初級翻訳・犬物語 第8話

内田 魯庵

はっはっは、そんなにカッカと顔を赤くするなよ。
それじゃあ、俺が「この人ならお嬢様にぴったりだ」と気に入って仲を取り持ってあげてもいいと思える資格について、話して聞かせるとしようか。
何でもないさ。
まずは、日本犬を大切にすること。
第一に、この俺を大切にすることだ。
これから少しは、ロース肉の切れ端でも時々持って来い。
「人を射んと欲する者はまず馬を射よ」という言葉があるだろう。
人間様のくせに、君たちは本当に知恵が足りないね。
それから、俺は小説家が大嫌いだ。
小説家なんて奴らは、自分の小さな目に映る世間のほんの一部分を見て、分かったような顔をしているだけの厄介者だ。
「占い師は自分の身の上を知らない」と言うけれど、他人の運命ばかりあれこれ世話を焼いて、自分の鼻のすぐ先で起きていることすら分からないのは、世の中で占い師と小説家くらいのものだろう。
占い師は最近では大道に幕を張って手紙や証文の代筆を兼業しているけれど、小説家もそのうちきっとこうなるに違いない。
何とかいう偉い大きな小説家が、自分の書いた作品の最後に代作(ゴーストライター)の広告を出していたそうだが、だんだんとそういう時代に変わりつつある兆しが見えてきているようだね。
それから、俺は学者が大嫌いだ。
学問のない人は、頭から何にも知らないと自分で分かっているから、無邪気でまだ罪が軽い。
だけど学者は、何でも知っているような顔をして宇宙の真理まで我が物顔で呑み込んでいるつもりでいるからね。
学問の進歩がてっぺんまで極まった時代ならともかく、何もかもがまだ分からないことだらけの疑問のままで、ただ理論の表現方法を少し間違えたくらいで、あらゆる物事が未だに研究の途中にある現代において、学者と無学者の違いなんてほんのわずかなものだ。
それなのに学者は、世界の知識をたった一人で背負って立っているような顔をして、まるで警察官が一般市民に説教をするのと同じような上から目線の口調で、無学な人々に接している。
これほど傲慢(ごうまん)で無礼な話はない。
特に科学者はまあ置いておくとして、哲学者なんて奴らは、その多くが過去のえらい学者たちの「蓄音機(録音機)」でしかない。
なんだか少し変わった独自の意見かと思ってよくよく聞いてみると、頭の中で勝手に作り上げた妄想を白状しているだけなのさ。
今の学者なんて、たとえば「競売屋(せいうりや)」みたいなものさ。
君たちも知っているだろう、最近縁日や夜店に出ている大道の競売人、あれだよ。
巧みな口上でだまして、安く仕入れたインチキ商品を次から次へと売りつけてしまうだろう。
それと同じように、深く考えもせずに作ったいまーくな学説を、もっともらしい顔をして社会に無理やり押し売りするのが、彼らの得意技なのさ。
ここが学者の学者たる価値なのかもしれないが、俺はどうにも虫が好かないんだ。
政治家かって?
それは俺が一番嫌いなものだ。
今の社会は隅から隅まで腐りきっているけれど、その中でも何が一番腐っているかと言えば、それは政治家と宗教家さ。
この二つはもう話にならないね。
いやはや本当に言語道断で、四つ足の俺たち犬よりも二、三段も人間として下だね。
お嬢様の結婚相手どころか、すでに社会の落第生なのに、人から嫌われようが見捨てられようが、そんなことお構いなしで、平気の平左ですっかり顔の皮を厚くしてすましているんだから、まったく恐ろしい連中だよ。政治家と宗教家の評判なんて、口をすっぱくして言うのもばかばかしいほど腐りきっている。
教育家かい?
これまたとんでもなくひどい連中だよ。
おや、四ツ目屋の事件を知っているかい?
あんな事件を起こした連中もみんな教育界のえらい学者様たちだからね、他の連中がどんなものかなんて、あとはもう言うまでもないだろう。
まったく、どれもこれも……。
実業家も、官吏も、軍人もちょうちょの新聞記者も、みんな揃って落第生ばかりだ。
役者も、芸人れも、美術家も、どうにも俺の虫が好かない連中ばかりだ。
そんな中で、俺が心から待ち望んでいるのは本物の猟師だよ。
どうか素晴らしい猟師を見つけてお嬢様のお相手にお世話して、新婚旅行のお供をして中央アジアからアフリカあたりへ猛獣狩りに行きたいものだ。
動物界の王様だなんて威張っているライオンやトラやゾウやサイやワシやヘビを相手に戦って、日本犬が鍛え上げた腕前を見せつけてやりたいのだ。
なに、俺たち日本犬の本当の腕前も知らないで威張くさっているライオンやワシの力なんて、大したことあるもんか。
本当に惜しいことをしたなぁ、向こう岸のクルーゲルのおじさんには、もう少ししっかりしてもらいたかったものだ。
だがね、こちらの仕掛け人であるセシル・ローズもなかなかの豪傑だったなぁ。
こういうキビキビとした腕っぷしのいい野郎に、一度声をかけてみたいものだな……。
えっ、何だって? 俺たち人間は、どうあがいてもみんな落第なのかって?
うるさいなぁ、心配しなくても分かっているさ。
君たちのようにヒョロヒョロしていて、せいぜい中身のない江戸っ子ぶるのを理想とするような、そんな芥子粒(けしつぶ)みたいな根性なしの気力のない男たちと、俺の美しくて凛々(りり)しい、男勝りのお嬢様とでは、まるで提灯(ちょうちん)に釣鐘(つりがね)――格が違いすぎるよ。
叶わぬ恋の無駄な苦労をするくらいなら、都合の良い妄想をでっち上げた恋愛小説でも書いて、破れ鍋に綴(とじ)ぶたのような下宿屋の料理番のおばさんでも狙っていた方がお似合いだろうさ。
はっはっ、そんなに顔を赤くするなよ。
怒るな、怒るな。
そんな小さな根性だから、とうとう恋もうまく結ばれないんだ。
これから少しばかり度胸を据える修行として、時々吠えてやろうか。
なに、「夏の桀王(けつおう)の犬が尭(ぎょう)に吠えかかるようなものだ」だって?――こいつはまた生意気を吐くやつだ、この俺を桀王の悪犬扱いするとは失敬極まる!――
この野郎、ワンワン、ワンワン、ワンワン!

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