初級翻訳・神州天馬侠 第131話

吉川 英治

さあ、一服吸ったら八方へ手を分けて、まず第一に間道らしき洞穴を探してみろ」
「へえ、洞穴を」
「うむ、洞穴だ! 必ずどこかに頂上へ抜けられる穴口があるはずだ」
「そしてそれをどうするんで?」
「いずれ要所要所には、石扉を立てたり、岩石や組木を組んで、普段は通れぬ仕掛けになっているだろう。
それをおまえたちの槌で、行けるところまで掘り抜いていくのだ」
「へえ? ……そうして」
「そうして不意に砦の郭(くるわ)内に現れ、岩砕きの強薬を爆発させて、砦に留守をしている奴らがあわて騒ぐ間に、小太郎山を乗っ取ってしまう! むろん、これだけの人数では難しいが、砦の中には前々からこちらの味方が諜者(スパイ)として入り込んでいる。火薬の爆音を合図として、甲府表から一斉に家中の者が攻めかけてくる手はずとなっているのだ。いわば、われわれは乗っ取りの先陣、願ってもない誉れを務めるわけなのだ」
驚いたのは小頭の雁六、そして六十人の山掘夫たちである。
金脈、金脈と言うので何も知らずに来てみれば、命がけの合戦をやるというのだ。
間道からもぐりこんで砦をかき回すという危ない役目は、鉱山の坑道へ細い綱一本で吊り下がるよりも危険だ。
「こんなことならついてくるんではなかった」
と、いまさら悔やんでも追いつかない。後陣には石見守の家中が控えていると聞けば、逃げ出したところで捕まって血祭りに上げられるのは目に見えている。
「だが、こんな奥深い山地に、誰の砦があるのであろうか」
一同、はじめて麓から山を見上げたが、険しい岩脈と雲のような樹林の高さを仰ぎ見るばかりで、城らしい石垣も見えず、ましてやここに千も二千もの人数が立てこもっているとは思われないほど、森々と静まり返っている。

二

ぜひなく観念した鉱山掘夫たちは、伊部熊蔵の指揮のもと、小太郎山の東のふもとで木や草を分け、八方へ散らばった。
なにせ荒仕事と山には慣れきった者ばかり、手に手に鷹のくちばしのように光る鉱石槌を持ち、木の根に引っかかり、崖によじ登り、清水と岩脈の形を察して、それらしい所を探し回っているうちに、ひとりが深い熊笹の沢の上で、
「あった! 間道が見つかった!」
と、大声で叫んだ。
小頭の雁六がピューッと口笛を一つ吹くと、上から下から、伊部熊蔵をはじめすべての者たちの影が、ワラワラとそこへ駆け集まった。見ると、高く茂った山葦と笹の茂みに隠れるようにして、ぽっかりと深い横穴が開いていました。
「これだ!」
熊蔵が用意させた松明をかざして中へ進むと、清水に濡れて海獣の肌のようにヌルヌルと光る岩壁を、無数の沢蟹が走り回っていて、一同は思わずハッとしました。
「雁六、この穴はどうだ?」
「掘ったものです。しかも、まだ新しく掘られた穴に違いありません」
「うむ。それならきっと、山曲輪(やまぐるわ)へ通じる間道に違いない。先を一つ探ってみてくれ」
「合点です! おい、松明を持った野郎ども、先頭に立て!」
あとからあとからと山葦をかき分け、ザワザワと中へ入っていきました。
奥へ進めば進むほど、土の質は荒く、新しく掘り返された跡が目立ってきます。ところどころに土をくり抜いた段差があり、段を登ると平地になり、平地を行くとまた段が切り込まれているという具合です。
そうして深い闇の中をうねうねと進んでいくと、やがて行き止まりの岸壁にぶつかりました。
あらかじめこうなることを石見守から聞かされていた熊蔵は、
「それっ!」
と合図を送りました。山掘夫たちは「合点!」と一斉に腰の槌を引き抜くと、「金脈だ、金脈だ! 家康公から恩賞が出る金脈だ!」とばかりに、たちまちそこを掘り抜いてしまいました。
普段、荒い鉱石を掘っている彼らにとっては、なんの造作もない仕事でした。
掘り抜けて外へ出ると、カーッと太陽が照りつけています。そこは小太郎山第一の峡(はざま)でした。
孔雀の背中のように美しく、鮮やかな青色をした檜林の急斜面が、目の下に見下ろせます。
「うむ、ちょうど山の二合目だな」
目のくらむような陽光を浴びて、狼の群れのようにうずくまっていた人数は、向こうに見える次の間道を目指して、ゾロゾロと這い込んでいきました。
サザエの殻の中をくぐるようにして、また二つ目の間道をしばらく登ると、山の五合目、「虚無僧壇(こむそうだん)」と呼ばれる場所に出ました。暗緑色の峡谷を隔てた向こう側には、丸石を積み上げた砦の石垣や、黒木を組んだ曲輪(くるわ)の建物らしいものがチラリと見えます。
しかし、千尋の深さとも言える峡谷には、向こうへ渡る道も、蔦や葛の桟橋もありません。
「お、あれに三つ目の間道があるぞ」
伊部熊蔵がそう言うので、皆はそのあとについていきました。
今度こそ、間違いなく間道らしい間道です。真っ赤な松明を振り回しながら、シトシトと急いで中へ入りました。
ところが――今度は段もなく、井戸のように深い穴口に出ました。そこには一本の鉄棒が横たえられ、蔓(つる)の梯子がぶら下がっています。
それより他に道はないので、いずれまた登っていくのだろうと思い、一同はそれにすがって下りていきました。その深いことといったら、驚くほどです。下りきると、またうねうねとした道が続いており、まるで富士山の胎内くぐりのような形をしていました。
「はてな?」
地中の闇を駆け抜けながら、小頭の雁六は首をかしげました。
「妙だぞ、妙だぞ。一向に上りになってこない。なんだかだんだん下っているようだ」
「いや、そんなはずはない。こういう道を行けば、自然と頂上の砦の中に出るに決まっている」
伊部熊蔵はそう言い張って、ますます足を早めました。
するといきなり目の前に、ドウーッと真っ白なものが光りました。青い光線が冷え冷えと流れ込んできたのです。
見るとそれは、岸を洗う渓流でした。岩を噛んで銀色の飛沫を散らしています。岩壁の一端には太い鉄環が打ち込まれており、その環に一本の麻縄が結びつけられていました。
縄の先を眺めると、大きな丸太筏(いかだ)が三艘、水勢にもてあそばれるように浮かんでいます。
はてな? いよいよ、はてな? です。
熊蔵も雁六も、少し道順がわからなくなってきました。前には渓流、後ろは暗黒。
「ままよ。行けるところまで行ってみろ。次には第四の間道があるはずだ」
そう高をくくって三艘の筏に飛び移り、向こうへ渡ろうとしました。しかし、思いのほか水流が速く、鉄環の縄を切るやいなや、ザアッと筏は下流へと押し流されてしまいました。
そしてようやく、水勢の緩やかな瀞(とろ)にかかって向こう岸へ這い上がってみると、ああ、なんということでしょう!
そこは、先ほど一同が甲府から目指して、汗を絞りながら一列に駆け抜けた野呂川の右岸でした。胎内の間道をくぐり、その絶頂の砦へ出ようと試みたはずの小太郎山の姿は、唖然として立ち尽くす六十人の目の前――かなり離れた渓流の向こう側に、紫がかった昼霞をたなびかせ、何事も知らぬ様子で聳え立っていたのです。
今まさに、その山の腹をくぐり登っていたはずの山ではないでしょうか。

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