初級翻訳・月世界跋渉記 第2話

月世界跋渉記

事情を知らない二人の少年はこの姿を見ると病気のことも忘れて手をたたき、
「わあ、おもしろい格好だなあ。
どうしてそんなものをかぶるんですか?」
博士は簡単にそのわけを教えて、まず自分から外へ出た。
あとにつづいた助手も、人数分の自発器をとりだしてみんなにかぶらせ、そのあとに続いて外へ出た。
がっちりと作ってあった飛行船の大切な部屋は比較的無事だったが、外に出てみるとそれはそれはひどい有様だった。
プロペラはどこかへ飛んでいってしまい、マストはぽきんと折れ、そのほか外側についていたいろんなものはぜんぶめちゃめちゃに壊れていて、まるでバッタの足や羽をむしり取ったあとのように、鉄でできた胴体だけがポツンと残っていた。
この様子を見ると、さっき元気をとりもどしかけていた光雄と晴次は、また心配そうな顔をして、
「こんなにめちゃめちゃに壊れちゃったら、もう地球に帰れなくなっちゃうんじゃないですかねえ?」
とたずねた。
桂田博士もなかなかに困った様子で、何も答えない。
六人の探検家の言葉が通じない

月野博士が先頭に立ってどんどん先へ進んでいくので、ほかの人たちもそのあとについていく。
広い石ころだらけの原っぱを通りぬけると、今度は見上げるほど高い険しい山がずらりと並んでいる。
見渡すかぎり石ばかりで、まわりに草は一本もはえておらず、谷間のようなところへ降りていっても、一滴の水すら流れていない。
まるでサハラの大砂漠の真ん中に放り出されたようなものだ。
それなのに不思議なことに、自分の体がものすごく軽くて、地面を踏んでいるのかいないのかよくわからないくらいだ。
歩く音さえ聞こえない。
だから、いくらゴロゴロした石の上を歩こうとも、険しい山を登ろうとも、少しもしんどいと感じない。
「これはおもしろい!」
と少年たちは大よろこびで、どんどんウサギのように飛び跳ねながら走り回ると、その体はまるで浅草のあやつり人形を見るようにぐらぐらと揺れて、首をふりふり進んでいく。
おかしいと思ってよく見れば、首をふったりピョコピョコ跳ねたりしているのは少年たちだけではない。
二人の博士も、なんだかへんてこな身振り手振りで歩いている。
一番はじめにこれに気づいた助手は、あまりにおかしくて、
「先生、なんだかとてもごようすが楽しそうじゃありませんか!」
とからかったが、博士は何も返事をせず、相変わらず首をふっている。
「どうしたんだろう。
それにしてもあの格好はおかしいなあ。
はははははは!」
と大笑いしたけれど、不思議なことに、自分の笑う声がまったく聞こえないことに気がついた。
「おや?」と思って、今度はもっと大きな声を出してみたが、やっぱり聞こえない。
ますます不思議に思って、月野博士に追いつき、その袖を引っ張りながら、
「先生、ぼくはなんだか耳が聞こえなくなっちゃいました!」
と訴えたが、やっぱり博士には何を言っているのか全然伝わらない。
博士は急に思いついたようにポケットから手帳を取り出し、
「ここは空気がまったくないために、音が伝わらないのだ」
と書き記した。それを読んだほぐれた他の仲間たちも「なるほど!」と納得して、
「ははあ、それで聞こえなかったのか。なんだ、ばからしい。
ははははは!」
と大笑いしたけれど、口が大きく開いているのが見えるばかりで、笑い声も話し声もまったく何も聞こえない。
不思議な空気の穴の発見と、桂田博士の行方不明

これからは用事があるときは筆談することにして、またどんどん先へ進んでいると、晴次が踏んだ石がグラッと揺れて、そこにぽっかりと小さな穴が見つかった。
ものすごく小さな穴だったが、月野博士は注意深くその中をのぞきこみ、何を思ったかマッチを取り出して火をパッとつけてみた。すると、火が勢いよく燃え上がった。
博士は大よろこびでまわりの石を少しだけどけてその中へ飛び込み、中から手招きをしたので、みんなも中に入ってみた。すると博士は顔の仮面を脱いで、
「この穴には空気がいっぱいつまっているぞ!」
今度ははっきりと声が聞こえた。
「これは何かの拍子で、この穴にずーっと大昔の空気が残っていたんだな」と言いながら、また懐中ランプをつけてそれを高く掲げ、まわりをくまなく見回した。
一行がいる場所は八畳間くらいの広さだが、その横に一間(約二メートル)四方ほどの洞窟(どうくつ)があって、その先はどれくらい深いのか見当もつかないほど深そうだった。
それは、助手が奥の方へ向かって石を投げ込んでみたときの跳ね返りの音でだいたいわかった。
月野博士はものすごくうれしそうな顔をして、
「いやあ、ありがたい、ありがたい。……」何にしてもこれだけ大きな空気穴があれば、余程長い間吾々は呼吸には困難しないから、この間に緩々探検もしたり、飛行器の修繕も出来るというものだ。
」
と大喜びして飛び跳ねていたが、やがて、
「しかしこうしている中にもこの中の空気が逃げていったら大変だから、急いできちんに入口をふさがなければならない。
」
「僕らが道具を持って来ましょう。
」
と少年たちはもう駆け出した。
桂田工学博士は、
「それじゃ僕だけここに残っているから、みんなで支度をして持ってきなさい。
」
「では頼むよ。
」
と月野博士は助手をつれて引き返した。
いろんな道具をかついでまた大急ぎで、さっきの洞穴へ戻ったが、どうしたことか、待っているはずの桂田博士がいない。
「どうしたんだろう。
」
と大きな声で呼んでみたが、何の返事もない。
五人で声を合わせて博士の名前を呼んだ。
それでもやっぱり何の答えもない。
「ひょっとしたら、あたりへ一人で探検に出かけているのかもしれないな。
もうすぐ戻ってくるだろうから、僕たちは少しでも早く、ここの空気が逃げ出さないようにしっかり作業をしなければならない。
」
と、自分で道具を取って石を動かし始めた。
二人の少年も助手といっしょに働いたが、この月世界では物の重さが信じられないほど軽くて、普段なら馬二頭でやっと引っ張れそうな大きな石が、杖の先で軽くつつくだけでするすると動く。
いやそれどころか、手のひらにのせられるくらい軽い。
まもなくそこの工事もすっかりできあがったので、みんなはいったん飛行船のところまで戻って、晩ごはんの用意にとりかかった。
やがて料理もできて、月世界で記念すべき初めての晩餐会が始まった。
おいしそうに食事をしていた晴次は、急に顔を上げて、
「叔父さん。
」と博士に呼びかけて、
「桂田さんはどうしたんでしょうねえ。
」
「そうだなあ。
きっと一番乗りで一人で探検に出かけているんだと思うよ。
」
「そうでしょうか。
僕は何だか、この月世界の中にほかの人間や動物が生き残っていて、桂田さんは、そういうものに見つかって捕まっちゃったんじゃないかと思うんです。
」
博士は笑いながら、
「そんなことあるもんか。
どうして空気のないところにそんな生きものが生きていけるものか。
」
と言うと、光雄は負けじと、
「だって、僕らが今こうして生きているんだから、ほかの生きものだって生きているかもしれないじゃないですか。
」と言い返す。

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