初級翻訳・火の鳥 第14話

太宰 治

町の人たちの笑いものになっていましたし、息子の朝太郎(あさたろう)は、その頃まだ東京の大学に入ったばかりでしたが、私はあまりに困り果てて、朝太郎に手紙で事情をすべて知らせてしまったのです。
その時の朝太郎は、本当に立派でした。
すぐに東京から駆けつけてくれて、大喜びするふりをして言ったんです。「お父さん、そんなにすごい山を持っていながら、どうして僕に今まで隠していたの? そんなにいい話があるなら、学校なんてバカバカしいよ。学校はやめるから、この家を売り払って、今すぐその山の金を調べに行こう!」と、まるでお父さんの手を引っ張るようにして急かしました。それから、私をこっそり物陰に呼んで、「お母さん、いいかい。お父さんはもう先が長くないんだ。落ちぶれた人に、恥をかかせちゃいけないよ」と、私を厳しく叱ったのです。
私もそう言われて、はじめて「ああ、そうだった」と気づきました。恥ずかしい話ですが、自分の子ながら、両手を合わせて拝みたいほどありがたいと思いました。
嘘だとハッキリわかっていながら、汽車に乗り、馬車に乗り、雪道を歩いて、私たち親子三人は信州(長野県)の山奥まで行きました。
今思い出しても、胸が切なくなります。
信州の山奥にある温泉宿に泊まって、それから丸一年間、あの子は雨の日も晴れの日もお父さんのお供をして山を歩き回りました。日が暮れて宿に帰ってくると、お父さんの話を、まるでお芝居とは思えないほど熱心に聞いて、二人で何かと研究したり相談したりしていました。「明日は大丈夫だ、明日はきっと見つかるぞ」とお互いに励まし合って眠り、また朝早くから山へ出かけて、あちこちお父さんに引っ張り回されて、さんざんデタラメな説明を聞かされて……それでもあの子は、いちいち深くうなずいて、ヘトヘトになって帰ってきました。
何もかも、朝太郎のおかげです。
お父さんは山奥の宿で、やりがいのある毎日を一年間も過ごすことができました。妻や子供に対しても立派な姿を見せたままで、恥をかくこともなく、安らかに亡くなりました。
ええ、信州の、その山の宿で死んだんです。
「わしの山は絶対に見込みがあるぞ。どうだい、財産が二十倍になるんだぞ」と威張って、亡くなっていきました。
もともと、心臓がとても悪かったのです。
木枯らしが恐ろしく強く吹く朝のことでした。
かわいそうなお話ですよね。
けれども、あの子は本当に見どころがあります。
それから母と息子の二人で東京に出てきて、苦労しました。
私は、どんぶりを持って豆腐を一丁買いに行くことすら、恥ずかしくてたまらないほどつらかったのです。
今ではおかげさまで、朝太郎も文章を書いてお金をいただけるようになりました。私はもう、朝太郎がどんなバカなことをしても、信じているんです。
昔、あのお父さんのことをあんなに大切に守ってくれたことを思えば、あの子がありがたくて、もったいなくて……あの子のことなら、どんなことがあっても、たとえあの子が人を殺すようなことがあったとしても、私はあの子を信じています。
あの子は、それほど情の深い子なんです。
本当に、よろしくお願いしますね。
そう言ってお母さんは軽くお辞儀をしました。さちよも思わずそっとお辞儀を返すと、ふと二人の目が合いました。すると、二人は同時にパッと明るく笑い出し、それから気持ちよさそうに泣きました。
夜の十時になって、三木が酔っ払って帰ってきました。
久留米絣(くるめがすり)の着物に、白っぽくてゴワゴワした袴(はかま)をはいて、まるで明治時代の学生のような格好でした。
のっそりと茶の間に入ってくると、何も言わずに、火鉢の奥に座っているお母さんを追い払うようにして、自分がその場所にどっかと座りました。そして袴の紐をほどきながら言いました。
「何しに来たんだ?」
座ったまま袴を脱いで、それをお母さんに放り投げると、「ああ、お母さん。あなたはちょっと二階へ行っていてくれ。僕は、この子に話があるんだ」と言いました。
二人きりになると、さちよは言いました。
「うぬぼれないで。私は、仕事の相談に来ただけよ」
「帰れ」
家にいる時の三木さんは、なんだか暗くて、険しい表情をしていました。
「あら、ご機嫌ななめね」
さちよは平気でした。
「私、数枝さんのアパートから逃げてきたの」
「おや、おや」
三木は冷たい態度で、お茶をガブガブ飲んでいます。
「私、働くわ」
そう言った瞬間、自分でもびっくりするくらい涙が溢れ出して、そのままメソメソと泣いてしまいました。
「もう、僕は君のことをあきらめているんだ……」三木は、心からいまいましそうに顔をしかめて言いました。
「君には、どうしようもないくらい自分勝手で怠け者なところがあるね。君は、自分の悩みっていうものに、ちょっと酔いしれすぎているんじゃないかな? どうやら僕は、君のことを高く評価しすぎていたみたいだ。君の苦しみなんて、手のひらに針を刺したくらいの小さなものだよ。確かに痛いだろうし、飛び上がるほど苦しいかもしれない。でも、それでわあわあ騒ぎ回っていたら、周りの人は笑うよ。最初は『可愛いところがあるな』なんて思ってもらえるかもしれないけれど、そのうち誰も相手にしてくれなくなる。悲しいことだけど、今の世の中の人たちには、そんなことに付き合ってあげる余裕なんて誰にもないんだ。

僕は分かっているんだよ。君が何を考えているかくらい、全部お見通しだ。『私は虫けらみたいにちっぽけな存在です。精一杯生きています。命だって捧げます。ああ、信じてもらえないのかなあ』……どうせ、そんなところだろう?

だけど、いいかい。本当の気持ちっていうのは、心の中で思っているだけじゃダメなんだ。どんなに深く思っていても、どんなに強い覚悟を持っていても、ただ思っているだけなら、それは嘘やインチキと同じなんだよ。胸を切り開いて見せたいくらい真っ直ぐな愛情を持っていたとしても、ただ黙っているだけなら、それは威張っているのと同じだし、自分勝手な思い込みにすぎない。

真実は『行動』なんだ。愛情も『行動』なんだよ。形に表さない真実なんて、この世には存在しないんだ。『愛は胸の中にあるもので、言葉にする前にあるものだ』なんていうのは、結局のところ、ただのカッコつけた言い回しにすぎない。黙っていたら伝わらないし、『そんなの知らないよ』と突き放されても、それは仕方のないことなんだよ。

真理はただ感じるものじゃない。真理は、表現するものなんだ。時間をかけて、努力して、作り上げていくものなんだよ。愛情だってそれと同じだ。自分の心の空っぽな感じや、やりきれない気持ちをグッとこらえて、優しい挨拶をすること。そこにこそ、間違いのない本物の愛情があるんだ。愛っていうのは、最高の奉仕、つまり相手に尽くすことなんだよ。少しでも『自分が満足したい』なんて思っちゃいけないんだ」

三木はまた、お茶をガブガブ飲むと、こう続けました。
「君は一体、今まで何をしてきたんだ? よく考えてごらん。言えないだろう? 言えないはずだよ。何一つやっていないんだから。僕は、君のことをもう少し信じていたんだ。あの山の宿から逃げ出す時だって、僕はただの思いつきで君を助けたわけじゃないんだぞ。

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