初級翻訳・烏の北斗七星 第2話

宮沢 賢治

「おれは明日、戦死するんだ……」
大尉はブツブツとつぶやきながら、許嫁(いいなづけ)のいる森の方へと頭を向けました。
そのコンブのように黒くなめらかな木の梢(こずえ)の中では、あの声のきれいな若い砲艦が、次から次へといろいろな夢を見ているのでした。
それは、カラスの大尉とたった二人で、パタパタと羽音をならし、何度も顔を見合わせながら、青黒い夜の空を、どこまでもどこまでも上っていく夢でした。
「マジエル様」と呼んでいるカラスの北斗七星が大きく近づいてきて、その星の一つに生えている青白いリンゴの木さえはっきりと見えるころ、どうしたわけか二人は急に羽が石のように固まってしまい、まっさかさまに落ちかけてしまいました。
「マジエル様!」と叫びながらびっくりして目を覚ますと、本当に自分の体が枝から落ちかけています。
慌てて羽を広げて姿勢を直し、大尉のいる方を見ましたが、またいつの間にかうとうとしてしまいます。今度は、山ガラスが鼻眼鏡などをかけて二人の前にやって来て、大尉に握手しようとします。
大尉が「いかん、いかん」と言って手を振ると、山ガラスはいきなりピカピカ光る拳銃を取り出し、ドーンと大尉を撃ち殺してしまいます。大尉はなめらかな黒い胸を張って倒れかかります。
「マジエル様!」と叫びながらまたびっくりして目を覚ます――そんなんばいでした。
カラスの大尉は(すぐ近くの自分の木で)その姿勢を直す羽の音から、そのマジエル様に祈る声まで、すっかり聞いていたのです。
大尉もまたため息をつきながら、あの美しい七つのマジエルの星を見上げ、「ああ、明日の戦いでわたくしが勝つのがいいのか、山ガラスが勝つのがいいのか、それはわたくしにはわかりません。ただ、あなたのお考えのとおりにします。わたくしは、自分に決まっているとおり、力いっぱい戦います。みんなみんな、あなたのお考えのとおりに……」と静かに祈っていたのでした。

そして、東の空には早くもほんの少しの銀色の光が湧き上がってきました。
ふと、遠くの冷たい北の方で、何か鍵と鍵が触れ合ったようなかすかな声がしました。
カラスの大尉は夜間用双眼鏡を手早く取り出し、じっとそっちを見つめました。
星あかりに照らされた、こちらのぼんやり白い峠の上に、一本の栗の木が見えました。
その梢にとまって空を見上げているのは、まぎれもなく敵の山ガラスでした。
大尉の胸は、勇ましく大きく踊りました。
「ガー、非常召集! ガー、非常召集!」
大尉の部下たちはたちまち枝を蹴立てて飛び上がり、大尉の周りをぐるぐると駆けめぐります。
「突撃だ!」
カラスの大尉は先頭に立って、まっしぐらに北へ進みました。
もう東の空は、新しく研ぎ澄ました鋼のような白い光に包まれています。
山ガラスは慌てて枝を蹴立てました。
そして大きく羽を広げて北の方へ逃げ出そうとしましたが、もうそのときには駆逐艦たちが周りをすっかり取り囲んでいました。
「ガー、ガー、ガー、ガー、ガー!」
大砲の音で、耳がツンボになりそうです。
山ガラスはしかたなく足をグラグラさせながら上の方へと飛び上がりました。
大尉はたちまちそれに追いつき、その真っ黒な頭に鋭く一突きを食らわせました。
山ガラスはよろよろとなって、地面に落ちかかりました。
そこへ兵曹長が横からもう一突き、ガツンとやりました。
山ガラスは灰色の上まぶたを閉じ、夜明けの峠の雪の上へと冷たく横たわりました。
「ガー、兵曹長。その死骸(しがい)を営舎(えいしゃ)まで持って帰るように。ガー。引き揚げっ!」
「かしこまりました!」
強い兵曹長はその死骸を引き提げ、カラスの大尉は自分の森の方へと飛び始めました。十八隻の部下たちもそれに従いました。
森に帰ると、カラスの駆逐艦たちはみんな、ハァハァと白い息を吐きました。
「けがはないか? 誰かけがをした者はいないか?」
カラスの大尉はみんなをいたわりながら歩いていきました。
夜が、すっかり明けました。桃のジュースみたいなあたたかい太陽の光が、まず山の雪のてっぺんにパーッとふりそそぎ、それからだんだん下に流れていって、ついにはあたり一面、雪の中にまっ白な百合の花が咲いたみたいになりました。
ギラギラとまぶしい太陽が、なんだか胸がせつなくなるくらい明るく光りながら、東の雪の丘の上にぽっかりと浮かびました。
「かんぺいしき、よういっ、しゅうれい!」
大監督が大きな声で叫びました。
「かんぺいしき、よういっ、しゅうれい!」
それぞれの艦隊長たちも、それに続いて叫びました。
カラスたちはみんな、きれいに雪の田んぼの上にずらりと並びました。
カラスの大尉は列からスッとぬけ出して、ピカピカ光る雪の上を、足をピンと伸ばしながら真っ直ぐに走って、大監督のところへいきました。
「ほうこく! きょうの夜明けがた、セピラの峠の上に敵の船が止まっているのをみつけましたので、我が艦隊はすぐにしゅつどうし、撃沈いたしました!
わが軍の死者はゼロです。
ほうこく、おわりっ!」
駆逐艦のチームのみんなは、うれしさのあまり、熱い涙をポロポロと雪の上にこぼしました。
カラスの大監督も、灰色の目をうるませて、ポロポロと涙を流しながら言いました。
「ギイギイ、ごくろうだった!
よくやってくれた。
もうお前は少佐(しょうさ)になってもいいだろう。
お前の部下たちのほうびやきんしょうも、すべてお前にまかせる!」
新しく少佐になったカラスは、お腹をすかせて山から出てきて、十九隻のカラスたちに取り囲まれてやられてしまった、あの山ガラスのことを思い出して、また新しく涙をハラハラとこぼしました。
「ありがとうございます。
つきましては、その敵の死骸(しがい)を手厚くほうむってあげたいのですが、どうぞお許しいただけますでしょうか?」
「よろしい。
しっかり丁重にほうむってやってくれ」
新しい少佐は敬礼をして大監督の前からさがり、自分の列にもどると、ちょうどいまマジエルの星がいるあたりの青空をパッと見上げました。
(ああ、マジエル様……どうか、どうしても憎むことができない相手を殺さなくちゃいけないようなことがないように、一刻も早くこの世界が変わりますように。その願いがかなうなら、わたしの体なんて、何回引き裂かれたってかまいません……)
マジエルの星がきらめいているあたりの青空から、青く美しい光がゆらゆらとわきあがりました。
美しくてまっ黒な羽をもつ砲艦のカラスは、その間ずっと、みんなといっしょにピクリとも動かない気つけの姿勢で並びながら、ずっとキラキラ、キラキラと涙をこぼし続けていました。
砲艦長は、その様子をあえて見ないふりをしてあげていました。
明日からはまた、大好きな許嫁(いいなづけ)といっしょに、のびのびと訓練ができるのです。
あまりにもうれしさがこみ上げてきて、カラスは何度もくちばしを大きくパカーと開け、お日さまの光にすけてまっ赤になった口の中をさらしてしまいましたが、それについても砲艦長はわざと横を向いて、見ないふりをして見逃してあげていたのでした。

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