初級翻訳・神州天馬侠 第110話

吉川 英治

だがよいわ、まさかに家康の領分まで、その軍兵がくっついてもいけないだろう。」
「昌仙――」
と呂宋兵衛(るそんべえ)もズルズルと下へ降りてきて、
「徳川家へ取り入る算段とは、やっぱり何か、その伊那丸をおとりにして? ……」
「こいつを利用しないのは愚でござる。武田伊那丸を心の底から憎み抜いて、あくまでも彼を殺害してしまいたいと願っているのは、秀吉よりは家康でございますからな。また伊那丸にとっても、彼は父の勝頼を滅ぼした仇。どっち道、このふたりの間は生涯の敵同士で終わるでしょう。――ところが、今度伊那丸が小太郎山へ帰るには、どうしても、その家康の城下を通らねばなりますまい。さあ、おもしろいのはここの細工で、その先にわれわれが浜松城へ参って、何かのことを教えてやったら、あのずるい家康も、眼を細めて喜ぶに決まっております。」
「名策! 名策!」
呂宋兵衛、手を打って喜んだ。
「そいつあいい考えだ。ではさっそく、浜松へ乗り込もう! だが何でも欲得ずくだ、無条件じゃいけねえぜ。」
「むろん、伊那丸を討ったあかつきには、こうしてくれという条件もつけてのうえに。」
「富士の裾野は徳川領だから、あの辺一帯から人穴を、おれの領分としてくれりゃありがたいが。」
「家康が夢にまで見て恐れている、伊那丸がないものとなれば、それくらいなことは承知しましょう。」
「天下は広い! もう草履取り上がりの猿面なんざあ、くそでも食らえだ。ワハハハハハ。」
にわかに前途を明るく見て、小心な呂宋兵衛が、こう元気づいていると、しきりに向こうを見張っていた早足の燕作が、
「アッ、いけねえ! もう来やがった。」
と、いかにも狼狽(ろうばい)した様子で騒ぎ出した。
「な、な、なんだ、何が来たんだ。」
「ゆうべ瀬田から伊那丸を迎えてきた、木村又蔵、可児才蔵(かにさいぞう)、井上大九郎なんていうやつの軍兵で。」
「そいつあ大変だ、ヤイ、てめえたち、はやく獲物を引っかついで浜辺のほうへ姿を隠せ! オオ蚕婆(かいこばば)、おまえがさっき目をつけておいた船があったな、船で逃げろよ船で――。燕作燕作、向こうだ向こうだ、蚕婆といっしょに行って、はやく船の支度をしていろい。」
まるで、突風に見舞われた紙屑か、白日に照らされた蜘蛛の子のように、クルクル舞いをして呂宋兵衛とその手下ども、スルスルと土手草へ飛びついて、雑木林の深みへ潜り込んだかと思うと、木の葉ばかりをザワザワとそよがせて、首も見せずに海辺のほうへ逃げ抜ける。

野風呂の秀吉

一

二里先には桑名の城が見える。亀山の出城、関、国府の手足にいたるまで、むごたらしくもぎとられた滝川一益。そこに、死にもの狂いで立てこもる気か、狭間からはブスブスと硝煙があがり、矢倉には血を吐くような鬨の声をあげる武者たちの姿が見え、合図を怠らないその様子は、いかにも悲壮な空気をあたりにみなぎらせていた。
その城から三里弱の距離をおいて、水屋ノ原(みずやのはら)に仮の野陣をしいているのは、ほかならぬ秀吉方の軍勢である。紅、紫、白、黄の旗さしものが、春風を受けてたっぷりと、力強く吹きなびいていた。
きょう――あけがたのわずか半刻ほどの間に、バタバタとこの場所に集まってできた野陣であるから、板小屋のひとつとしてありはしない。
ところどころに鉄の杭を打ち込み、桐の紋所が入った幔幕(まんまく)をザッと張りめぐらせたあたりが、どうやら本陣らしい。
いま――その陰から四、五人の軍卒たちが、鎖具足(くさりぐそく)に血のにじんだ鉢巻をし、手に手に鍬(くわ)や鋤(すき)をひっさげて、バラバラと陣屋から駆けだしてきた。
あたり一面にレンゲの花が咲き誇っている。
やわらかい若草が、二、三寸ほどの芽をそろえている野原を、血汐だらけの武者わらじがズカズカと踏みにじりながら、ひとところへかたまったかと思うと、鋤を持った男が、サク、サク、サクと、四角く地面に区切りをつけていった。
すると、そのあとからすぐに、鍬をふりかぶった男たちが、まるで敵と戦うかのような勢いで、線の内側の土をパッ、パッ、パッと力任せにかきだし、みるみるうちに穴を掘り上げてしまった。
そして――今度はその穴の中に、あつい桐油紙(とうゆがみ)を一面にしき、五寸すがいでしっかりとふちを止めると、ドウッと勢いよく水を入れはじめる。
そのすきに、別の男たちがまっ赤に焼けた鉄の棒を持ってきては、ジュウッ、ジュウッ……と勢いよくその中へ突き入れているうちに、いつの間にか中の水は湯にかわり、ボコボコと白い湯気を立て始めた。
「できたぞ――」
そう言って、軍卒たちは向こうの陣場へと隠れてしまった。
いったい、何ができたのだろうか?
すると、それからしばらくして、一方の幕をサッとはらって、羽柴筑前守秀吉がズカズカと大股に歩いてきた。
「殿、――ただいまお支度をととのえますので、少々お待ちを!」
あわてて追いかけてきたのは、秀吉の脇小姓である朝野弥平次(あさのやへいじ)と加藤孫一(かとうまごいち)だ。
ふたりが抱えてきた楯をバタバタと四、五枚そこへ敷きならべ、さらにあとから運んできた楯でまわりを囲もうとすると、秀吉は手をふって、
「うっとうしいわ」と、背中を向けてしまった。
「はッ……ではこれにて」
と、陣の作法にしたがってふたりがそこを下がると、秀吉は鎧の草摺(くさずり)をガチャリと楯の上へ投げすてて、まっ裸になった。
そして、一枚の布を手に持つと、先ほど軍卒たちがこしらえていった野陣の野風呂へと、ドブリと首までつかりこんだ。
「ウーム……ウウム……」
秀吉は湯の中に首までつかり、いかにも心地よげにうなっていたが、ザブリと勢いよく顔をあげて、
「ああ、よい湯かげんじゃ――」
と言いながら、湯穴のふちにしいてある楯の上に腰をかけ、両の足だけをダラリと湯の中へぶらさげた。
そして、ときどき無意識にパシャパシャと足で湯をならしながら、
「知恵自慢の一益めも、昨日の夜はさぞやおどろいたことだろう……」
と、苦笑いを浮かべながら桑名城を眺めている。
そう、昨夜のことだ。
滝川一益が、ここから五、六里ほど離れたところにある白子の陣へ、夜討ちをかけたのだ。
だが秀吉は、「あいつのことだ、きっとこうやって攻めてくるにちがいない」と、その作戦をすっかり見抜いていた。
だからこそ、四方の平地や森の人家の陰に、堀尾茂助(ほりおもすけ)、黒田官兵衛(くろだかんべえ)、福島市松(ふくしまいちまつ)、伊藤掃部(いとうかもん)、加藤虎之助(かとうとらのすけ)、小川土佐守(おがわとさのかみ)らを配置よく潜ませておき、左近将監一益(さこんしょうげんかずます)が軍兵にもの言わせぬよう箸(はし)をくばらせてひそかに寄せてきたところを、逆に「ワァーーッ」と鬨の声をあげさせて襲いかかったのだ。
敵が森へ逃げようとすれば森の中から、海辺へ走れば海の中から、金鉦(きんしょう)や太鼓を鳴らして追い立てに追い立て、ついに桑名城まで袋の鼠のように追いこんでしまったのである。
これは兵法でいうところの「八門遁甲(はちもんとんこう)」の術。
かの諸葛孔明(しょかつこうめい)が司馬仲達(しばちゅうたつ)を罠にハメたのと同じ術だ。

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