初級翻訳・雪の女王 第8話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

侍僕の侍僕につかえている小姓なんかは、ふだんは、ペタンとした上靴をはいて歩きまわっているくせに、このときは、顔も見られないくらいえらそうな顔をして、戸口に立っていたのさ」
「ずいぶん、こわかったでしょうね」と、小さなゲルダは言いました。
「それで、カイちゃんは王女さまと結婚したの?」
「ぼくだって、もしカラスじゃなかったら、王女さまと結婚するよ。
たとえ、ほかのだれかと婚約していたとしてもね。
その子は、ぼくがカラスの言葉で話すときみたいに、すらすらと、じょうずに話したそうだよ。
ぼくの婚約者が、そう言っていたもの。
その子は、ほがらかで、かわいらしい子供だったんだよ。
ほんとうは、王女さまに結婚を申しこむために御殿へ来たのじゃなくて、王女さまがかしこいという噂だから、ただそれを知りたいと思って来ただけなんだよ。
でも、その結果、その子は王女さまが好きになり、王女さまのほうでも、その子が大好きになったというわけさ」
「きっと、そうよ。だってカイちゃんは、とっても頭がいいもの。計算だってできるし、分数だってできるんだわ!」「そのひとが、カイちゃんだわ」と、ゲルダは言いました。
「カイちゃんは、とってもりこうなんですもの。分数の暗算だって、できるのよ。――ねえ、あたしを、御殿へ連れてってくれない!」

「うん、口で言うのは、かんたんだがね」と、カラスは言いました。
「さてと、どうしたもんかな? そうだ、ぼくのいいなずけに相談してみるとしよう。きっと、いい知恵をかしてくれるよ。なぜかっていうとね、きみのような小さい女の子は、御殿へはいってもいい、という、おゆるしがもらえないんだよ!」

「それなら、だいじょうぶ」と、ゲルダは言いました。
「あたしがここへ来たってことを、カイちゃんが聞けば、すぐ出てきて、あたしをむかえてくれるわよ」

「あそこの生垣のそばで、待っててよ」カラスは、こう言うと、頭をふりながら、とんでいきました。
あたりが暗くなってから、カラスは、やっともどってきました。そして、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と、言いました。
「ぼくのいいなずけが、くれぐれもよろしくって言ってたよ。これは、きみにあげるパンなんだけど、いいなずけが御殿の台所から取ってきてくれたんだよ。台所には、まだたくさんあるよ。きみは、きっと、おなかがへってるだろうからね。きみが御殿の中へはいるのは、とてもむりだよ。だって、きみは、はだしなんだもの。銀色の服を着た番兵と、金ピカのお役人が、ゆるしてくれっこないよ。でも、そういったからって、泣かなくってもいいんだよ。御殿へは、きっと連れてってあげるからね。ぼくのいいなずけは、寝室へあがる、小さい裏ばしごを知ってるのさ。それに、かぎのありかだって、知ってるんだから」

それから、ふたりは、庭の中へはいって、大きな並木道を歩いていきました。木の葉が、一枚、また一枚と、散っています。そのうちに、御殿の明りが、一つ、また一つと、消えました。そこで、カラスは、ゲルダを連れて、裏門のところへ来ました。門は、いくらかあいていました。

ああ、ゲルダの胸は、心配と、あこがれとで、どんなにどきどきしたことでしょう! まるで、なにかわるいことでも、しようとしているような気持でした。ゲルダは、その人がカイちゃんかどうかを、知りたいと思っているだけなのです。たしかに、その人は、カイちゃんにちがいありません。ゲルダは、カイのかしこそうな目と、長い髪の毛とを、ありありと思いうかべました。そしてまた、ふたりが家のバラの花の下にすわっていた時のように、にこにこ笑っているカイの姿が、目に見えるようでした。カイがゲルダに会ったなら、しかもゲルダが、自分のために、どんなに遠い道を歩いてきたかを聞いたなら、そしてまた、自分が帰らないために、家の人たちが、どんなに悲しんでいるかを知ったなら、カイは、きっと、よろこぶにちがいありません。ああ、そう思うと、こわいようでもあるし、うれしいようでもありました。

やがて、ふたりは、はしご段の上に来ました。小さいランプが、たなの上にともっていました。床のまんなかに、いいなずけのカラスが立っていて、頭をあっちこっちへ動かして、ゲルダをながめました。そこで、ゲルダは、おばあさんから教わっていたように、ていねいにおじぎをしました。

「小さなお嬢さん、あなたのことは、わたしのいいなずけが、とってもほめておりましたわ」と、御殿のカラスが言いました。
「あなたの履歴とか申しますものは、ずいぶん悲しいんですのね。――それでは、そのランプを持ってくださいませね。あたしがさきに立って、ご案内しますから。ここからまっすぐ、まいりましょう。もう、だれにも会いませんわ」

「あたしのすぐあとから、なにかが、来るような気がするわ」と、ゲルダは言いました。
ほんとに、そのとおりです。なにかが、サッと音を立てて、ゲルダのそばを通りすぎました。それは、影が、かべにうつっていくようでした。たてがみを風になびかせ、やせこけた足をした馬、かりゅうどたちのむれ、馬に乗った紳士に、貴婦人、そういったものの、影でした。

「あれは、ただの夢なんですよ!」と、カラスが言いました。
「みんなは、ああして、ご主人の考えを狩りに連れていこうと、むかえにきたんですよ。でも、かえって、つごうがいいですわ。そのほうが、寝ているところを、ずっとよくごらんになれますもの。ですけど、あなたがいまにえらくおなりになったら、あたしたちにお礼をくださるのを、お忘れにならないでね!」

「そんなことは、言うものじゃないよ」と、森のカラスが言いました。
みんなは、さいしょの広間にはいりました。広間のかべには、きれいな花もようのついている、バラ色のしゅすが、はってありました。ここでも、夢は、みんなのそばを、音をたてて通りすぎていきました。ところが、あまりに速く飛んでいってしまったものですから、ゲルダの目にはご主人の姿は見えませんでした。
広間は、通り抜けるにつれて、だんだん立派になっていきました。
本当に、ただただ、あきれてしまうばかりです。
いよいよ、みんなは寝室へやってきました。
天井は、まるで大きなシュロの木が、ガラスでできた葉を――それも上等のガラスでできた葉を――大きく広げているようでした。
床の真ん中にある、茎のような太い金の柱には、ユリの花かと思われるベッドが二つ、吊るしてありました。
一つは真っ白で、その中に王女が眠っていました。
もう一つは真っ赤でした。
その中には、ゲルダの探しているカイが眠っているはずです。
ゲルダが、赤い花びらの一つをそっと脇へどけると、日に焼けた首筋が見えました。
――ああ、それはカイです!――ゲルダは、大声でカイの名を呼びながら、ランプを差し出しました。
――またもや、夢が馬に乗って、音を立てながらこの部屋に戻ってきました。
――その人は目を覚まして、顔をゲルダのほうへ向けました。
と、―― ――それは、カイではありません。
王子は、首筋のところだけがカイに似ていたのでした。
見れば、若くてきれいな人です。
そのとき、白いユリの花のベッドから王女が顔を出して、そこにいるのは誰、と尋ねました。

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