「お父さん、うちの家族はサンドイッチなんですってよ。子供がサンドイッチなんですって。上が男の子たちで、真ん中に女の子が三人揃っているから」
と、郁子はその場に一緒にいたと見えて、スミス夫人の面白い冗談を紹介しました。
「ふうむ、サンドイッチとは上手いことを言ったね。なるほど、アメリカの婦人が言いそうなことだ。男がパンで、女が肉か。確かに向こうの女性たちはそれくらいの意気込みで生きている。何といってもアメリカでは、男よりも女のほうが幅を利かせているからね」
とお父さんはもっともらしく分析して、さらに女性が威張っている実例を二つ三つ挙げ連ねました。
この通り、自分に損のない話題であれば、頼まれもしないのによくしゃべります。
新聞の論説には「私は決して弁舌を好むわけではない」なんて書いているくせに、決して口下手な人ではありません。
「スミスさんは本当に人を笑わせるのがお上手なんですのよ。『大内さん、だけどお宅のサンドイッチは、少しばかりお肉が多すぎやしませんでしたこと?』なんておっしゃったんですから」
とお母さんが話を付け足すと、
「同感だね。僕も、うちの家族は少し肉が厚すぎたと思っているところさ」
と言って、お父さんは女の子たちをじろりと見回しました。
「それだけ上等じゃありませんこと?」
「私たちは肉よ! お兄ちゃんと坊やはパンよ! やっぱり女のほうが偉いんだわ」
と、長女の郁子と次女の敏子(としこ)は、こういうときには決して黙っていません。
高校の二年と、小学校の六年生のくせに、女性の権利だけはもう一人前に主張します。
「サンドイッチには、野菜のやつもあるぜ」
と、僕は茶化してやりました。
「野菜のサンドイッチもあるけれど、サンドイッチと言えばたいていお肉に決まっているじゃありませんか。そんなこと、常識でも分かっているでしょう? ねえ、お父さん?」
と、郁子はお父さんに味方を求めました。
最近覚えたばかりとみえて、「常識」という言葉をやたらと利用します。
「そうさ。サンドイッチといえば、もともと肉に決まっているものさ。源太郎、お前はサンドイッチの発明者を知っているかい?」
とお父さんはどこまでもサンドイッチを話題にして、
「中学校(※当時の旧制中学など)の入学試験に出るかもしれないから教えてやろう。郁子も敏子もよく聞きなさい」
「ふざけた話はダメですよ」
とお母さんはそろそろ警戒し始めました。
「ふざけたものか。歴史上のまぎれもない事実だ。昔、イギリスのジョージ三世の時代に、サンドイッチ伯爵という貴族がいてね、毎日ギャンブルばかりやっていた。三度の食事よりも賭け事が好きという大の道楽者で、ごはん時になっても席を立とうとせず、パンにお肉を挟んだものを取り寄せさせて、これを食べながら勝負を続けていたんだ。
やがて仲間たちもそれを真似し始めて、『サンドイッチのやり方は手軽でいい』と言っているうちに、お肉を挟んだパンのことを『サンドイッチ』と呼ぶようになってしまったのさ。
おかしな因縁だろ? 今日、僕たちがハムや野菜のサンドイッチを食べているのも、すべてはこの伯爵が賭け事に夢中になったおかげなのさ。
もっとも、サンドイッチ伯爵が世界で初めての独創的な発明をしたのかというと、ちょっと首をかしげたくなる節もある。なぜなら、もっと昔のローマ人たちも『オッフラ』という料理を大好物にしていたそうだからね。これもパンにお肉を挟んだもので、伯爵の発明品と少しも変わるところがないらしい。
ただの偶然の一致なのか、それとも伯爵が古代ローマのオッフラを真似したのか、そこまではまだ研究しきれていないから、ここでは断言できないけれどね」
「とっても難しいんですねえ」
と僕はすっかり感心してしまいました。
なんでもないことにこれくらい大げさに勿体(もったい)をつけられなければ、新聞記者にはなれないということらしいです。
僕もお父さんの後を継ぐつもりだけど、まだまだかなりの修行が必要だなあと思いました。
「とにかく安心したわ、野菜じゃなくて……」
と、郁子はこれまた大げさに胸をなで下ろしました。
もちろん、さっき僕が言った「野菜のサンドイッチ」に当てつけてのことです。
「私たちはやっぱり、上等なお肉よ!」「兄さんと坊やはパンよ。唯の食パンよ」
と、敏子も得意になってふん反り返りました。
何もしない相手にいきなり食ってかかってくるところは、大人顔負けの「新しい女性」そっくりです。
「なんだよ。女、女、女って!」
このとき浩二は、女の子たちからの挑戦状を受けて立ち、真ん中のお姉さんに向かってあごを二、三回突き出しました。
なにしろ浩二は一番下の末っ子で、まだ小学校の一年生です。
将来大人になってから女性にお世話になることなんて想像もつかないから、女の子といえばとにかく「男の敵(かたき)」くらいに思っているのです。
「女がどうしたっていうのよ?」
と、敏子も聞き捨てならないといった様子です。
「女のくせに!」
「女がどうしたっていうのよ。本当にいやらしい子ね。おじいちゃんが『この子は男だから偉いんだ』なんて言うものだから、すっかりいい気になっているんだわ」
「女だぞ、女!」
浩二は「女」という言葉を使えば、あらゆる種類のバカにする気持ちをすべて表せるつもりでいます。
「やあい! 言い返す言葉がないからって、そればっかり! やあい!」
「敏子、いけませんよ。大きな体をして、下の子を本気で相手になんかしちゃ。浩二もそこでお黙りなさい。千代子を見なさいよ、あんなにおとなしいでしょ」
とお母さんもなかなかの大忙しです。
ただでお給仕のお手伝いだけでもいい加減大変なのに、姉弟げんかの仲裁までしなければならないのですから。
お母さんに褒められた千代子は、ますますすまし返りました。
小学校の四年生なら、まあこれくらい得意げになるのも無理はありません。
浩二も千代子の立派な態度を見習って、ようやく静まりました。
やがてお父さんが、
「これでも最近はみんな大きくなったから、ごはんもゆっくり食べられるようになったな」
と言ってみんなを立ててくれたのは良かったのですが、
「浩二がまだよちよち歩きだった頃は、本当に苦労したよ。食卓に近づいたかと思うと、いきなり両手をこう、泳ぐみたいにして、お茶碗でも何でもみんなひっくり返しちゃうんだもの」
と思い出したことをそのまま口にしてしまいました。
それをいいことに、敏子は目を合わせて浩二をからかいました。
浩二はもちろん、きっとにらみ返します。
「浩二ばかりじゃありませんよ。千代子だって敏子だって、昔は相当なめんどくさい暴れん坊でしたからね」
と、僕は長男としての公平さを守ろうとして言ったのですが、一瞬にして敏子と千代子からすごみのある視線を浴びせられました。
「余計なことを言わないでくださいよ。みんなにカニの目(※睨みつける目つき)がうつっちゃうと困りますからね」
とお母さんがピシャリと注意しました。
「はいはい……」
家族の中で一番おとなしい僕は、すごすごと言いなりになるしかありません。
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