大昔からずっと受け継がれてきた尊い先王の道を、後世の人々にしっかりと伝えることによって、永遠に生き続けたいのじゃよ!」
孔子はそう言いながら、はるか遠い過去と、はるか遠い未来を同時に見つめているような、とても深く鋭い眼差しをした。
子路も、そしてまわりにいた他の弟子たちも、これまでに感じたことのないほど荘厳な空気に圧倒され、静かに目を閉じてひざまづいた。
「おお、みんなも今こそ、本当に祈るべき尊い心境になれているようじゃな。
どうしてもわしのために祈りたいと思うなら、まさに今のその清らかな心になることじゃ……。
さあ、少し疲れたようだ、眠ることにしよう。
みんなも一休みしてくれ。」
不思議なことに、孔子の病気はその翌日から少しずつ回復に向かっていった。
そして、それから何年もの歳月が過ぎた後、子路が衛(えい)の国で起きた内乱の中で勇ましく戦死を遂げたとき、孔子は七十歳の老齢となり、今度は自分が子路のために悲しみの涙を流さなければならならない立場となったのである。
1 季路(きろ)が鬼神(きしん)に仕えることについて尋ねた。
先生(子曰)はこう答えられた。
「まだまともに人にも仕えられていないのに、どうして目に見えない神仏(鬼神)に仕えることができようか」と。
子路がさらに「あえて死についてお尋ねします」と言うと、
先生はこう答えられた。
「まだ『生』というものの本当の意味すらわかっていないのに、どうして『死』のことがわかるというのか」と。
(先進篇)
一以て貫く(ひとつのもってつらぬく)
先生が言われた。
「参よ、わしの教えは、一つの根本的な真理によってすべてが貫かれているのだよ」と。
曾子(そうし)は「はい」と答えた。
先生が部屋から出て行かれると、
他の弟子たちが曾子に尋ねて、「いまの先生の言葉は、一体どういう意味だったのですか?」と言った。
曾子はその質問に答えて言った。
「先生の教えの根本にあるものは、ただ『忠(まごころ)』と『恕(思いやり)』の心のみです」と。
――里仁篇――
「先生も、さすがにずいぶん年をとられたよな。」
「もうそろそろ七十になるんじゃないか?」
「いや、そろそろどころか、今年はたしかに七十のはずだぜ。」
「奥様がお亡くなりになったのは、たしか一昨年だったよな。」
「そうだ、そのとおりだ。」
「じゃあ、やっぱり確実に七十だ。それにしても、さすがにこの一、二年はおじいさんらしくめっきりお弱りになったみたいだな。」
「まあ、何と言っても七十だからな。しかし、お心の方はますます冴えわたって、澄み切っていくように見えないか?」
「本当にそうだなあ。このごろ先生の前に立つと、何だかまるで美しい水晶の宮殿の中にでもいるような気がして、自分自身の体までが透きとおっていくような不思議な気持ちになるんだ。」
「自分の体が透きとおるならまだいいさ。お前なんて、先生の前だと自分だけがただの汚い石ころみたいに見えやしないか?」
「おい、失敬なことを言うなよ!」
「いや、俺はこのごろ先生の前に出ると、何だかしみじみとした、すごくしっとりした気分になるんだよ。」
「そりゃ一体、どういう気分なんだい?」
「どういう気分って、言葉ではうまく説明しようがないんだけどさ、とにかく心の底からしみじみと嬉しくなってくるんだよ。」
これは、孔子の弟子たちの中でも、まだ二十代の元気な若者ばかり十人ほどが集まって、わいわいと楽しそうにおしゃべりをしている一場面である。
子游(しゆう)が最年長で二十五歳、子輿(しよ)と子柳(しりゅう)が同い年で二十四歳、そしてそれより若い年齢層として、子張(しちょう)、子賤(しせん)、子魯(しろ)、子循(しじゅん)といった面々が混ざっている。
この若者たちの中で、年齢のわりにみんなから一目置かれ、どっしりと重みを感じさせているのは子輿(しよ)である。
彼の本名は曾参(そうさん)といい、一見すると少しぽんやりとしていて鈍く見える(魯鈍:ろどん)のだが、自分の行動を深く反省する力が非常に強い青年であり、弟子たちの中でも孔子から将来を最も期待されている一人であった。
彼より三つ年上の有若(ゆうじゃく)や、二つ年上の子夏(しか)がこの場にいれば、彼にとってちょうど良い話し相手になったのだが、あいにく今日のこの席にはその姿は見えない。
若者たちの雑談は、まだまだ続いていく。
「それはそうとさ、先生はこのごろずっと黙ってばかりで、昔ほどいろいろ教えてくださらなくなったよな。」
「いや、そんなこともないだろ。めちゃくちゃ厳しく叱られている連中だっているぜ。まあ、俺もその叱られるグループの一人なんだけどさ。」
「お前は特別だろ、特別!」
「バカを言うなよ! おだって(君だって)、いつも先生にしつこくチクチクやられてるじゃないか。」
「おいおい、仲間内で言い合いはやせ(喧嘩はやめろよ)……。しかし現実として、先生があまり口を開かなくなったのは本当だよな。」
「そうかなあ、俺はそんなふうには思わないけどね。」
「いや、まちがいなく以前に比べると、すっかり沈黙の人になっちまったよ。」
「このごろ急にそうなったっていうわけでもないだろうしなあ……。」大体必要以外には、あまりものを言われない方なんだ。」
「それにつけて、ついこないだ面白いことがあったぜ。」
「面白いこと? 先生についてかい。」
「うむ、やはり、君等のように、先生の無口を不平に思っている連中だろうと思うが、五六人揃って、先生に抗議を持ちこんだそうだ。」
「それは面白い。どんな抗議だい。」
「先生は人によっては馬鹿に丁寧に教えて下さるが、自分たちにはちっとも教えて下さらない、といったんだそうだ。」
「ずいぶん失礼なことを云ったものだね。」
「失礼なもんか、僕等も同感だよ。」
「同感でない人もあるぜ。」
「まあ先を聞こう。それで先生どう云われたんだい。」
「そりゃ、きまっているさ。」
「いやに聰明ぶるね。君、その答を豫期していたとでもいうのかい。」
「いや豫期してはいなかった。豫期していたら、一緒に抗議に行くはずがないじゃないか。」
「なあんだ、君も一緒か。それで、きまっている、もないじゃないか。」
「実はぎゃふんと参ったところなんだ。」
「一たいどうなんだ。そのお答えというのは。」
「そりゃ先生の平常を知っていさえすれば、何でもないことなんだ。」
「おいおい、まだ勿体ぶるのか。いい加減にせい。」
「勿体ぶるんじゃない。実は、君等も僕と同様、先生を本当には理解していないことがわかって、一寸安心したところなんだ。」
「馬鹿にするな。」
「そう怒るな。これから話すよ。……しかし曾君なら、話さなくても、大体想像がつきはしないかね。」
みんなが曾参を見た。
しかし曾参は笑って答えなかった。
彼は先ず年長者の子游を見、それからみんなの顔を一巡見まわして、軽く頭を下げた。
「曾君にも解らないとすると、いよいよ僕も安心していいわけだ。
そこでその先生のお答えというのはこうなんだ。
――2全体君等はわしに何か秘伝でもあると思っているのか。
わしの進む道には秘伝はない。
わしは四六時中の生活に道を現わして行きたいと思っている。
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