初級翻訳・醜い家鴨の子 第2話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

つまり、あの方を見失わないようにしてみんながちゃんと気を配っているっていう証拠なのさ。
さあさ、そんなにつま先を内側に曲げちゃいけないよ!
育ちのいいアヒルのお子は、お父さんやお母さんみたいに、ほら、こうやって足を広く離して開くもんなんだ。
さあ、首を曲げて、グワッて言ってみごらん」

小アヒルたちは言われた通りにしました。
けれども、まわりにいたほかのアヒルたちは、じろっとそっちをにらみつけて、こう言いました。
「ふん、また新しいヒナの一団がやって来たよ。まるで、あたしたちの数がまだ足りないって言いたいのかい!
それにしてもまあ、あの中の一羽はなんて変ちくりんな顔をしてるんだろうねえ。
あんなの、ここに仲間として入れてやるもんか!」
そう言ったかと思うと、突然一羽が飛び出してきて、その子アンプの首のあたりをガブリと噛んだのです。
「いったい何をするんですかっ!」
とお母さんは怒鳴りました。
「この子は何も悪いことなんてした覚えはないじゃありませんか!」
「そうさねえ。だけど、あんまり図体が大きすぎだし、見っともない面をしてるからさ」
と、意地悪なアヒルが言い返すのです。
「だから、ここから追い出しちまわなきゃいけないのさ!」

するとその脇から、例の赤いリボンを脚につけた年寄りアヒルが、口を挟みました。
「他の子供たちはみんなすこぶるきりょうよしだねえ、あの一羽を除いては、みんなねえ。
お母さん、あの子だけでもう少しどうにか見栄えを良くしてやれなかったのかねえ」
「それはとても及びもつかないことでございます、奥方様」
とお母さんは答えました。
「あの子はまったく、きりょうよしではございません。
けれど、本当にすごくいい性質を持っておりますし、それに泳ぎをさせますと、ほかの子たちくらい……いや、それよりずっと上手にやるのです。
私の考えでは、あの子も日が経つにつれてだんだん美しくなりますし、きっと体も引き締まって小さくなるでございましょう。
なにしろ、卵の中にあまり長く入りすぎていたせいで、体つきが普通に出来上がらなかったのでございますよ」
そう言って、お母さんは小アヒルの首をやさしく撫で、ボサボサの羽をなめらかに平らにしてやりました。
そして、
「それに、なにしろこいつは男の子なんだから、きりょうなんて大した問題じゃないさ。
そのうちきっと強くなって、自分で自分の身をしっかり守れるようになるさ」
とお母さんは心の中で呟くように言いました。
「まあ実際、他の子供たちは立派なもんこだよ」
と、例の身分のいいアヒルはもう一度くり返して、
「とにかくお前さん方、もっと体をリラックスさせなさい。
それからね、もしウナギの頭を見つけたら、私のところに持って来るんだよ」
と付け足したのです。
そこでみんなはすっかりくつろいで、気の向くままにふるまいました。
けれども、あの最後の一番に殻から出てきた、ぶきっちょで不格好な顔つきの子アヒルは、他のアヒルたちや、そこに飼われている鳥たちみんなから、噛みつかれたり、突きのめされたり、ありとあらゆるいじめやからかいを受けたのです。
そして、そんな散々な有様はそれから毎日続いたばかりか、日が経つにつれてますますひどくなっていきました。
ついには兄弟たちまでもが、この哀れな子アヒルに対して無慈悲に冷たく当たり、
「ほんとに見っともない奴め、いっそネコにでもとっ捕まえられちまえよ!」
などと、いつもひどい悪態をつくのでした。
お母さんさえも、しまいには、
「ああ、こんな子なら生まれなければよかったのに……」
とため息をつくほどでした。
仲間のアヒルたちには突かれ、ニワトリたちには羽でバシバシとぶたれ、裏庭の動物たちにエサを運んでくる農場の娘からは脚で蹴飛ばされる毎日です。
もうこれ以上はとても耐えきれなくなった子アヒルは、ついに自分の棲家をとび出して、どこかへ逃げ出してしまうのでした。その途中、柵を越える時、垣の内にいた小鳥がびっくりして飛び立ったものですから、
「ああ、みんなは僕の顔があんまり変なもんだから、それで僕を怖がったんだな」
と、彼は思いました。
それで彼は目を瞑って、なおも遠く飛んで行きますと、そのうち広い広い沢地の上に来ました。
見るとたくさんの野鴨が住んでいます。
子家鴨は疲れと悲しみになやまされながらここで一晩を明しました。
朝になって野鴨達は起きてみますと、見知らない者が来ているので目をみはりました。
「一体君はどういう種類の鴨かね?」
そう言って子家鴨の周りに集まって来ました。
子家鴨はみんなに頭を下げ、出来るだけ恭しい様子をしてみせましたが、そう訊ねられた事に対しては返答ができませんでした。
野鴨達は彼に向かって、
「君はずいぶんみっともない顔をしてるんだねえ」
と言い、
「だがね、君が僕達の仲間をお嫁にくれって言いさえしなけりゃ、まあ君の顔つきくらいどんなだって、こっちは構わないよ」
と、つけ加えました。
可哀そうに! この子家鴨がどうしてお嫁さんを貰う事など考えていたでしょう。
彼はただ、蒲の中に寝て、沢地の水を飲むのを許されればそれで十分だったのです。
こうして二日ばかりこの沢地で暮していますと、そこに二羽の雁がやって来ました。
それはまだ卵から出て幾らも日の経たない子雁で、大そうこましゃくれ者でしたが、その一方が子家鴨に向かって言うのに、
「君、ちょっと聴き給え。
君はずいぶん見っともないね。
だから僕達は君が気に入っちまったよ。
君も僕達と一緒に渡り鳥にならないかい。
ここからそう遠くない処にまだほかの沢地があるがね、そこにまだ嫁かない雁の娘がいるから、君もお嫁さんを貰うといいや。
君は見っともないけど、運はいいかもしれないよ」
そんなお喋りをしていますと、突然空中でポンポンと音がして、二羽の雁は傷ついて水草の間に落ちて死き、あたりの水は血で赤く染まりました。
ポンポン、その音は遠くで涯しなくこだまして、たくさんの雁の群は一せいに蒲の中から飛び立ちました。
音はなおも四方八方から絶え間なしに響いて来ます。
狩人がこの沢地を取り囲んだのです。
中には木の枝に腰かけて、上から水草を覗き込むのもありました。
猟銃から出る青い煙は、暗い木の上を雲の様に立ちのぼりました。
そしてそれが水上を渡って向こうへ消えたと思うと、幾匹かの猟犬が水草の中に跳び込んで来て、草を踏み折り踏み折り進んで行きました。
可哀そうな子家鴨がどれほどびっくりしたか! 彼が羽の下に頭を隠そうとした時、一匹の大きな、怖ろしい犬がすぐ傍を通りました。
その顎を大きく開き、舌をだらりと出し、目はきらきら光らせているのです。
そして鋭い歯をむき出しながら子家鴨のそばに鼻を突っ込んでみた揚句、それでも彼には触らずにどぶんと水の中に跳び込んでしまいました。
「やれやれ」
と、子家鴨は吐息をついて、
「僕は見っともなくて全く有難い事だった。
犬さえ噛みつかないんだからねえ」
と、思いました。
そしてまだじっとしていますと、猟はなおもその頭の上ではげしく続いて、銃の音が水草を通して響きわたるのでした。

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