初級翻訳・詩好の王様と棒縛の旅人 第1話

三遊亭 円朝

昔々、シチリアという島に、ディオニュシオスという王様がいました。
この王様は詩を作るのが大好きでしたが、いわゆる「下手(したて)の横好き」で、いつまで経ってもちっともうまくなりません。
それなのに自分では最高に上手なつもりでいて、得意になって家来に見せます。しかし、相手は絶対逆らえない国王様ですから、家来たちはこうおだてます。
「まあ! 本当にこんな素晴らしい名作はございません、実に素晴らしい。天下を探しても、これほどのお作はほかにたくさんはないでしょう!」
そう言われるものだから、王様はますます調子に乗って、「天下は広くとも、このわしほどの天才詩人はおるまい」と思い込んでいたのです。

さてある時のこと。シチリアで一番の学者であり、お盆の上に乗ったナスビのような顔をした、シロクシナスという人物が王様に面会を求めました。
王様は、「ちょうどいい、自分の作った詩を見せてやろう」と思い立ち、さっそくこう言いました。
王「おい、シロクシナス。これはな、わしの最新作の詩だから、ちょっと見てくれ」
シロクシナス「ははーっ」
王様の作った詩なのだから、きっと素晴らしいものだろうと思って受け取り、目をとおしてみます。
王「どうだね、自分で作ったものだが、うまいか下手か、遠慮せずに言ってくれ」
シロクシナス「ははーっ」
と、よくよく目を凝らして見てみますが、円朝(※落語家のこと)の話じゃありませんが、韻を踏んでいるとか、平仄(ひょうそく:漢詩のルール)が合っているとか以前の問題で、詩にも何にもなっていないシロモノでした。
シロクシナスは正直な人間だったので、こう申し上げました。
シロクシナス「へえ、お言葉ではございますが、下手だの上手だのと言うのは後の話にいたしまして、これはそもそも詩というものになっておりません。ご承知のとおり、詩というのは必ず韻を踏まなければなりませんし、また平仄も合っていなければなりません。どうもこのようなものを詩だと言ってお持ちになっていらっしゃると、お上の恥さらしになってしまいますゆえ、これは発表なさらない方がよろしいかと存じます」

それを聞いた王様は、顔を真っ赤にして激怒しました。
王「なんだと! 不届き千万、無礼な奴だ! 何と心得ている。これほどの名作の詩を、詩になっておらんとは、案外にもほどがある失礼な奴め! そのまま放っておかん、牢屋へブチ込め!」

さあ、突然牢屋に入れられてしまったシロクシナス。どうしようもないので、おとなしく牢屋での生活を送っていました。
すると王様も、しばらくして冷静になり、「うむ……かわいそうなことをした。大した罪もないのに、一時の怒りに任せてシロクシナスを牢屋に入れたのは我が方の誤りだ。第一、国内で一番の立派な学者を閉じ込めておくなんて悪かったな」とお気づきになりました。
そこでさっそくシロクシナスを釈放し、王様と一緒に食事をする「陪食(ばいしょく)」の誉れを言い渡したのです。

王様の前に出てきたシロクシナスは、こう言いました。
シロクシナス「思いがけず釈放のお達しをいただきまして、身に余る大慶の至りでございます。誠に先日は、すっかりお怒りのご様子で……」
王「いや、先日はすこぶる機嫌が悪かったところへ、お前が逆らうようなことを言ったものだから、つまらぬことをして気の毒なことをした。だから出牢させてやったのだ。お前が牢屋に入っている間に一つ詩を作ったから、見てくれ」
シロクシナス「ははーっ」
シロクシナスは、そばにいた番兵をちらりと見返りながら、王様の詩を手に取りました。
シロクシナス「お急ぎでお作りになったのですか?」
王「まあ、そうだな」
シロクシナス「へえーっ」
と読んでいるうちに、だんだん渋い、苦いような顔になっていき、やがてこう言いました。
シロクシナス「番兵殿、手前をもう一度牢屋へ連れ戻してください」
――よほど出来が悪かったと見えますな。

――さて、これによく似たお話が日本にもございます。
これは日本のとある場所でのこと。ある旅の僧侶が峠を越えてやってきますと、冷たい風が「フーフー」と激しく吹き荒れてどうにもたまりません。すると、軒先に杉の葉を丸くして吊るした「杉酒屋(すぎさかや)」という居酒屋が見えたので、そこに飛び込みました。
僧「ご亭主や」
亭主「はい、どうぞお掛けください」
僧「あまりに寒いから、お酒を一杯つけておくれ」
亭主「へい、かしこまりました。こちらへお掛けください」
僧「ちょっと小便に行きたいんだが、どこか用を足す場所はないかね」
亭主「裏の畑に担桶(たご:おけ)が並んでおりますから、そちらでどうぞ」
僧「そうかい……お、寒い寒い」
と裏の田んぼの方に出て見ますと、奥の方の物置の中に、素っ裸で、年は三十二、三になる男がぐるぐるに「棒縛り」にされているのが見えました。和尚はびっくりして、慌てて店の中へ飛び込んできました。
僧「ご亭主、ご亭主!」
亭主「へい、へい」
僧「あのさ、物置の中で男が素っ裸で棒縛りにされているんだが、あれはいったい何なんだね?」
亭主「あれですか。あれは旅人でございますよ」
僧「いったい、どんな悪いことをしたんだい?」
亭主「へぇ、悪いことってわけでもないんですがね。私の家へ来て、『酒を一杯出せ』と言うもんですから、一合つけて出したんです。そしたら、湯飲みで半分も飲まないうちに、渋い顔をして『こんな渋い酒は今まで飲んだことがない』なんて言いやがったんです。だから、あんなことをよそへ行って言われた日にゃあ、うちの商売の邪魔になりますんでね、ほかのところへ行けねえように棒縛りにしてやったんでございます」
僧「それはまた、なんとひどいことをするもんだな。どうか勘忍してやってくれまいか」
亭主「いや、勘忍できませんね。あいつを助けたら、外へ行ってペラペラしゃべるからいけません……お、お燗(かん)がつきましたよ」
僧「ハイハイ。これが猪口かい? だいぶ大きなもんだねぇ。お、いい具合についたね」
「グーツ」と一口飲むか飲まんかのうちに、旅の僧侶も急に渋い顔になりまして、こう言いました。
僧「あっ……ご亭主、ついでにこの愚僧も縛っておくれ」

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