お前さんこそ、子供が可愛くないんだろう!」「毎日毎日ぶらぶらして、一銭だって稼いでこないじゃないか」
勘作はそっぽを向いて、黙り込んでしまいました。
それまで、間の抜けた泣き声を出しながらも、二人の言い争いに耳をそばだてていた次郎は、どうやらお浜の方が優勢らしいと気づき、ほっと胸をなでおろしました。
そして、もう一度お浜に同情してもらおうと、大きな声を上げて泣き出しました。するとお鶴の方も負けじと、負けじとばかりにわめき立てました。
「いつまでも泣くんじゃないよ」
お浜はお鶴を軽くたしなめてから、次郎が突っ伏しているそばへ駆け寄りました。
「次郎ちゃん。泣くのはおよしなさい」
お浜は、他人に対しては次郎のことを「坊ちゃん」と呼びますが、次郎本人に対しては、いつも「次郎ちゃん」と呼ぶことに決めているのです。
「次郎ちゃんはもう大きくなったんだから、偉いでしょう。さあ、自分で立ち上がるんですよ」
しかし、お浜にそう言われても、次郎は足をバタバタとさせたまま、さらに激しくわめき立てました。するとお浜は、うろたえたように持っていた箒を地面に放り出し、彼を抱き起こそうとしました。
「おやっ」
次郎を抱き上げたお浜は、土埃にまみれた彼の鼻と唇のあたりに、ごくわずかではありましたが、血がにじんでいるのを見つけてしまったのです。
「お前さん、坊ちゃんのお顔に傷をつけたのかい!」
彼女は鬼のような形相になり、再び勘作の方へ向き直りました。勘作はその時、お鶴を抱き起こして服の塵を払ってやっていたのですが、お浜の剣幕を見ると、知らんぷりをしてさっさと校番室の方へ歩き出しました。
「待ちなさいっ!」
お浜はそう叫ぶと同時に、竹箒をひっつかみ、後ろから思い切り勘作の頭をひっぱたきました。
「何しやがるんだ!」
勘作もさすがに恐ろしい目つきをして振り返りました。
「何もしないも糞もあるもんか、大事な坊ちゃんの顔に傷をつけやがって!」
お浜はまるで気が狂ったかのように、箒を振り回して、勘作の顔だろうが手だろうが、見境なく打ちかかっていきました。勘作は立ったまま、しばらく両手でそれを払いのけていましたが、お浜の勢いはますます激しくなる一方でした。
「ちぇっ」
勘作は舌打ちをしました。そして、くるりと向きを変えると、校庭の溝を飛び越えて、畦道の方へ逃げ出しました。
「このぐうたらの、恩知らずめ!」
お浜はそう叫びながら後を追いましたが、溝のところまで来ると、さすがに飛び越えるのは難しかったのか、そこに立ち止まったまま、いつまでも口汚く勘作を罵り続けていました。
次郎とお鶴は、ぽかんと口を開けてこの光景を見つめていました。二人の目から涙はすっかり乾いていましたが、彼らの顔は、涙で練られた土埃で真っ黒に汚れていました。お鶴の頬にあったお玉杓子のようなあざも、どこへやら行方不明になっていました。同時に、次郎も、すっかりそのあざのことなど忘れてしまっていたのです。
三 耳たぶ
ある夏の日の夕暮れのことです。
次郎は直吉の肩車に乗って、校番の部屋から畦道へと出ました。直吉は二十二、三歳の青年で、次郎の実家の使用人です。今日は母親のお民に言いつけられて、次郎を迎えに来たのでした。
次郎は肩車が大好きでした。このところ勘作がちっとも自分を相手にしてくれず、もう長いこと肩車に乗っていなかったところへ、ひょっこり直吉がやって来て、お浜と何事かひそひそと囁き合った後、「肩車に乗せてやろう」と言ってくれたので、次郎は大喜びだったのです。
校門を出て一町(約百メートル)ほど北へ行くと大きな沢があります。そこはもう、毎晩ホタルが飛び交っている季節です。次郎はそのことをよく知っていました。だからこそ、彼は肩車に乗って、そこに連れて行ってもらえるものだと思っていたのです。
ところが直吉は、校門を出るとすぐ南の方角へ歩き出しました。この南の方角というのは、次郎にとってはあまり好ましい場所ではありませんでした。なぜなら、その方角にこそ、彼の両親や祖父母、そして兄弟たちが住んでいる家があったからです。
お民は、「孟母三遷」の教え(教育には環境が大切であるという教え)からヒントを得て、次郎を校番の家に預けはしたものの、彼が物心つくにつれて、どうやらお浜に親しみすぎている傾向があることに気づきました。おまけに、孟子の場合とは違って、学校という場所の感化力が思ったほどではないことも分かってきたため、最近では、お浜が次郎を連れてやって来るたびに、彼女を言いくるめて、次郎をこっそり一人で帰らせるようにしていたのです。
次郎にとって、それがどれほど大きな試練であったかは言うまでもありません。そんな時、彼は決まって恐ろしいほどの沈黙家になり、食も細くなり、おまけに不安のあまり、おねしょをしてしまうことさえありました。
彼にとって、まず第一に、実家の家はあまりに広すぎました。狭い部屋の中で、家族とむせ返るような距離感で生活することに慣れていた彼にとって、こんな広い家に入ると、急にすべての人間が自分から遠のいてしまうような気がして、言いようのない寒々しさを感じたからでした。お浜がそばにいてくれる時でさえあんなに心細かったのだから、彼女がこっそりと姿を消したあとの頼りなさといったら、言葉では言い表せないほどでした。
もちろん、お浜がいなくなったあとでは、母のお民をはじめ、家族みんなが次郎を取り囲んで、あれこれと優しく声をかけてくれました。
しかし、その言葉たちは、次郎の耳にはまるで学校の先生が教壇の上から説教をしているかのように聞こえて、なんだか体がすくんでしまうのでした。
とりわけ、お民の言葉にはそういった厳しい響きが強く含まれていました。
お民としては、それは仕方のないことだったのかもしれません。
というのも、彼女は、これから次郎の悪い癖を直し、彼にきちんとした礼儀作法を教え込むという、母としての重大な責任を背負っていたからです。
兄の恭一は、それほど怖い存在ではありませんでした。
しかし、その顔色の悪い顔と、やけに上品でしなやかな身のこなしが、どうにも次郎にはしっくりとなじめませんでした。
弟の俊三はまだ生まれて三年にもなりませんが、末っ子で、最初から母の乳房で育ったせいか、誰に対しても遠慮のない振る舞いをしており、次郎の目には彼こそ最大の強敵のように映りました。
祖父と父は、遠くから冷ややかに彼を眺めている、といった様子でした。
祖母は、かと思うとひどく可愛がったかと思えば、すぐに冷たく突き放すような態度をとりました。
そんなわけで、次郎にとって実家は、どの角度から見ても愉快な場所とは言えませんでした。
だからこそ、お浜に置いていかれたあと、次郎が口を閉ざして黙り込み、食欲をなくし、おねしょをしてしまうのは、避けられないことだったのです。
いわばそれは、次郎なりの自衛本能のようなものでした。
そして、この本能の命令に従うことは、いつも次郎にとって有利な結果を招きました。結局、家中の誰も彼を扱いきれなくなり、再びお浜の元へ引き渡されることになるからです。
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