初級翻訳・論語物語 第29話

下村 湖人

彼女の日々の生活を見聞することは、道に生きんとする孔子の到底忍び得ざるところであった。
ただ、衞にはすでに多くの門人が出来ていた。魯は孔子の故郷(ふるさと)だけあって、門人の数も非常に多かったが、魯についで門人が多かったのは衞(えい)の国であった。
孔子は、これらの門人たちのことを思うと、簡単にはこの国を去ることができなかったのである。
彼は、以前にも、ほんのわずかの間ではあったが、一度衞に滞在したことがあった。
それは、彼が魯の大司寇(だいしこう:司法長官)を辞めた直後のことである。
その後、鄭(てい)に行き、陳(ちん)に行き、再び衞に戻って来たのであるが、彼はそうした国々の旅を重ねるうちに、嫌というほど諸侯(しょこう:君主たち)の心の浅ましさを見せつけられていた。
そのため彼の心境は、中途半端な明君を求めてあちこち放浪するよりも、静かに子弟の教育に専念したい、という方向へと傾きかけていたのである。
現に彼は、陳にいた時、
「一日も早く郷里の魯に帰って、理想に燃えている純真な青年たちの顔が見たい。
彼らはまだ中道(ちゅうどう:かたよらない正しい道)を歩むことを知らないが、よく導いてさえいければ、どこまでも大きく伸びる。
浅ましい諸侯などを相手にしているより、どれほどいいかしれない。」
といったような感想を、しみしみと漏らしたくらいであった。
衞の門人たちも、彼の心を惹きつける点において、魯の門人たちと少しも変わるところがなかった。
霊公(れいこう:衞の君主)の無茶苦茶な政治と、夫人・南子(なんし)の乱れた素行とで濁らされた空気は、彼にとってはいかにも息苦しかったが、若い門人たちと詩や書、礼儀や音楽について語り合い、政治の理想を論じていると、彼は少しも外国にいるような気がしなかったのだ。
彼はこうした環境の中で、至るところに自分の心の故郷を見出すことができたのである。
こうして彼は、衞を去る決心をしてからも、長い間門人たちを相手に日々を過ごしていた。
ちょうど私たちが、旅に出る前に、子どもたちを抱き上げて頬ずりするように、彼は門人たちの心をその大きな胸の中に抱きとめ、思いやりの光(仁の光)に浸らせようと努めていたのである。

門人の一人に王孫賈(おうそんか)という男がいた。
門人とはいっても、衞の大夫(たいふ:高官)であり、軍の政治を任されている身分であった。
霊公の滅茶苦茶な政治にもかかわらずこの国が滅びないのは、彼の軍政と、仲叔圉(ちゅうしゅくぎょ)の外交と、祝駝(しくだ)の祭祀があるからだ、と孔子も褒めていたほどの人物である。
王孫賈が、孔子をいつまでも衞にとどめておきたがっていたのは、言うまでもない。
彼はこう考えた。
(孔子は内心、衞にとどまりたがっている。
ただ、霊公がひどく彼のことを煙たがっているので、孔子としては、近づこうにも近づけないのだ。
ここは一つ、自分が間に立って、何とかうまく話をまとめねばなるまい。
しかし、霊公を説き落とすのはなかなか難しい。
やはり、孔子の方から進んで接近するように仕向けるより仕方がない。
説くときに正しい道理をもって、相手が受け入れやすいようにしてやれば、孔子だっておかしな意地は張らないだろう。
しかし、今すぐ霊公にまともにぶつかれと言っても、それは無理な相談だ。
仮にぶつかったとしたところで、結果はかえって藪蛇(やぶへび)になるだけだ。
この際は、まず大夫としての自分を助けてもらい、その実績をいやでも霊公に見せつけるようにしたほうがよい。
目の前で実績が上がりさえすれば、霊公も今までのように敬遠ばかりしていられまいし、孔子の方だって、実際の目の前の問題に即して霊公を説得することができるだろう。)

そう考えて、ある日、他の門人たちがいない時間を見計らって、孔子の宿に車を走らせた。
道すがら、彼はこの計画がうまく行った場合の自分の立場を、心に描き出してみた。
(自分は、孔子というすばらしいバックボーンを背負って、これから仕事をやっていく。
民衆の信望が次第に自分に集まってくる。
さすがの霊公も、それに押されて行いを慎むようになる。
民衆はますます自分の徳をたたえる。
そのうちに、いよいよ孔子を正式に採用してもらい、直接国の政治のど真ん中(枢機)に参画させる。
そうなると政治はますます良くなっていく。
しかし、孔子は決して手柄を争うような人ではないし、しかも自分に対しては心から感謝してくれるはずだから、一切の手柄を自分に譲ってくれるに違いない。
だが、自分はその名誉を決して独り占めしてはならない。
仲叔圉と祝駝の二人の大夫に対しては、あくまで謙譲の徳を守って、恨みを買わないように努めねばならない。
その結果、自分の評判や名誉が彼ら以下に落ちることは決してない。
いや、かえって……)
と、彼は万人に敬愛されている自分の姿を想像して、うっとりと目を細くした。
そして次の瞬間に、ふと彼の頭に浮かんだのは、大昔の聖王である帝堯(ていぎょう)が、有能な舜(しゅん)を見出してその位を譲ったという、すばらしい古代の歴史であった。
もしもその時、彼の乗った車がデコボコ道にさしかかって、彼の尻を嫌というほど突き上げなかったなら、彼の空想は、自分自身と伝説の聖王・舜をどんなふうに結びつけていたか、分かったものではなかった。
幸か不幸か、彼はドンと尻を突き上げられて、慌てて現実の世界に引き戻された。
そして思わず、
「おっ、これはいけない!」
と叫んだ。
御者(運転手)はそれ听到、少し馬の手綱を引き締めながら、
「このごろは、町の人たちが道の修理をサボりましてな……」
と言った。
しかし、王孫賈の心は、すでに道路のことなどではなく、全く別の野望に支配されていたのである。彼は古代帝王の「禅譲(国を譲ること)」にまでふくらんでいった自分の妄想を、あわてて打ち消そうとして、何度も自分の胸のあたりをペタペタと撫でていた。

(こんなすごい空想を抱いたまま、孔子先生の前に出たら、それこそ計画は全部おしまいだ。
先生はすぐ相手の本当の気持ちを見抜いてしまうんだから。
ついこの間も先生は、私たちに対して「人間というものは、どんなに自分を隠そうとしても、見る人が見ればすぐにその正体がバレてしまうものだ」と言って、人の見分け方を教えてくれたっけ。聴いているだけでもうす気味が悪くなるような内容だった。
先生のその見分け方というのは、その人の行動や動機を見るのはもちろん、「その人が心の底で何を本当に楽しみにしていて、何に安心しているかを見よ」というものなんだ。しかも先生は、相手のほんのちょっとした目の動きを見ただけで、その人の本心をすぐに見破ってしまうのだから、本当に油断ならない。
とにかく、孔子先生の前に出るなら、自分のためのエゴや下心なんて絶対に禁物だ!)

そう心の中で自分に言い聞かせることで、彼は自分の途方もない空想を、ようやく追い払うことができた。
しかし、いざ空想からパッと目が覚めてみると、今度はまるで、深酒をした翌日の朝のような、なんとも言えない寂しい気分に包まれてしまった。

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