七、八人の大人たちが配電盤(はいでんばん)の前に集まって、メーターの数字をじっと見つめています。
誰かが抵抗のハンドルをぎりぎりと回します。
「ぽっ!」
配電盤の後ろから、青い火花が飛び散りました。
配電盤の前にいた人たちは、「うわっ!」と言って後ろへとびのきます。
すると、火が消えます。
火が消えると、人々はまたすぐに配電盤の方へ近づいていくのです。
おかしくなってしまったエンジンは、まだ全然直っていません。
そんな作業員たちの中に、ひときわ背の高い一人の老人が混じっていました。
それこそは、河合少年が見覚えのある火星探険協会長のデニー博士でした。
博士は、この前エリス町に姿をあらわしたときとはまるで違って、目は鋭い光を放ち、ほっぺたは赤く輝いていて、とっても力強く見えました。
博士は、宇宙艇が地面をはなれてから一度もこの部屋から離れず、エンジンの調子を元に戻そうと一生懸命にがんばっていたのです。
こんなにデニー博士が大奮闘しているというのに、エンジンは一向にいい調子に戻ってくれませんでした。
「ねえ、河合君」
マートン技師が、河合少年の肩にポンと手を置いて言いました。
「これだけの大きなエンジンを動かすのに、たった八人の技術者しかいないんだよ。君が手伝ってくれるなんて、本当にどんなに助かるかしれない」
「はい、がんばって働きます! でも、僕はいったい何をすればいいんでしょうか?」
「それはデニー先生が命令してくださるよ。さあ、いっしょに配電盤の前へ行こう」
マートン技師に連れられて、河合少年は配電盤の前に集まる技術者たちの輪に加わりました。
もともと機械が大好きだった河合少年は、心臓をドキドキさせながら、デニー博士からの命令を待ちました。
重力は減る
おかしくなってしまったエンジンの調子を元通りにすることは、もう不可能なんじゃないかとも思われました。
空へ飛び出してからすでに十四時間が経ちましたが、エンジンは相変わらず勝手にものすごい勢いで動き続けています。
それでもデニー博士は、次から次へとエンジンに手を加えつづけました。
機械のすき間から青い火花が散ったり、中の部品がぼうぼうと燃えだしたり、あちこちから油がプシューッとふきだしたりして、ものすごく賑やか(というか大騒ぎ)な状態でした。
河合少年はマートン技師とコンビを組んで、そんな危ないときにも勇敢に機械の中へとびこみ、応急処置(おうきゅうしょち)を手伝いました。
その場にいた誰も、無駄口をきく人なんていませんでした。
十四時間もぶっ通しで、一度のミスもなくエンジンと戦い続ける、すごい技術者たちばかりだったのです。
そのとき、デニー博士がクルッと背中をまわして、みんなの方を向きました。
何か新しくみんなに伝えることがあるようです。
「諸君!
これからは、二つのチームに分かれて交代制(こうたいせい)にする。
なぜなら、エンジンはおかしくなっているけれど、これ以上悪化することはないと思われるからだ。
だから当分は、このおかしくなったエンジンの番をして見張っていれば十分だ。
どうせ第一倉庫にある燃料がぜんぶなくなれば、エンジンは自然に止まるに決まっている。
そうなるのは、今から約四日後のことだ。
それが分かっていれば、全員でずっと張り番をしつづける必要もない。
A組とB組の二つを作って、交代でやろうじゃないか」
河合少年は、マートン技師と一緒にB組に入ることになりました。
デニー博士もB組でした。
B組のメンバーは今から三時間しっかり休養をとることになり、A組のメンバーが引き続きエンジンを見張って、緊急の処置を続けることになりました。
「河合君、疲れたろう。おなかもすいただろう。
さあ、食堂へ行って、うんと食べてきなさい」
マートン技師は、河合少年にそう言って食堂へ行くことをすすめました。
「はい、ありがとうございます! あれ、マートンさんは食堂へ行かないのですか?」
「僕もあとからすぐ行くよ。その前にデニー博士とちょっと相談しておくことがあるからね。君は遠慮しないで先にいっといで」
そう言われたので、河合少年は一足先に食堂へと向かいました。
「おっ、河合君! そのカッコは……どうしたんだい?」
ネッドが河合を一番に見つけて、ぴょんとそばに駆け寄ってきたのでした。そういわれると、なるほど河合は自分の服が油だらけになっているのに気がついた。
「ちょっとお手伝いをしたところが、この有様さ。
ところで張君は、うまくやっているかい」
と、河合は料理係になった張少年のことを心配してたずねた。
「張君のことか。
彼奴は大喜びだよ。
なぜって、御馳走のつまった缶詰の中にうづまっているんだからね。
ところで君は何をたべるかね。
何でも持ってきてやるよ」
ネッドは、にこにこして、たずねた。
「そうだね、あついコーヒーとね。
それから甘いものだ。
ショート・ケーキか、パイナップルの缶詰でもいいよ」
「よし、何でもあるから、うんと持ってこよう」
「でも、食料品が足りないという話だから持って来るのは少しでいいよ」
「なあに、うんとあるから大丈夫」
ネッドは心得顔で、調理場へ入っていった。
河合が待っていると、調理場で大きな叫び声が聞えた。
何だろうと思っていると、間もなくネッドが妙な顔をして河合の方へやってきた。
彼は左手でパイ缶を持ち、右手には皿を持ち、その皿でパイ缶を上からおさえつけるようにしている。
「どうしたんだ、ネッド」
と、河合はたずねた。
「いやあ、へんなことがあるんだよ。
パイ缶をあけたんだよ。
すると中からパイナップルがぬうっと出てきたんだよ。
まるでパイナップルが生きているとしか思えないんだ。
それとね、甘いおつゆがね、やはり缶から湯気のようにあがってきて、そこら中をふらふら漂うんだよ。
おどろいたねえ。
まるで化物屋敷みたいだ」
「ふうん、それはふしぎだなあ」
「だからこうして缶の上をお皿でおさえているんだ。
気をつけてたべないといけないぜ」
「どういうわけだろうね、それは……」
河合はネッドから缶をうけると、ふたになっている皿を下へおいた。
すると缶の中からにょろにょろと甘いおつゆが煙のように出てきた。
そしてその下から、黄いろいパイナップルの一片がゆらゆらとせりあがってきた。
「ああこれだね。
へんだなあ」
「早く、フォークでおさえないと、パイナップルが逃げちまうよ。
さっきも調理場で、一缶分そっくり逃げられちまったんだ」
「なるほど、これはいけない。
パイナップル、待ってくれ」
河合はフォークをふるって空中を泳ぐようにして、動いているパイナップルの一片をぐさりとつきさした。
これは一体どうしたわけだろう。
地球からもうかなり遠くはなれたため、重力が減ってきたせいである。
重力が減ると、物質はみんな軽くなる。
そのために、こうしたふしぎな現象が次々に起って、人々をおどろかせ、まごつかせるのであった。
当った予言
この日、デニー博士はついにコーヒーに追駆けられた。
まことに前代未聞の珍事件であった。
そしてそれをはっきりと目で見た山木が、仲間の少年たちの集っている食堂へとびこんできて、その顛末を語った。
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