秀吉はそれを試して、滝川一益を手ひどく痛めつけたのだ。
「これで伊勢はまずは片づけた。……つぎは柴田権六(しばたごんろく)だな。あいつもそろそろ、熊のように雪国の穴から首をだしかけてくるころだろう……」
敵城を目の前にして、野風呂ですっかり体が温まった秀吉は、そうひとりごとをつぶやきながら、まっ赤になった下腹へ「フンッ」とひとつ力を込め、まるでいとおしいものでも扱うかのように、へそのまわりをなで始めた。
なでると、黒い垢(あか)がボロボロと落ちてきた。
それもそのはず、この二月十日に七万の大軍を三手に分けて都を発って以来、一度も入浴などしていなかったのだ。そのうえ、ここ三日間は寝る暇もなかった。
だが、垢は出るが、眠気は少しもやってこない。
彼はまさに、尽きることのない精力の塊そのものだった。
「どれ……そろそろ湯から上がろうか」
湯の中に立ったまま、手ばやく上半身を拭きはじめると――オオ、まさにその時だった!
レンゲの花畑にピタリと体を伏せ、蛇のようにスルリ、スルリ……とはい寄ってきたひとりの異形の武士が、伏せたまま片腕をズーッと真っ直ぐに伸ばし、種子島(てんじしま/火縄銃)の筒先を、秀吉の背骨へとピタリとねらい定めたのだった。火縄銃の火縄をプッと吹いたかと思うと、ドーンと弾け煙が上がりました。その瞬間、パッと跳ね返った異形の武士は、まるで串に刺さったカエルさながらに、九尺の柄の槍で胸板を貫かれ、しかもその槍先はグザリと大地に突き立っていました。
「孫一、よくやったな」
秀吉はそれをニヤニヤと眺めながら、足を拭いて楯の上へ上がりました。
加藤孫一は姿こそ見せませんが、向こうの楯のかげで、
「はっ、一益の回し者と見受けましたので」と答えました。
「いや、ちがう。あれはおそらく、徳川家の隠密組だろう。家康もなかなか人が悪いからな。あとでよく死骸の懐を調べてみよ」
そこへ、バタバタと早足の音が響いてきました。ふと見ると、加藤虎之助が少し離れた場所で、具足の膝を地面について控えています。
「お上(おかみ)」
「うむ、虎之助か」
「近江路へやりました井上大九郎、その他の者たちが、ただいま武田伊那丸を陣屋まで連れてまいりました」
「や、帰ってきたか。うむ、伊那丸も同道して……そうか。では、表陣屋の西の幕の中に床几(しょうぎ)を置いて、丁重におもてなししておくがよい」
これだけの言葉を吐く間に、秀吉は肌着や小手、脛当てをピチンと身につけ、皆朱(かいしゅ)の碁石縅(ごいしおどし)の鎧をザクリと着込み、唐織の銀文地に日月を織り出した具足羽織まで羽織ってしまいました。
そして鎧の合い引き紐、草摺(くさずり)の繰り締め紐、陣太刀の緒と、端からキチキチと結んでいく指の早さといったらありません。まるで神業と言えるほどでした。もっとも、秀吉ばかりでなく、戦国の世に男として生まれ、武士の子として生まれた者はみな、陣太鼓の音が三つ鳴るあいだに具足が着られるくらいの修養を、ふだんから積んでいたのです。
「孫一」
武将の姿になると、秀吉の威風はあたりを圧倒し、日輪のように輝いていました。
「はっ、御意は?」
「右陣にいる福島市松のところへ伝令せよ! ただ今、武田伊那丸が見えたので、預けておいた一品を即刻ここへ持参せよとな」
「はっ、かしこまりました」
ヒラリと溜まりへ戻った加藤孫一は、使番(つかいばん)の目印である黄色の幌(ほろ)に赤の指旗を背中に突き立て、馬をあおって右陣の福島市松のもとへ駆け飛ばしました。
伊那丸から秀吉が預かったという品――それは果たして何なのでしょうか?
二
伊那丸は用意された床几に腰を下ろし、秀吉が来るのを待っていました。
右には忍剣、左には龍太郎が、鋭い眼を光らせています。張り巡らした幔幕の外では、槍の穂先が霜のようにチカチカと動いていました。
やがて加藤虎之助があらわれて丁重に礼をし、秀吉の大将座を設けて脇に控えました。続いて堀休太郎、蜂須賀小六、仙石権兵衛、一柳市介といった旗本たちが順に並び、まもなく幕を払って、秀吉の碁石縅の姿があらわれました。
「おお、伊那丸殿か――」
そう言いながら、秀吉はズカリと前へ歩み寄ってきました。その満面の笑みを見ると、伊那丸もまるで旧知の仲のような気がして、笑みをもって迎えざるを得ませんでした。
「まずもって、あっぱれなご成人ぶりを祝福いたす。つねに噂は聞いておるが、いや、さすがは機山大居士(きざんだいこじ/武田信玄)の御孫、末頼もしい御曹子じゃ……」
少しのわだかまりもなく、胸を開いて手を掴みました。そして、その手を振って明るく笑いました。まるで肉親との再会のように。
「さて、眼前にまだ一攻めいたす桑名城もござるゆえ、ゆっくりとお話もいたしかねるが、お迎えして返さねばならぬ一品がある。お邪魔かとは思うが、小太郎山の砦へ土産としてお持ち帰り願いたい」
床几に腰を下ろすと、羽柴秀吉は軍扇を膝にとって構えながら、
「市松! 市松!」と厳かに呼びました。
「はっ」
幕影から答えが返ります。主命によっていま控えたばかりの福島市松が、一つの鎧櫃(よろいびつ)を持って、秀吉と伊那丸の中央に据えました。
「伊那丸殿、お返し申す品はこの中にある。すなわち、それは武田家のご再興になくてはならぬ什宝、御旗楯無(みはたたてなし)の名器でござるぞ」
「や、ではこの中に、御旗楯無の宝物が?」
「秀吉の手にあるわけは、あの和田呂宋兵衛(わだるそひょうえ)めが、人穴城におったころ、京へ売りつけにきたものを買い求めておいたからでござる。もとより買い求める時から、この秀吉には用のない品。いつかそこもとの手へ返してあげたいと念じていたのじゃ。どうぞ、あらためて貴殿の手へお受け取り願いたい」
武田家無二の什宝――御旗楯無。それこそは、伊那丸にとって何よりも大切なものです。裾野の湖水へ沈めて隠しておいた後、それが何者かに盗み去られ、呂宋兵衛の手で京都へ運ばれ、そして秀吉の手からふたたび伊那丸へ返ってきた。これは武田家再興の大願が叶う吉兆か――と、彼は懐かしくそれを眺め、また、秀吉の好意を謝さずにはいられませんでした。
二言三言、その礼を述べている時のことでした。なにごとか、急に陣営全体にピリピリとした緊迫した空気がみなぎったかと思うと、本陣へ京都からの早馬が駆け込み、秀吉に時ならぬ緊急の知らせを伝えました。
いわく、
「北国の北ノ庄にいる柴田勝家が、仲間の滝川一益が守る桑名の城が危ういと聞きつけ、まだ雪の残る険しい峠を越えてきた。佐久間盛政を先陣にし、上部八風斎を軍師として近江へ乱入。民家を焼き払い、要塞を築くなど、作戦に抜かりはない」とのこと。
その報告書を手にした秀吉は、慌てる様子もなく、にっこりと笑って言いました。
「いやはや、名残惜しいが伊那丸殿、また会う機会もあろう。その宝物の『御旗』、そして『楯無』の鎧が再び輝く日を楽しみにしておるぞ」
「ご厚情、ありがたくお受けいたします」
「おお、それよりも小太郎山へ帰る道中は、さぞかし多難であろう。
コメント