初級翻訳・灰色の巨人 第11話

江戸川 乱歩

そのマントの長さは、なんと四メートルほどもあるのです。
マントの上からひょっこりとのぞいている顔はふつうのおとなの顔ですが、からだがそんなに大きすぎるものですから、顔がものすごく小さく見えます。
その顔は、おしろいをまっ白にぬって、ほっぺたに赤いまるが描いてある、あの道化師の顔です。
頭には赤と白のしましま模様のとんがり帽子をかぶっています。
マントの長さが四メートルもありますから、その巨人の背の高さは、五メートル以上にもなります。
でも、そんなに大きな人間が本当にいるわけがありません。
「あれは、きっと三人なんだよ。
ひとりの肩の上に、もうひとりがのって、その上に、さらにもうひとりがのっているんだ。
そして、大きなマントですっぽり隠しているんだよ。」
 少年探偵団のひとりが、おもしろそうにとなりの少年にコソコソとささやきました。
「でも、あのマント、きれいな灰色だねえ。
おい、まるで灰色の巨人だぜ、あいつは……。」
 別の少年が、おどけた調子で言いました。
あの悪名高い灰色の巨人が、こんな楽しいサーカスにいるわけがありません。
これは道化師たちが仕掛けたインチキの巨人です。
しかし、「灰色の巨人」という名前を聞いたとたん、少年たちはハッとしたように顔を見合わせました。
そんなはずはないと思っていても、なぜかゾクッとなんだか気味が悪くなってきたのです。
そのとき、見物席からドッとものすごい笑い起こりました。
そして、大きなテントを揺るがすほどのすごい拍手です。
巨人が、灰色のマントを大きくひるがえして、クルッと一回転したのです。
すると、いままでひとりだったはずの巨人が、なんと三人になりました。
大・中・小の三人の、とってもコミカルな道化師に変身してしまったのです。
みんな、とんがり帽子をかぶっています。
顔をまっ白にぬって、ほっぺたに赤い丸が描いてあります。
服も赤と白のしましま模様の道化服です。
その三人が、背の順にならんで、見物席に向かっておじぎをしているのです。
右がわの道化師は、背の高さが一メートルほどのかわいい一寸法師です。
真ん中は、ふつうのおとなの道化師です。
そして左がわに立っているのは、まるでお相撲さんのようなすごい大男です。
その大男の背の高さは、一寸法師と真ん中の道化師をあわせたほどもありました。
巨人は三人にわかれましたが、そのうちのひとりは、やっぱり本物の大きな巨人だったのです。
その大・中・小の三人が、おそろいの道化服を着て並んでおじぎをしている様子は、思わず吹き出してしまうほどおかしいものでした。
「ねえ、小林さん、やっぱりあそこに巨人がいるよ。
小林さんが隅田川で出くわしたあのやつ、まさにその人じゃないのかな?」
 ひとりの少年が、小林団長にこっそりささやきました。
「うーん、まだわからないな。
あんなに真っ白におしろいをぬっていたら、見わけるのはむずかしいよ。
あとでおしろいを落としたあとの顔を、しっかり見張ってやろう。
もしかしたら、本当にあいつかもしれないからね。」
「でも、むこうのほうでも、僕たちのことに気づきやしないかなあ?」
「気づいているかもしれないね。
だけど、だいじょうぶだよ。
まさかあいつらも、こんなサーカスの舞台から急に逃げ出したりはしないさ。
もし逃げ出したりしたら、すぐに怪盗だとバレてしまうからね。」
「それに、あの小さなおじさん……一寸法師もいるんだぜ。
巨人と一寸法師が、そろいもそろって登場しているんだ。
なんだか変だなあ。
ぼく、少し気味が悪くなってきたよ。」
「うん、もし、あの悪党たちが道化師に変装しているとしたらね。
だけど、まだ油断はできない。
もう少しよく観察してみよう。
もし何か怪しいことがあったら、すぐに明智先生に電話をかければいいんだからね。」
 そのとき、また見物席から、「わあっ」という大歓声が巻き起こりました。という声がおこり、拍手がなりひびきました。
砂場のぶたいでは、大中小三人の道化師が、クルクル、クルクルと、車のように、とんぼがえりをうって、アクロバット(軽業)を、やっていたのです。
お相撲さんのような大男も、見た目によらずアクロバットの名人で、みごとにひっくりかえっています。
アクロバットがおわると、三人の道化師は、見物せきにむかって、もう一度ていねいなおじぎをして、サアッと、とぶように、がくや口へひっこんでいきました。

長ぐつの女王さま

 つぎは、いよいよ、「馬にのる十人の女王さま」です。
バンドのいさましい音楽がはじまると、がくや口のカーテンがサッとひらいて、馬にまたがった美しい女王さまが、しずしずとあらわれてきました。
ひとり、ふたり、三人、四人……、みんなおなじ服装です。
十人の女王さまが、十頭の馬にまたがって、砂場のまわりの馬場をグルグルとまわりはじめました。
じつに美しいけしきでした。
女王さまたちはみんな若いきれいな女の人で、それが、まっかなラシャ(毛織物)を白い毛皮でふちどった女王さまのマントをはおり、キラキラ光る王冠をかぶっているのです。
王冠の金色と、マントの赤とがてりはえて、その美しさはなんともいえないほどです。
女王さまたちは、マントの下にはやはり赤いラシャに白い太いすじのはいったズボンと、黒い長ぐつをはいていました。
長ぐつには銀色の拍車がついているのです。
かぶっている王冠はひとりひとり形がちがっていますけれど、みんな金色にかがやいて宝石がちりばめてあるのです。
金色はメッキで、宝石はガラス玉なのでしょうが、大テントのてんじょうからさがっている照明のライトにキラキラ、チカチカと光って、目もまばゆいばかりでした。
十頭の馬たちはいさみたって、ヒヒン、ヒヒンといななきながら、足踏みをして馬場を三度まわりました。
するとそのとき、バンドの音楽のちょうしがパッとかわったかと思うと、十人の女王さまたちは赤いマントをひらりとぬいで砂場になげすて、むねに金モールのかざりのある赤いうわぎに赤いズボンの、みがるな姿になって、馬の曲のりをはじめるのでした。
まっかな服の美しい女王さまたちが、ひらり、ひらりと右に左に、走る馬のせなかをとりちがいました。
それから、三頭の馬をならべて走らせ、ふたりの女王さまが両はしの馬の上に立ち、まん中の女王さまがふたりの肩にのってまっすぐに立ちあがり、パッと両手をひろげたまま馬場をひとまわりします。
すると三つの王冠が三だんになってキラキラかがやき、そこにちりばめた宝石が五色のにじのように見えるのです。
「小林さん、あれ、たしかに、そうだよ。」
 園井少年が、となりの小林団長にささやきました。
「あれって?」
「ほら、ふたりの肩の上にのっている女王さまの宝冠ね。
ぬすまれた『にじの宝冠』と、そっくりなんだ。
あんなによくにた宝冠が、ほかにあるはずないよ。」
「えっ、あれが『にじの宝冠』だって?」
「そうだよ。
もう、まちがいない。
ほら、あれだけがほんとうの金だよ。
ほんとうの宝石だよ。
ほかの宝冠とくらべて、まるで光りかたがちがっているでしょう。」
「うん、そういえば、あれだけよく光るね。
園井君、きみの思いちがいじゃないだろうね。

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