」
といったことを思い起したのである。
孔子はあるいは、自分を「一国の君主のような素晴らしい風格がある」などと褒めておきながら、実は何かの欠点を遠回しに皮肉っているのではあるまいか。
そういえば世間では、子桑伯子と自分とを、同じタイプの人物だと評価しているらしい。
子桑伯子は物事にこだわらない素晴らしい男だが、少し大ざっぱすぎるところがないでもない。
あるいは、自分にもそんな欠点があるのではなかろうか。
自分なりには、そんなことがないように気をつけているつもりではあるのだが。
――彼はそんなことを考えてしまい、褒められたのになぜか却って不安な気持ちになるのであった。
かといって、孔子に対して、「そんな遠回言い方をしないで、もっとはっきりと教えてください」とも言い出せなかった。
もし孔子に皮肉るつもりなどなかったとしたら、そんなことを言い出すのは、先生に対する礼儀を失うことになるからである。
そこで彼は、ある日、それとなく子桑伯子についての孔子の感想を求めてみた。
彼は、もし孔子に皮肉る意志があるなら、子桑伯子の話から自然と自分の方へ話題が向いてくるだろうと思ったのである。
ところが、孔子の答えは非常にあっさりしたものであった。
「あれもいい人物だよ。大まかなところがあってね。」
孔子の口ぶりには、子桑伯子と仲弓とを結びつけて考えてみようとする気配すらなかった。
仲弓は少し当てがはずれてしまった。
そこで彼は、さらに踏み込んで尋ねた。
「大まかといえば大まかぶりが過ぎると思いますが……」
「ふむ。で、お前はどうありたいと思うのかね。」
「普段は敬う気持ちと慎み深さをもって万事を判断しつつ、しかも実際の仕事を行う上では大まかでありたいと思います。それが政治を行う上で最も大切な道なのではないでしょうか。普段から大まかで、仕事をする時も大まかだと、どうしてもいい加減な方に流れてしまいがちだと思いますが……」
孔子は、黙ってうなずいただけであった。
仲弓はなんだか物足りなかった。
だが、仕方がないので、その場はそれで引き下がることにしたのである。
ところが孔子は、あとで他の門人たちに仲弓の言葉を伝えて、しきりに彼を褒めちぎった。
そして再びこう言ったのだ。
「やはり仲弓には一国の君主のような風格がある。」
仲弓はそれを伝え聞いて、ひどく感激した。
しかし彼は、決してその褒め言葉に甘えて安心するような人間ではなかった。
彼は、自分が孔子に言った言葉を裏切らないように、ますます厳しく自分自身の心を振り返り、正すことに努めたのであった。
彼はかつて孔子に「仁」の意味を尋ねたことがあったが、その時孔子はこう答えた。
「2一歩門の外に出たら、まるで高貴な大切なお客様が目の前にいるかのような気持ちで過ごすがよい。人民に仕事を命じる場合には、国家の最も大切な祭典にでも奉仕するような真剣な心持ちで行うがよい。そして、自分がされたくないことは、決して人に押し付けないように気をつけなさい。そうすれば、どこの国に仕えても、自分の家にいても、人から恨まれるようなことはなくなるだろう。」
仲弓は、孔子がこの言葉によって、彼に「敬う心と慎み深さ(敬慎)」そして「思いやりの心と寛大さ(寛恕)」という二つの大切な徳を教えてくれたのだと理解し、
「きっと先生のご教訓をしっかりと守り通します!」
と固く誓ったのであった。
彼はその時の誓いを今でも決して忘れてはいない。
褒められれば褒められるほど、より一層慎み深く戒めなければならない、と彼はいつも自分の心を引き締めているのである。
ところが、彼にとって不運なことに、彼の父親は非常に出自が卑しく、その上素行がまったく良くない人間であった。
そのため、門人たちの中には、彼が孔子から特別に褒められるのを面白く思わず、何かにつけて彼にケチをつけたがる者が多かったのだ。
ある時など、一人の門人が、孔子にわざと聞こえるような声で、
「仲弓もこのごろは『仁者』の仲間入りをしたつもりでいるようですが、残念なことに弁舌の才が全くありませんね」
などと勝手気ままなことを言った。
孔子は、もちろんそれを聞き逃さなかった。
彼はピリッとした顔つきで、その門人にきりっと言った。
「なんだ、弁舌だと?――そんな口のうまさなど、どうでもいいではないか!」
門人は少しうろたえた顔をしたが、すぐに平然とした顔を作って言い返した。
「でも、あんな調子では、いざ諸侯を説得しようとしたところで、相手にされないでしょうと思いますよ。本当に惜しいものですな」
彼は「惜しいものです」という言葉に、変に力を込めた。
それは、周りのまともな門人たちが思わず顔をそむけたくなるほど、嫌な響きを持っていた。
しかし中には、ニヤニヤしながら、孔子がこれにどう答えるのかを面白そうに待っている者もいたのである。
孔子は寒そうな顔をしてちょっと目を伏せたが、次の瞬間には、その目が鋭く輝き、みんなをぐるりと見回した。
「口先ばかり達者な人間というのは、とかくくだらないことを言い出すものだ。出まかせにいろんなことをぺらぺら喋っているうちに、きっと世の中の嫌われ者になるのがオチだろう。仲弓が本当の仁者であるかどうかは、私にはわからない。しかし、彼は少なくとも口の利き方だけはしっかりと慎んでいるように見受けられるがね。」いや、口が達者でなくて彼も仕合せじゃ。
誠実な人間には、口などどうでもいいことじゃでのう。
」
その場はそれで済んだ。
しかし仲弓に対する陰口はやはり絶えなかった。
言うことがなくなると、結局彼の身分がどうの、父親の素行がどうのという話になっていった。
もちろん、そんな話は今に始まったことではなかった。
実を言うと、孔子が仲弓を特に褒め出し始めたのも、彼の人物が実際に優れていたからではあったが、何とかして門人たちに彼の真価を知らせ、身分や父親に関する噂を話題にさせないようにしたかったからなのだ。
ところが、結果はかえって反対の方に向かっていった。
孔子が彼を褒めれば褒めほど、彼の身分の卑しさや、父親の悪行が門人たちの陰口の種になってしまうのだった。
孔子は暗然たる気持ちになった。
彼は女子と小人とが、元来いかに御しがたいものであるかをよく知っていた。
それは彼らが、親しく接してやれば図に乗り、遠ざければ恨むからであった。
そして彼は、今や仲弓を褒めることによって、小人の心がどれほど嫉妬心に蝕まれているかを、まざまざと見せつけられたのだった。
彼は考えた。
(小人が図に乗るのも、恨むのも、また嫉妬心を起こすのも、結局は自分だけがよく思われ、自分だけが愛されたいからなのだ。
悪の根元は何といっても、自分を愛しすぎることにある。
この根本的な悪に気づかせない限り、彼らはどうしようもない。)
もちろん彼は、仲弓の問題とは関係なく、これまでにもその点に力を入れて門人たちを教育してきたのである。
彼がつとめて「利」について語ることを避け、たまたまそれを語ることがあっても、常に天命とか、仁といったものと結びつけて話すように注意してきたのも、そのためだった。
また彼は、機会あるごとに門人たちの我執を戒めた。
初級翻訳・論語物語 第21話
下村 湖人
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