「そりゃそうかもしれないけれど、少なくとも月にはそんな生きものは一匹だっていう定説なんだから、そんなことはないさ。
もうすぐ戻ってくるだろう。それよりも、ご飯がすんだら僕たちの住まいをあの洞穴の横に作るぞ。
」
「家を建てるって? だってどうやって建てるんですか。
木材だって何にもありゃしないじゃないですか。
」と、また晴次が口をはさむ。
「何も難しいことはないよ。
この飛行船をみんなでかついで引っ越すんだ。
」
「飛行船をですか? 五人や六人でそんなことができるもんですか。
日本で作ったときは、作業員が二十人以上も必要だったんでしょう。
」
「そうさ。
しかしお前はさっき、あの穴をふさぐときにあんな大きな石をゴロゴロ転がしていたじゃないか。
空気のないところでは、石でも鳥の羽でも重さは同じなんだ。
飛行船だって、僕一人でも持ち運べるくらいさ。
」と説明すると、
「そうですねえ。
」と納得して、
「それにしても、博士を探しに行ったほうがいいんじゃないでしょうか?
僕らが迎えに行ってきましょうか。
」
「そうだなあ。
もうすぐみんなで探しに出かけよう。
」
月のアルプス山における記念碑
五人はいろんな話をしながら食事を終えた。
そして少しの間、休憩した。
ここへ到着してからかれこれ二十四時間以上もたっているのに、一向に夜がやってこない。
ずっと明るい昼間のままで、朝も夜も何にもないのだ。
それでもみんな体は綿のように疲れていたので、シートの上に横になると、あっという間にぐっすりと眠り込んでしまった。
それから三時間ほどたった頃、博士がまず目を覚まして、ほかの人たちを起こした。
「ああ、よく寝た、よく寝た。
もう何時なんだろう。
」
晴次は目をこすりながらたずねる。
「何時もクソもあるもんか、一日は二十四時間より長いんだから、僕たちの持っている時計じゃ正確にわからないんだ。
さあ、いよいよそれじゃ博士を探しに出発しようか。
」
と、空気自発器に薬品を補充して、再びそこを出発した。
今度もやっぱり首をグラグラと揺らしながら歩き、さっきとは少し方向を変えて、そびえ立つ山の方へ向かって進んだ。
その山の高いことといったら想像もできないほどで、その足下には一面に広いすり鉢状のくぼみが広がっている。
博士は手帳を取り出して、
「あそこに見える高い山脈は月世界のアルプス山脈で、今ぼくたちの足下に広がっているのが、ベポアー海だ。
」
と書き記して見せると、二人の少年はびっくりして、
「海ですって?」と声に出したが、さっきと同じでまわりには全く聞こえない。
しかたなく鉛筆を取り出して、
「だって海っていっても、水が一滴もないじゃないですか。
」と聞き返す。
「昔はこのくぼみに水がたまっていて海だったんだけど、長い年月の間にすっかり干からびてしまったんだ。
でも、昔は確かに海だったから、天文学者たちは今でも海とか山とかいう名前をつけて地図を作っているのさ。
」」
こんな話をしながら、みんなはいつの間にかその海を渡りきって、いよいよアルプス山のふもとにたどり着きました。
遠くから見ていた時よりもずっと険しく、岩という岩はまるでナイフで削ったように真っすぐそびえ立っています。
その岩伝いに少しずつ登っていき、やっとの思いでてっぺんにたどり着きました。
すると晴次が何かを見つけて思わず「あっ!」と言いかけましたが、すぐにハッとして博士の袖を引っ張り、しきりに前方を指さしました。指さされたほうを見ると、どうやら石碑のようなものがあります。
誰もいないこんな場所に、ぽつんと石碑があるなんて!
みんなは不思議に思いながらそちらへ駆け寄ってみると、一間四方(約二メートル四方)もあるような大きな四角い自然の岩が立てられていて、そこに何か文字が彫刻されていました。
そばに寄って文字を読んでみると、英語と日本語でこう書かれていました。
「明治四十年十月 大日本帝国月世界探検隊この地に達す。一行の姓名を刻んで記念となす。
工学博士 桂田啓次
理学博士 月野清
日本少年 星岡光雄
同 空地晴次
助手 山本広
同 卯山飛達」
「博士は、ぼくたちより一番乗りでここまで来ていたんだ!」
一同は、桂田博士が無事だったことを知って、みなホッと胸をなでおおろしました。
しかし晴次はまた首をかしげて、
「それにしても、博士はここからどちらへ行かれたんでしょう?」と言いました。
「さあどうだろうね」と、博士はあたりを見回しながら、
「とにかく、この山の反対側へ越えて、もう少し行ってみよう」
と言って、その記念碑の裏手にまわりました。
裏側は、足の踏み場もないほどのすごい急斜面です。頂上から下をのぞき込むと、目がくらむほど深く、何十万丈もあるか分からない底知れぬ谷が広がっています。
光雄はその一番突き出している岩の上にひょいと這い出して、下をのぞき込んでいましたが、立ち上がろうとしたその瞬間、ふらっとバランスを崩し、底の見えないものすごい谷底へまっさかさまに落ちてしまいました!
晴次はこの様子を見てびっくり仰天し、どうしていい分からずパニックになっています。すると博士は手帳にサラサラとこう書き込みました。
「さあ、あとに続いてみんなも飛び降りるんだ!」
「えっ? ここからですか?」
晴次が驚いて聞き返す間もなく、博士は勢いをつけてピョンと飛び降りました。
ビューン! ビューン!
晴次がますます目を丸くしていると、助手が言いました。
「みなさん、何も心配いりませんよ! 空気がまったくない場所では、人間なんて鳥の羽みたいなものです。どんなに高いところから飛び降りたって平気なんですから!」
「さあ、一緒に降りましょう!」
助手が晴次の手を取り、いやがる晴次を無理やり谷底へと引っ張って、一緒に飛び込みました。
「もうだめだ! 死んじゃうんだ!」
と思って晴次はぎゅっと目を閉じました。しかし、どうも何万丈もある谷底へ激しく落ちていっているような感じがしません。
まるで大きな風船に乗って空の旅をしているみたいです。フワフワと浮いているようで、気持ちよさといったらありおません。
「変だな?」と思って目を開けてみると、助手が教えてくれたとおり、まるで春風に鳥の羽が舞うくらいのゆっくりとしたスピードで、そろそろと降りていくところでした。
「これは面白い!」
と横を見ると、ほかの仲間たちとにっこり笑顔を交わし、同じようにとっても気持ちよさそうにキョロキョロとまわりを眺めながら降りてきています。
だんだん地面が近づいてくると、下では博士と光雄がニコニコ笑いながら、三人が飛び降りてくるのを見上げて待っていました。
やがて地面に着きました。粉々に砕け散るなんて大間違いで、花火の風船玉がフワリと落ちたたくらい、音すらしません。一同は何事もなく無事にそこに立ちました。
みんなで「すごいね!」とその不思議な現象を笑い合いながら、さらに進んでいくと、また大きな平原……いや、大きな海の跡(平原)に出ました。
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