初級翻訳・牛をつないだ椿の木 第3話

新美 南吉

二人で競争して、受け損なった回数が少ない方が、相手に別の菓子を買わせたりしていたのです。
それに、海蔵さんはこの技では他のどの人力車引きにも負けたことがありませんでした。
でも、今日の海蔵さんはこう言いました。
「朝から奥歯が痛くてねえ。甘いものは食べられないんだよ」
「そうかい、じゃあ由さん、やろうぜ」
と言って、源さんは由さんと一緒に、遊びを始めました。二人はカラフルな金平糖を天井に向かってポイポイ投げ、それを口でキャッチしようと遊び始めました。うまく口に入ることもあれば、鼻に当たったり、タバコ盆の灰の中に落ちてしまったりすることもありました。

海蔵さんは、「自分がやれば、一つだって外さないのになあ」と思いながら見ていました。源さんと由さんが失敗ばかりしているのを見て、「よし、おれが一つお手本を見せてやろうか」と口を出しそうになりましたが、グッと我慢しました。これは本当に辛いことでした。早くお客が来ないかなあと、海蔵さんは目を細めて、明るい道の方を眺めていました。

しかし、お客さんよりも先に、茶店のおかみさんが焼きたてのあつあつな「大あんまき」を持ってやってきました。人力車引きたちは大喜びで、一人一本ずつ手に取りました。海蔵さんも我慢できなくなって手が少し動きかけましたが、なんとか必死で抑え込みました。

「海蔵さん、どうしたんだい。一銭も使わずにそんなに貯め込んで、大きな蔵でも建てるつもりか?」と源さんが言いました。

海蔵さんは苦笑いしながら外へ出ていきました。そして、溝のふちでカヤツリグサという草を折って、カエル釣りをしていました。海蔵さんの胸の中には、ゲンコツのように固い決心があったのです。今までお菓子に使っていたお金をこれからは使わずに貯めて、しんたのむねの坂の下に、みんなのための井戸を掘ろうと決めていたのでした。

海蔵さんのお腹も歯も、本当は痛くありませんでした。喉から手が出るほど、お菓子が食べたくてたまりませんでした。けれど、井戸を作るために、今までの習慣を変えたのです。

五

それから二年が経ちました。
牛が葉っぱを食べてしまった椿にも、花が三つ四つ咲いたある日のこと。海蔵さんは半田の町に住む地主の家へと向かいました。海蔵さんは、もう二ヶ月ほど前から何度もこの家を訪ねていました。井戸を掘るためのお金はだいたい貯まったのですが、肝心の地主がどうしても許可をくれないので、何度もお願いに来ていたのです。その地主とは、以前牛を椿につないでいた利助さんをさんざん叱りつけた、あの頑固な老人でした。

海蔵さんが門をくぐると、家の中から「ヒエッ、ヒエッ」という苦しそうなしゃっくりの音が聞こえてきました。尋ねてみると、一昨日から地主の老人はしゃっくりが止まらなくなってしまい、すっかり体力が落ちて寝込んでいるということでした。海蔵さんはお見舞いをするために、枕元までやってきました。老人は布団を大きく揺らしながら、苦しそうにしゃっくりをしています。

そして海蔵さんの顔を見るなり、老人はこう言いました。
「いや、何度お前が頼みに来ても、わしは井戸など掘らせんぞ。しゃっくりがもう一日続けば死ぬそうだが、たとえ死んだとしても、そんな許可は出さん」
と、頑固に言い張るのです。

海蔵さんは、死にかけている人と争っても仕方がないと思い、しゃっくりに効くおまじないを教えてあげました。茶碗に箸を一本渡しておいて、一気に水を飲み干すという方法です。

海蔵さんが門を出ようとすると、老人の息子さんが追いかけてきて、こう言いました。
「うちの親父は本当に頑固でどうしようもないんです。そのうち私の代になりますから、そしたら私があなたの井戸掘りを許可してあげましょう」

海蔵さんは喜びました。あの様子では、老人はあと二、三日で死ぬに違いない。そうすれば息子が跡を継いで井戸を掘らせてくれる。これはうまくいった、と思いました。

その夜、夕飯の席で海蔵さんは年老いたお母さんにこう話しました。
「あのがんこ親父が死ねば、息子が井戸を掘らせてくれるそうだよ。まあ、あの様子じゃあと二、三日で死ぬから大丈夫さ」

すると、お母さんはこう言いました。
「お前は自分の仕事のことばかり考えて、悪い心になってしまったねえ。人の死を待ち望むなんて、いけないことだよ」

海蔵さんは、胸を突かれたような気持ちになりました。お母さんの言う通りだったのです。

次の朝早く、海蔵さんはまた地主の家へ出かけました。門をくぐると、昨日よりもさらに力なく、引きつったようなしゃっくりの声が聞こえてきました。地主の体はかなり弱っているようです。

「あんた、また来たのかい。親父はまだ生きていますよ」と、出てきた息子さんが言いました。

「いいえ、私は親父さんが生きているうちに、どうしてもお会いしたいのです」と海蔵さんは答えました。

老人はすっかりやつれて寝ていました。海蔵さんは枕元に両手をついて、こう言いました。
「わしは、謝りに参りました。昨日、ここから帰るときに息子さんから『あなたが死ねば井戸を掘らせてくれる』と聞いて、とんでもなく悪い心を持ってしまったのです……」「もうすぐあなたが死ぬから、それでいいやなんて、そんな恐ろしいことを平気で考えていました。
つまり私は、自分の井戸のことばかりを考えて、あなたが死ぬのを待ち望むような、鬼と同じくらい冷酷な心になっていたのです。
だから、そのことを謝りに来ました。
井戸のことは、もうお願いしません。
またどこか、別の場所を探すことにします。
ですから、あなたはどうか、死なないでください」
と、海蔵さんは言いました。
老人は黙って聞いていました。
それから長いあいだ黙ったまま、海蔵さんの顔を見上げていました。
「お前さんは、感心な人じゃのう」
と、老人はやっと口を開いて言いました。
「お前さんは、心のきれいな人だ。わしは長い人生、自分の欲ばかりで、人のことなどちっとも考えずに生きてきたが、いま初めてお前さんの立派な心に動かされた。
お前さんのような人は、このごろじゃ珍しい。
それじゃ、あそこへ井戸を掘らしてあげよう。
どんな井戸でも掘りなさい。
もし掘って水が出なかったら、どこにでもお前さんの好きなところに掘らしてあげよう。
あの辺りは、みんなわしの土地だからな。
うん、そうして、井戸を掘るお金が足りなかったら、いくらでもわしが出してあげよう。
わしは明日にも死ぬかもしれないから、このことを遺言として残しておいてあげよう」
海蔵さんは、思いがけない言葉を聞いて、返事のしようもありませんでした。
けれど、死ぬ前にこの欲張りだった老人が、優しい心になったことは、海蔵さんにとっても本当に嬉しいことでした。

六

しんたのむねの坂から打ち上げられて、少し曇った空で花火がパッと開いたのは、春も終わるころの昼間のことでした。
村の方から行列が、しんたのむねの坂を下りてきました。
行列の先頭には、黒い服を着て、黒と黄色の帽子をかぶった兵士が一人いました。
それが海蔵さんでした。
しんたのむねの坂を下りたところには、片側に椿の木がありました。
今や花は散って、明るい緑色の柔らかい若葉になっていました。

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