初級翻訳・良寛物語 手毬と鉢の子 第27話

新美 南吉

わしもまだ達者でいるつもりじゃ」
「いいえ、今度はもう帰ってこないつもりです」
「何、帰ってこない? ではもう故郷へいって落ち着くつもりか」
「どこに落ち着くやらわかりませんが、もうこちらへは参らないつもりです」「そうか、それもよかろう。だが、どうしてまた急に思い立ったのかね」

「父が死にました。京都の父の知人から、今手紙が届いたのです」

良寛さんは手紙を国仙和尚に見せました。国仙和尚は手紙を開いて読みました。そこには、「お父上がこの地で亡くなられました。あなたに言い残されたものが私の手元にございますから、都合がつきましたら京都まで来てください」という意味のことが書かれていました。

「それでは行くがよい。また縁があったら会おう」

と国仙和尚は手紙を巻きながら言いました。

「長らくお世話になりました。ご恩は一生忘れません。どうぞお体を大切になさってください」

良寛さんは、少ない言葉に深い心を込めてお礼を述べ、わらじを履いて円通寺を出ました。海は今日も穏やかで、美しい色をしていました。丘の菜園には、今日もあふれるほどの陽光が降り注いでいました。良寛さんが歩いていく道の若草は、歩くたびに良い香りがしました。向こうの土塀の前では、良寛さんとよく遊んだ子供たちが、今日も遊んでいました。良寛さんが遠くへ行ってしまい、二度と帰ってこないことを知らない子供たちは、「帰りにおはじきしましょう、良寛さん」などと言いました。良寛さんは寂しげに微笑んで通り過ぎました。

――海も丘もさようなら、と良寛さんは心の中で言いました。
――明るい陽光よ、子供たちよ、草の道よ、さようなら。

ちょうど一つの果実が熟すように、良寛さんの心を柔らかく、豊かに、温かく熟させてくれたこの明るい備中の国の自然に、こうして良寛さんは別れを告げました。

「あなたが良寛とおっしゃる方ですか」

京都から手紙をくれた人は、良寛さんを見ると懐かしそうに言いました。その人は、いかにも俳句を唯一の楽しみにして生きている人らしく、静かでさっぱりとした小さな家に住んでいました。良寛さんは手短に、手紙を送ってくれたことや、父の以南が親しくしていただいたことなどを感謝しました。

「本当に以南さんはお気の毒でした。これが以南さんの形見です」

そう言って出してきてくれたものを見ると、一枚の長い紙(半折というもの)と、一枚の短冊でした。それぞれ一目見て父の筆跡だとわかる俳句が書かれていました。良寛さんは懐かしく、こう読みました。

――朝霧に一段低し合歓の花
――夜の霜身のなる果てや空よりも

しかし良寛さんは、父の形見がこの二枚の俳句だけかと思うと、あっけなく感じました。

「何か、着物でも残してはくれませんでしたか」

と尋ねました。

「いいえ、それだけです」

とその人は言いにくそうに答えました。そしてしばらくして、思い切った様子でこう言いました。

「すべて申し上げましょう。実は以南さんは、桂川に身を投げて亡くなられたのです」

「えっ」

あまりに意外な言葉に、良寛さんはびっくりしました。しばらく言葉が出ませんでした。そしてわずかな時間の経過とともに、すべての事情が良寛さんに分かりました。しかし、それを良寛さんは口に出しませんでした。言うことをはばかられたからです。相手はいろいろと良寛さんを慰めました。

「以南さんは、本当に一風変わった方でした」

そんな話をしました。

「何でも京都へ出ていらしたのも、ちゃんと家でそう言って出ていらしたのではなかったそうです。私たちの俳句の先生に暁台(ぎょうだい)という方がいますが、暁台先生がある年、北国を旅して歩かれました。そして帰り道、あなたの故郷の出雲崎に寄られたそうです。暁台先生はその晩、町の銭湯に行きました。すると、ちょうどあなたのお父上の以南さんも銭湯に来ておられたそうです。二人は前から顔見知りですから、『やあ』『やあ』と言ったわけです。
『暁台先生はこれからどちらへ』と以南さんが聞かれました。
『今から京都へ帰ります。京都では私が帰ると俳句の大会がありますよ。どうです、一つあなたもお出かけになりませんか』と暁台先生がおっしゃったのです。
すると以南さんは気軽に『そうですか、ではお供しましょうか』と言われました。
暁台先生は、もちろん冗談だろうと思っておられました。ところが銭湯を出ると、そのまま以南さんは家には帰らず、暁台先生の宿へ来られ、翌朝一緒に旅立ったのだそうです。途中で旅費がなくなったので、椎谷(しいや)で知人からお金を借りて来られたのだそうです。私どもはあとからそのお話をうかがって、全く以南さんは変わったお方だと思いました」

この人は、父をただの変人だと考えている、と良寛さんは思いました。

――父は表面上そう見えても、心の中ではただの変人ではなかったのだ。父には一つの志があったのだ。

良寛さんは早く自分一人になって気持ちを整えたかったので、すぐにその人の家を辞しました。父・以南の胸の奥底には、激しい勤皇の志がいつも燃えていました。良寛さんは以前からそれを知っていたのです。良寛さんは小さい頃、父からよく聞かされた話を思い出します。
――昔、日野資朝(ひのすけとも)という公卿さんがいた。
悪い賊たちが勢力をふるい、天皇さまが山の中に住まわれていた頃のことだ。
資朝は、そのような世の中のありさまを嘆き、天皇さまのために計画を立てた。
しかし計画は実行される前に賊たちに嗅ぎつけられ、資朝は都を遠く離れた佐渡ヶ島へ流された。
流されただけでなく、数年後、賊たちの手にかかって命を落としてしまった。
お前が毎日見ている、あの佐渡ヶ島で……。
父の以南(いなん)さんは良寛さんに、よく覚えておけと言い聞かせるように、力を込めて何度もこの話をしました。
賢い良寛さんは、しっかりと心に刻みました。
なぜお父さんがこの話をするのか、そのわけも悟っていました。
そして、いつしか良寛さんは、お父さんの志に、こっそりと自分の志を重ねるようになっていたのです。
――父が俳句を口実にして京都へ上ったのも、その志を遂げる機会を見つけたかったからに違いない、と良寛さんは思いました。
――しかし、その機会は見つかったのだろうか? いやいや、もし見つかっていたなら、川に身を投げて死ぬはずがない。
――幕府の大きな力の前に、父は自分一人の力がどれほど弱いものかを知り、絶望したのだ。
絶望のあまり死んでしまったのだ。
……
良寛さんはできることなら、お父さんの志を継ぎたかった。
しかし、今はまだその時ではないことを、良寛さんは知っていました。
――わたしのような能なしが、いくらもがいたところでどうなるだろう。
いたずらにあがけば、父と同じ破滅を招くだけだ。
――よい時期が来るまで待たねばならない。
よい時期が来るまで。
そうして良寛さんは、京都を立ち去り、故郷へと向かいました。
良寛さんは托鉢をしながら、少しずつ故郷へと近づいていきました。
二十年前、若かった日の良寛さんが歩いた同じ道を、今は逆の方向に歩いているのです。
方向が逆であるばかりではありません。

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