那様はこのへんにいらっしゃるに違いねえ! さあ、それじゃあ一刻も早く居場所を探し出して……」
「それにしても方角が分からないから、まずはこの木が落ちていたあたりを調べてみれば、もっとはっきりした手がかりが見つかるかもしれない。」
文彦は東助を先頭にして、先ほど焚き火の木を集めた場所へ戻ってみたが、ほかには特に変わった様子はなかった。
その向こう側へ抜けようと横の森を通り抜けると、ぱっと開けた少し広い空地に出た。
「あっ、飛行船だ!」
「月宮号だ!」
二人はあまりの驚きに、思わず大声をあげた。
見よ、そこには、日本の科学の粋を集めて作られたはずの篠山博士の飛行船「月宮号」が、無残にも粉々に砕け散っていたのだ。
これを見た東助は、声をあげてワンワンと泣き出した。
「若旦那様、こんな有様じゃあ、もう篠山の旦那様はとても助かっちゃいねえでがす……。このことをお伝えしたら、お嬢様はびっくりして気絶しちまうに違いありません。若旦那様、一体どうしたらいいんでがすか……!」
「いや、まだそうやって諦めるのは早い。たしかに飛行船はこの通りめちゃめちゃに壊れているけれど、叔父さんのお姿が見当たらないところを見ると、きっとどこかほかの安全な場所にいらっしゃるはずだ。そのうえ、助手の杉田も一緒だったはずなのに、二人とも姿がないとすれば、きっとこの近くへ逃げ延びているに違いない!」
文彦は自分を奮い立たせるように言った。
「これだけ確かな手がかりが見つかったんだから、もう叔父さんに再会できるのも遠くはないはずだ。さあ、もうひとふんばりだぞ!」
文彦が率先して歩き出すと、東助もようやく涙をぬぐい、そのあとを必死についていった。

洞穴内の怪音

 そうして三里、四里と歩いていくうちに、あたりはだんだんと薄暗くなってきた。
「もう夜になってしまっては捜索できないから、今日はどこかで野宿して、また明日のお日様が昇るのを待って早くから探そうじゃないか。」
と、どこか手頃な場所はないかとあたりを見回したが、このあたり一面はハゲ山と荒れ野ばかりで、露風をしのげるような場所は見当たらない。
そのとき、突然東助が叫んだ。
「若旦那様、前の方に洞穴(ほらあな)があります!」
「どれどれ。」
指さされた方を見ると、十町(約1キロメートル)ほど先の山のふもとに、ぽっかりと大きな洞穴が開いていた。
「あの中に一泊しよう!」
二人はそこへ向かって急ぎ足で歩き、実際に近づいてみると、思っていたよりもずっと広い洞窟(どうくつ)で、奥のほうもかなり深そうだった。荷物を下ろして座り込み、革の鞄の中からビスケットを取り出して食べていると、
ふしぎ、ふしぎ。
洞穴の奥から何やらうめくような声がする。二人は驚いてお互いの顔を見合わせたが、東助は声を潜めて言った。
「あの声は何でございましょう。」
「さあ……。」
最初は気のせいではないかと耳を澄ませてみると、そのうめき声はなおも聞こえてくる。
静かで湿っぽい洞穴の中に、弱々しく、切なげなその声がかすかに響き、二人は思わず身震いした。
文彦はすぐさまライフル銃を手に取り、弾を込めながら立ち上がると、東助を手招きした。
東助も同じように銃に弾を込め、主人のあとにつづいた。
二人はまるで猫がネズミをうかがうように、息を殺し、足音を忍ばせてその声のするほうへ這うように近づいていった。
二、三間ほど進むと、道は右に折れていた。
うめき声はまさにそこから漏れてきている。あんなに遠くだと感じたのは、その声があまりにもかすかで弱々しかったからだった。
突き出た大きな岩の手前まで来ると、その声はいよいよはっきりしてきた。
間違いなくそれは人間のうめき声だ!
急いでその岩を回り込むと、広い部屋の真ん中に、一本のろうそくが今にも消えそうになりながらともり、ほの白くあたりを照らしている。その下には、何やら黒い影が二つ横たわっていた。
うめき声はそのうちの一つから聞こえており、その黒い影は時々体を動かしながら、いかにも苦しそうにうめいているのだ。
文彦はどう思ったのか、銃をそこに投げ捨ててそのそばへ駆け寄り、電気ランプをつけた。

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