初級翻訳・論語物語 第30話

下村 湖人

そして、「自分はいったい、これから何をしようとしているんだろう? 自分の計画そのものが、そもそも常識外れのめちゃくちゃなことなんじゃないか?」と、急に不安になり始めたのだ。

(もし孔子先生から、「自分は霊公に直接仕えるんじゃなくて、ある大夫(たいふ:高官)の政治顧問になるんだ」って聞かされたら、先生はいったいどんな顔をするだろう?
しかも、その大夫というのが、この私なんだぞ。
先生にとっては、数いる門人の一人にすぎない、この私なんだ……)

彼は車の中で、だんだんいらいらし始めた。
「もっとよく考えてから動けばよかった……」と、心から後悔した。
しかし、今さらここで引き返すのもなんだかカッコ悪い。あらかじめ孔子と会う約束の時間までしっかり決めてあるのだから。
道のデコボコがいつの間にかなくなっていた。馬車がいやに早く進んでいるような気がしてならない。
「何か別の用事ができたことにして、今日は帰ろうか……」とも考えてみたが、そんな都合の良い言い訳はパッと頭に浮かばない。
そうこうしているうちに、車はついに孔子の宿の門の前に到着してしまった。
その宿というのは、子路(しろ)の義理の兄にあたる、顔讎由(がんしゅうゆう)という人の家だった。

パッとしない顔(浮かぬ顔)をしながら、彼は車から降りた。
出迎えてくれた人たちの挨拶を聞くのすら、今の彼にはたまらなく面倒くさかった。
しかし、顔を横にそむけたり、しょんぼりとうつむいたりするのは、立派な大夫という身分にふさわしくない態度だったので、彼は門をくぐると、わざと屋根の方へ視線を向けながら、まっすぐ堂々と歩いた。
すると、台所(厨房)の屋根のあたりから、黄色っぽい煙がモクモクと昇っているのが目に入った。
その煙を見た瞬間、彼はなぜか、家のかまど(竈)のことを連想した。
そして、彼がかまどを連想したことこそ、彼にとってこの上なくラッキーな出来事だったのだ!

(しめた!)

彼は心の中で思わず叫んだ。
「天からのひらめき」というのは、まさにこういう瞬間のことを言うのかもしれない。
煙を見てかまどを思い浮かべたその瞬間、彼は今のピンチから自分を救い出してくれそうな、最高に都合の良い「あることわざ」を、まったく苦労せずに思い出すことができたのだ。

そのことわざとは、こういうものだった。

「奥(おく)に媚(こ)びんよりは、寧(むし)ろ竈(かまど)に媚びよ」

「奥」というのは、部屋の南西の隅っこにあたる場所で、中国の家では最も格式の高い神様を祭る場所だった。ただし、そこには特別な祭神(祭られる神)がいるわけではない。
一方、「かまど」は、戸の神、土の神、門の神、道路の神と並んで、「五祀(ごし)」と呼ばれる、日々の暮らしに欠かせない神様を祭る場所である。
かまど神は地位こそ低いものの、ちゃんとそれぞれに祭神がいて、お祭りの内容もとても実用的で生活に密着していた。
これに対して「奥」は格式こそ高いものの、特定の神様がいるわけではなく、五祀のお祭りが終わったあとに、形だけの適当なお祭りをするだけの場所にすぎなかった。

王孫賈がこのことわざを思い出して大喜びした理由は、「奥」はまるで今の君主である霊公のようであり、「かまど」はまさに自分(実権を握る大夫)にそっくりだと思ったからだった。

「よし、何も知らないふりをして、このことわざについて孔子先生の意見を聞いてみよう。もし先生が『場合によっては、かまど(現場の役人)に機嫌をとることも許されていい』という考え方をする人なら、思い切って自分の本心をすべて打ち明けて具体的な話をしよう。もしそう言ってくれなかったら、この話は一切しないでそのまま帰ろう」
彼はそう作戦を立てた。

(「窮すれば通ず」とは、本当によく言ったものだな)
彼は孔子の部屋に入る直前に、そう心の中でつぶやいた。

孔子は何か深い考え事(瞑想)にふけっていたようだったが、王孫賈がやってきたのに気づくと、すっと立ち上がって彼を出迎えた。

「先生、さぞお淋しい日々をお過ごしのことでしょう」
王孫賈は席に座りながら、そう切り出した。
それは、孔子がいつまでも正式な官職につけず、不遇のままでいることに対して、まずは世間話のつもりでかけた言葉だった。

すると孔子は、自分の弟子である顔回(がんかい)という青年を引き合いに出して、こう答えた。
「私の門人に顔回という若い者がいますが、彼はどんなに貧しく苦しい生活であっても、いつも心の奥底から深く楽しんでいるように見受けられます」
孔子は顔回を例に出すことで、自分自身のブレない心境を語ったのだった。

王孫賈はそれを聞いて、少し顔を赤らめた。
それでも彼は引き下がらず、こう言った。
「霊公は、決してあなた様をお用いにならないと考えているわけではありません。ただ、いろいろと政治の事情が複雑にからみ合っているために、どうしても話が延び延びになってしまっているような次第でして……」
やはり彼の言葉は、どうしても「孔子の仕官(就職)問題」から離れられずにいたのである。彼は、例の諺を持ち出すには、一先ず話題を全く他の方面にそらした方がよい、とは思ったが、それがどうもうまく行かなかった。
孔子の方で都合よく話題をそらしてくれても、彼の話はともするとその方にもどりがちであった。
彼はしかし、とうとう機会をつかまえた。
それは二人の対話が一寸途切れた時であった。
彼は急に思い出したかのように孔子に訊ねた。
「先生、私は若い頃、奥に媚びんよりは寧ろ竈に媚びよ、という諺を聞かされる毎に、あまり愉快な感銘を受けませんでしたけれど、この頃政治の実際にたずさわって見ますと、これにも一面の真理が含まれているように思えてなりません。
間違っていましょうか。」

孔子は一寸眉をひそめた。
それから相手の顔を穴のあくほど見つめた。
そしてかすかに微笑を洩しながら云った。
「爪の垢ほどの真理も含まれてはいますまい。」

孫賈は、孔子の否定的な答を充分豫期してはいたものの、孔子の態度や言葉つきに、いつもに似ぬ辛辣さを感じて、氷室にでも投げ込まれたように、身をすくめた。
孔子は、居ずまいを正して言葉をつづけた。
「われわれは、ただ天道に背くことを懼るべきです。
罪を天に獲ては何処にも祷るところはありません。
それは、天が一切の支配者であり、真理の母だからです。」

孫賈は殊勝らしくうなずいた。
しかし心の底では、孔子が仕官を求めていながら、方便ということを知らないのを、少しもどかしく思った。
(芸がないのにも程がある。
こんな調子では、どうも当分見込はないだろう。)

そう思って、彼はいい加減に切りあげようとした。
すると孔子は念を押すように云った。
「竈に媚びないばかりでなく、奥にも媚びないのが君子の道です。
君子の道はただ一つしかありません。」

孫賈も、そうまで云われて、孔子の真意を悟らない男ではなかった。
やはり、自分の心をはっきりと見とおしていたのだ。
そう思うと彼は、羞恥と失望とで、ぶるぶるとふるえた。
しかし、彼が真に孔子の人物の高さを知ることが出来たのは、この時であった。

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