初級翻訳・モミの木 第4話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

ぼくだって、もしかしたらお姫さまをもらえるかもしれない」

そうして、モミの木は、あの森の中に生えていた、小さくてかわいらしいシラカバの木を思い浮かべました。モミの木にとって、そのシラカバの木は、本当のお姫さまのように美しかったのです。
「クルンベ・ドゥンベっていうのは、だれ?」と、小さなハツカネズミたちがたずねました。
そこで、モミの木は、その話をすっかり聞かせてやりました。モミの木は、一つ一つの言葉までしっかり覚えていたのです。それを聞くと、小さなハツカネズミたちはうれしくてたまらなくなり、もう少しでモミの木のてっぺんまで飛び上がるところでした。

その次の晩になると、もっとたくさんのハツカネズミたちがやってきました。そして日曜日には、なんと二匹のドブネズミまで現れたのです。ところが、ドブネズミたちは「そんな話、ちっともおもしろくない」と言うのです。
そう言われて、小さなハツカネズミたちも悲しくなりました。もう、前ほどその話がおもしろいとは思えなくなってしまったのです。

「おまえさん、その話しかできないのかね?」と、ドブネズミたちがたずねました。
「これ一つだけだよ!」と、モミの木は答えました。
「その話は、ぼくがいちばんしあわせだった晩に聞いたんだ。でもそのころは、自分がどんなにしあわせかなんて、気づきもしなかったんだよ」
「じつにばかばかしい! おまえさんは、ベーコンやあぶらろうそくの話は知らないのかい? 食物部屋の話なんかは?」
「知らない」と、モミの木は言いました。
「ふん、じゃあ、ごめんよ」ドブネズミたちはそう言うと、さっさと自分たちの仲間のところへ帰ってしまいました。

そのうちに、小さなハツカネズミたちも行かなくなってしまい、とうとう、だれも来なくなってしまいました。
モミの木はため息をついて言いました。
「あのすばしっこい小さなハツカネズミたちが、ぼくのまわりに座って話を聞いてくれたときは、本当に楽しかったなあ! でも、それももうおしまいだ。……だけど、今度ここから連れ出してもらったら、そのときは忘れないで、精一杯楽しむことにしよう」

しかし、いつ、そんな時がやってきたのでしょうか?――そうです。ある朝のことでした。
人々がやってきて、屋根裏部屋の中をかきまわしはじめました。
とうとう箱が動かされて、モミの木が引っぱり出されました。
モミの木は、ちょっと荒っぽく床に投げだされましたが、すぐに下男が、お日さまの照っている階段の方へ引きずっていきました。
「さあ、またぼくの人生がはじまるんだ!」と、モミの木は思いました。
モミの木は、すがすがしい空気と、お日さまの光をからだに感じました。
――このときは、もう、おもての中庭にいたのです。
なにもかも、すっかり変わっていました。
モミの木は、自分自身の姿をながめることも忘れて、思わず、まわりのいろいろなものに見とれてしまいました。
この中庭は花園のとなりにありましたが、見れば花園では、いろいろな花が今をさかりと咲きみだれていました。
バラの花は低い垣根の上にたれ下がって、すがすがしい、よいにおいを放っていました。
ボダイジュの花も、いま、まっさかりでした。
ツバメがあたりを飛びまわって、「ピイチク! ピイチク! あたしの夫が帰ってきたわ!」と、うたっていました。
けれども、それはモミの木のことではありませんでした。
「さあ、これから生きるんだ!」と、モミの木は、うれしそうに大きな声を出しました。
そして、枝をうんとひろげてみました。
ところが、なんということでしょう。
枝はみんな、かれてしまって、黄色くなっているのです。
モミの木は、雑草やイラクサの生えている、すみっこのほうに横たわっていました。
金の紙でつくった星が、まだてっぺんについていて、明るいお日さまの光を受けて、キラキラかがやいていました。
中庭では、元気そうな子供たちが二、三人、あそんでいました。
それは、クリスマスのときに、モミの木のまわりを踊って、あんなによろこんでいた子供たちだったのです。
その中のいちばん小さな子が走ってきて、金の星をむしり取ってしまいました。
「ねえ、こんなきたない、古ぼけたクリスマスツリーに、まだこんなものがついてたよ!」こう言いながら、その子は、枝をふみつけました。
靴の下で、枝がポキポキ鳴りました。
モミの木は、花園に咲きみだれている美しい花、いきいきとした花をながめました。
それから、自分自身の姿をふりかえってみて、いっそのこと、あの屋根裏部屋のうす暗いすみっこにいたほうがましだった、と思いました。
そして、森の中ですごした若かったころのこと、楽しかったクリスマス前夜のこと、クルンベ・ドゥンベのお話を、あんなによろこんで聞いていた、小さなハツカネズミたちのことなどを、つぎつぎに思い出すのでした。
「おしまいだ、おしまいだ!」と、かわいそうなモミの木は言いました。
「楽しめるときに、楽しんでおけばよかったなあ! おしまいだ、おしまいだ!」
そのとき、下男がやってきて、モミの木を小さく切りわってしまいました。
こうして、まきのたばができあがりました。
やがて、モミの木は、お酒をつくる大きなおかまの下で、まっかに燃え上がりました。
モミの木は、深く深くため息をつきました。
そして、ため息をつくたびに、なにか、パン、パン、と小さくはじけるような音がしました。
それを聞きつけると、あそんでいた子供たちがかけこんできて、火の前にすわりました。
そして、中をのぞいて、「ピッフ! パッフ!」と、大声でさけびました。
モミの木は、深いため息をついてパチパチ音をたてるたびに、森の中の夏の日のことや、キラキラとお星さまのかがやく冬の夜のことを思い出すのでした。
それから、クリスマス前夜のことを、また人から聞かせてもらって、自分も話すことのできた、たった一つのお話、クルンベ・ドゥンベのことを思い浮かべるのでした。
――こうしているうちに、とうとう、モミの木は燃えきってしまいました。
それからまた、男の子たちは中庭であそびました。
見ると、いちばん小さな男の子は、胸に金の星をつけていました。
それは、モミの木がいちばんしあわせだった晩に、つけてもらったものです。
でも、今はそれもおしまいです。
そして、モミの木もおしまいになりました。
それから、このお話もおしまいです。
みんなおしまい、おしまい。
お話というものは、みんな、こんなふうにおしまいになるものですよ。

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