初級翻訳・芋粥 第5話

芋粥

明日、巳の刻(午前十時頃)に高島のあたりまで男どもを迎えにやり、鞍を置いた馬を二頭、引かせて参れ』と、こうおっしゃるのです」

「それはまた、珍しいことでございますな」五位は利仁の顔と家来の顔とを、いかにももっともらしく見比べながら、両方に満足を与えるような相槌を打ちました。

「それもただ仰るだけではございません。いかにも恐ろしそうに、わなわなとお震えになりましてな。『遅れてはならぬ。遅れれば、私は殿の御勘当をうけねばならぬ』と、しきりにお泣きになるのでございます」
「して、それからどうした」
「それから、あっけなくお休みになりましてな。手前たちがここへ出発する時にも、まだお目覚めにはならぬ様子でございました」

「どうだ」家来の話を聞き終えると、利仁は五位を見て得意げに言いました。
「利仁には、獣さえも使えますわ」
「何とも驚き入るほかありませんな」五位は赤鼻を掻きながら、ちょいと頭を下げて、それからわざとらしく呆れたような顔をして口を開いて見せました。口髭には、たった今飲んだばかりの酒が、雫となってくっついています。

―――――――――――――――――

その日の夜のことです。
五位は、利仁の館の一間で、切燈台の灯を眺めるともなしに眺めながら、眠れぬ長い夜をじっと明かしていました。
すると、夕方、ここまで着くまでに利仁や家来たちと談笑しながら越えてきた松山、小川、枯野、あるいは草や木の葉、石、野火の煙の匂い――そういったものが、一つずつ五位の心に浮かんできました。
特に、夕暮れの靄の中をようやくこの館へ辿り着き、長櫃に起こしてある炭火の赤い焔(ほのお)を見た時の、ホッとした心持ち――それさえも、今こうして寝ていると、遠い昔にあったことのように思われます。

五位は綿の四、五寸も入った黄色い直垂(ひたたれ)の下で、楽々と足を伸ばしながら、ぼんやりと自分の寝姿を見回しました。直垂の下には利仁が貸してくれた練色の衣の、綿が厚く入ったものを二枚も重ねて着込んでいます。それだけでも、ともすれば汗が出るほどに暖かい。そこへ、夕食の時に一杯やった酒の酔いが手伝っています。枕元の蔀(しとみ)一つ隔てた向こうは霜が降りた広庭ですが、それもこうして陶然としていると、少しも苦になりません。

万事が、京都の自分の曹司(部屋)にいた時と比べれば、雲泥の差です。
しかし、それにもかかわらず、五位の心には、何となく釣り合いのとれない不安がありました。第一に、時間の過ぎ行くのが待ち遠しい。しかしそれと同時に、夜が明けるということ――つまり、芋粥を食べる時が来るということが、そんなに早く来てはならないような心持ちがするのです。
そうしてまた、この矛盾した二つの感情が互いに打ち消し合う後には、境遇の急激な変化から来る落ち着かない気分が、今日の天気のように、うすら寒く胸の奥に控えているのでした。それらのすべてが邪魔になって、せっかくの暖かさも、なかなか眠りを誘ってはくれません。
すると、外の広庭で、誰かが大きな声を出しているのが耳に入ってきました。
声の様子からして、どうやら今日、途中まで迎えに出た白髪の家来が何かを告げているようです。
その枯れたような声が、霜に響くせいか、凛々しく木枯らしのように、一言ずつ五位の骨にまで染み渡るような気がします。

「この辺りの下人ども、聞きなさい。
殿の仰せがある。明日の朝、卯の刻(午前六時頃)までに、切り口が三寸、長さが五尺ある山の芋を、老いも若きも一人残らず、一筋ずつ持って参るようにとな。
忘れるでないぞ、卯の刻までだ」

それが二、三度繰り返されたかと思うと、やがて人の気配が止み、あたりはたちまち元の静かな冬の夜に戻りました。
その静けさの中で、切燈台の油がパチパチと音を立てます。
赤い真綿のような火が、ゆらゆらと揺れています。
五位はあくびを一つ噛み殺すと、またとりとめのない考えに耽り出しました。

――「山の芋」と言うからには、もちろん芋粥にするつもりで持ってこさせるに違いない。
そう思うと、一時外の出来事に集中していたおかげで忘れていた先ほどの不安が、いつの間にか心に戻ってきました。
特に、前よりも一層強くなったのは「あまり早く芋粥にありつきたくない」という気持ちで、それが意地悪く思考の中心を離れません。
どうも、こう簡単に「芋粥に飽きること」が現実になってしまっては、今まで何年も辛抱して待ち続けたことが、いかにも無駄な努力のように思えてしまうのです。
できることなら、突然何か故障が起きて一旦は芋粥が飲めなくなり、その後にまた故障がなくなって、ようやくこれにありつけるというような、そんな手続きで万事を運ばせたい。

――こんな考えが、独楽(こま)のようにぐるぐると同じ場所を回っているうちに、いつの間にか五位は旅の疲れでぐっすりと熟睡してしまいました。

翌朝、目が覚めるとすぐに昨夜の山の芋の一件が気になり、五位はなによりも先に部屋の蔀(しとみ)を上げて外を見ました。
すると、知らないうちに寝過ごして、もう卯の刻を過ぎていたのでしょう。
広庭に敷いた四、五枚の長い筵(むしろ)の上には、丸太のようなものが二、三千本も、斜めに突き出した檜皮葺(ひわだぶき)の軒先に届くほど、山のように積まれています。
見るとそれが、すべて切り口三寸、長さ五尺という途方もなく巨大な山の芋でした。

五位は寝起きの目をこすりながら、ほとんどパニックに近い驚愕に襲われ、呆然と周囲を見回しました。
広庭のあちこちには、新しく打ったらしい杭の上に五斛(ごこく)も入る大きな釜を五つ六つと並べかけ、白い布の襟を着た若い下司女(げすめ)たちが何十人もその周りで立ち働いています。
火を焚きつける者、灰を掻き出す者、あるいは新しい白木の桶に「甘葛(あまづら)の煎じ汁」を汲んで釜の中へ入れる者と、皆、芋粥を作る準備で目が回るほど忙しそうです。
釜の下から昇る煙と、釜の中から湧き上がる湯気とが、まだ消え残っている明け方の靄(もや)と一つになって、広庭一面は、はっきりと物も見定められないほど灰色の空気に包まれています。その中で赤々と烈しく燃え上がる釜の下の炎だけが目立ち、見るもの聞くものすべてが戦場か火事場にでも来たような大騒ぎです。

五位は、今さらながらこの巨大な山の芋が、この巨大な五斛の釜の中で芋粥になる様子を想像しました。
そして、自分がその芋粥を食うために京都からわざわざ越前の敦賀まで旅をしてきたことを考えました。
考えれば考えるほど、何もかもが情けなく思えてなりません。
五位の同情すべき食欲は、実にこの時、すでに半分にまで減ってしまったのです。

それから一時間後、五位は利仁や舅の有仁(ありひと)と共に朝飯の膳に向かいました。
目の前にあるのは、銀の提(ひさげ)――一斗ほども入る大きな容器――になみなみと海のように湛えられた、恐るべき芋粥です。
五位はさっき、あの軒まで積み上げた山の芋を、何十人もの若い男たちが薄刃を器用に動かしながら、片端から削るように勢いよく切るのを見ました。
それからそれを、あの下司女たちが右往左往と駆け回り、一つ残らず五斛の釜へすくっては入れ、すくっては入れするのを見ました。

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