初級翻訳・論語物語 第4話

下村 湖人

彼はそれを、自分に対する嫌味(皮肉)のようにも聞いてしまったのである。(自分は、もう四十の坂を越してかなりになるのに、まだ一度も孔子にそんな風な讃め方をされたことがない。
どちらかというと、くさされる方が多かったくらいだ。)
 彼はそう思って、暗い気持になった。
そして、若い頃からの孔子との応対が、つぎつぎに思い出された。
いつの頃だったか、彼が孔子に、
「1自分が人にされて嫌な事なら、自分も亦、人に対して、したくないものです。」
 というと、孔子は言下に、
「それはまだまだお前に出来ることではない。」
 と貶しつけてしまった。
彼はその時のことを思うと、今でも顔から火が出るような気がするのである。
また、ある時、孔子は彼に対して、
「2お前は学問の上で顔回に勝てる自信があるか。」
 と訊ねた。
顔回は、孔子がかねがね自分でも及ばないと云っていたほどの人物だから、その人に比較されるのは、彼として嬉しくないこともなかった。
しかし、同時にこれは彼にとって不愉快な問であった。
「勝てます。」と云い切るわけには無論行かない。
腹の底では、「なあに。」という気が十分あるのであるが、それを云えば、謙譲の徳にそむくことになる。
顔回に対して負けないというだけならとにかく、孔子にも負けないという意味Cになるのだから、よけいに始末が悪い。
「3仁を行う場合は師にも譲るな。」という孔子のかねての教訓もあるが、それとこれとは場合がちがう。
で、結局彼は内心不愉快に思いながら、あっさりと謙譲の徳を守るより仕方がなかった。
彼はこたえた。
「とても私などの及ぶところではありません。
私はやっと一を聞いて二を知るだけですが、顔回は一を聞いて十を知ることが出来ます。」
 すると孔子はその答を予期してでもいたかのように、
「そうだ、お前は顔回には及ばない。
それはお前のいう通りだ。
お前のその正直な答はいい。」
 と云った。
子貢としては、饅頭の外皮を讃められて※をくさされたような気がしてならなかったのである。
しかし、子貢にとって何よりもいやな記憶は、彼が、ある日、しきりに門人たちと人物評をやっていたおり、孔子に横合から、
「4子貢は賢い。
私にはとても人の批評などしている暇がない。」
 と、云われたことである。
子貢に云わせると、孔子ほど人物評の好きな人も少い。
他の門人たちが人物評をやっていると、御自身でも一口云わないでは居れない性である。
然るに、自分にだけ、なぜあんな皮肉を云ったのだろう。
あるいは自分を口舌の徒と思っていたのかも知れない。
そう云えば、孔子はかつて弁論の雄として宰我と自分とを挙げたことがある。
弁論の雄などというと、いかにも聞えがいいが、それは人間を讃める言葉として本質にふれたものではない。
況んや宰我は懶者で嘘つきだ。
彼こそまぎれもない口舌の徒である。
彼と自分を一緒にされたのではたまったものではない。
子貢は、そうした以前の事を考えながら、孔子が子賎を「君子だ、君子だ。」と讃めるのを聞いていると、ますますいらいらして来た。
この際、自分についても何とか云ってもらいたい。
孔子も今では自分の価値を知っていてくれるに相違ないのだ。
――彼はそう思って膝をもじもじさした。
孔子は、しかし、彼の様子などにはまるで無頓着なように、下鬚を撫でながら、眼を細くして独語のように云った。
「だが子賎のような立派な人物が磨き出されたのも、もともと魯に多くの君子がいたからじゃ、子賎はいい先輩や友人を持って仕合せであった。」
 子貢は眼を輝かした。
彼は衞の人間ではあるが、子賎の先輩として、その指導にはこれまでかなり力を入れて来たつもりでいる。
だから孔子が先輩といった中には、無論自分も含まれているはすだと思ったのである。
しかし、彼はまだ何だか不安だった。
はっきりつきとめて見ないうちは、わかったものではない。
何しろ以前が以前だから、という気がした。
同時に彼の心の底には、子賎などに劣るものではない、という自信があった。
子賎を君子と讃めるくらいだから、ひょっとすると、孔子は自分に対して、それ以上の讃辞を与えるかも知れない、という自惚が、不安のかげに顔をのぞかせていた。
で、とうとう彼は訊ねた。
「先生、私についても何か一言云っていただきたいものでございます。」
 彼は、云ってしまって、孔子がどんな顔をするか心配になった。
自分のことに捉われ過ぎると思われはしないか、それが気になったのである。
しかし孔子の顔は極めて平静だった。
そして無造作に答えた。
「お前は器じゃ。」
 子貢は自分の耳を疑った。
「器」という言葉は孔子が人物を批評する場合、これまでにもおりおり使った言葉である。
それは大していい意味のものではなかった。先ず「才人」とか、「一芸一能に秀でた人」とかいった程度の意味である。
「君子は器であってはならない。」――そんな事を云って、孔子はよく門人を戒めたものである。
その「器」が自分に対する批評の言葉として投げられたのだから、子貢が案外に思ったのも無理はない。
孔子は、しかし、あくまで平静だった。
あたりまえの事を、あたりまえに云ったに過ぎない、と云ったような顔をしていた。
子貢はがっかりした。
恥かしくもあった。
一種の憤りをさえ感じた。
出来れば一刻も早く孔子の前を退きたいと思った。
しかし、また、このまま引きさがるのもきまりが悪いような気がした。
彼は進むことも退くこともできずに、蒼い顔をして孔子の顔を見つめていた。
孔子はやはり平然としていた。
かなり、永い沈默がつづいた。
子貢は、とうとうたまりかねたように膝を乗り出して、訥りながら云った。
「先生、器というのは、な、……なんの器です。」
 孔子は、子貢のただならぬ様子に、はじめて気がついたかのように、かすかに眉をひそめた。
しかし、次の瞬間には、彼はもう微笑していた。
そしてちょっと考えたあとで、しずかに答えた。
「瑚※(かんき。さんずいに恵、または器)じゃな。」
 子貢は、「瑚※」という言葉を聞くと、不思議そうな顔をして、孔子をまじまじと見た。
瑚※は宗廟を祭る時に、供物を盛る器である。
玉などを鏤めた豪華なもので、あらゆる器の中で、最も貴重なものとされている。
(瑚※、――瑚※――)
 彼は何度も胸の中で繰りかえして見た。
そして、宗廟の祭壇に燦然と光っている一つの器を思い浮べた。
(器の中の器――人材の中の人材――一国の宰相。)
 彼の連想は、次第に輝かしい方に向って行った。
そして、いつの間にか、宰相の衣冠をつけて宗廟に立っている彼自身の姿を、心に描いていた。
(瑚※とはうまく云ったものだ。)
 彼は一瞬たしかにそう思った。
その時、彼の顔はまさに綻びかけていた。
「瑚※は大器じゃ。
しかし、何といっても器は器じゃ。」
 さっきから子貢の顔の変化をじっと見つめていた孔子は、その時、念を押すように云った。
子貢は弾かれたように全身を動かした。
そして見る見る彼の顔が蒼ざめて行った。
「子貢、何よりも自分を忘れる工夫をすることじゃ。
自分の事ばかりにこだわっていては君子にはなれない。

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