初級翻訳・旅なかま 第2話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

ヨハンネスが軽く頭を下げてさようならの挨拶をすると、妖精は赤い帽子を振ったり、胸に手を当てたりしながら、何度も何度も手にキスをして遠くへ飛ばす「投げキッス」をして見せました。
それは「ヨハンネスにたくさんの幸せが訪れますように、そして何より楽しい旅が続きますように」と心から祈ってくれている、温かいお見送りでした。

ヨハンネスは「これから、大きくてにぎやかな世界へ飛び出したら、どんなにたくさんの面白いことに出会えるだろう!」と、ワクワク胸を躍らせました。
そして自分の足にまかせて、これまで一度も来たことがないほど遠くの場所を目指し、ずんずんと歩いていきました。

通り過ぎていく場所の名前も知りません。
すれ違う人たちの顔も、誰も知りません。
本当に、見たこともない遠くの土地までやって来たのです。

旅の最初の夜は、野原に積まれた枯れ草の上で眠るしかありませんでした。
他にベッドになるような場所はどこにもなかったのです。
けれども、そこはとっても寝心地が良く、「王様だって、これほど素晴らしい寝床で休むことはできないぞ!」と思えるほどでした。

広い野原の中に小川がチョロチョロと流れ、ふわふわの枯れ草の山があり、頭の上には青空が広がっています。なるほど、最高に立派な寝室です。
赤い花や白い花がぽつぽつと咲く緑の草むらは、まるでふかふかのじゅうたんでした。
ニワトコの草むらや野バラの垣根は、お部屋を彩る素敵なお花たばです。
洗面所の代わりには、小川が水晶のように澄みきったきれいな水を流してくれましたし、川べりのアシの葉はコックリとお辞儀をしながら「おやすみ」「おはよう」とご挨拶をしてくれました。
お月様は、高い青空の天井で、とっても大きなランプをカッと明るく灯してくれました。でも、この火が部屋のカーテンに燃え移る心配なんてありません。
これなら、ヨハンネスも心から安心して眠ることができます。

ぐっすり眠って、パッと目を覚ますと、お日様はもうとうに高く昇り、小鳥たちが周りで声をそろえて歌っていました。
「おはよう! おはよう! まだ起きないの?」

遠くのお寺からは、カ〜ン、カ〜ンと鐘の音が聞こえてきます。
ちょうど、その日は日曜日でした。
近所の人たちが、お話を聞くために、ぞろぞろと集まって歩いていきます。
ヨハンネスもその人たちの後ろについていき、一緒に賛美歌を歌う仲間に入って、神様のお言葉に耳を傾けました。

歌っているうちに、ヨハンネスは、自分が子供のころ洗礼を受けたり、お父さんに連れられて一緒に賛美歌を歌ったりした、あの懐かしい自分のお寺に来ているような温かい気持ちになりました。

お寺の外にある墓地には、たくさんの古いお墓が並んでいて、中には背の高い草の中に埋もれてしまっているものもありました。それを見たヨハンネスは、「もしぼくが草むしりをして、お花を飾ってあげなかったら、お父さんのお墓もいつかこんなふうに荒れてしまうんだろうな」と思いました。

そこで、ヨハンネスはその場にぺたりと座り込むと、伸び放題の雑草を抜いてあげたり、傾いていた十字架をまっすぐに直してあげたり、風で吹き飛ばされていたお花輪を拾って元のお墓に戻してあげたりしました。

そうやってお世話をしながら、ヨハンネスはこう考えました。
「きっと、お父さんのお墓にも、ぼくの代わりに誰かが同じように優しくしてくれているよね」

お寺の門の外には、一人の年老いたおじいさんが貧しい姿で立っていて、よぼよぼと松葉杖に寄りかかっていました。
ヨハンネスは、持っていたシリング銀貨をすべてそのおじいさんにあげました。
すると、胸のすくような明るい気持ちになり、すっかり元気を取り戻して、再び広い世界を目指して歩き出しました。

夕方になると、とても嫌なお天気になってきました。
どこか泊まれる場所を探そうと急ぎましたが、あたりはすっかり夜になってしまいました。
けれども、どうにかこうにか、小さな丘の上にぽつんと立っている小さな教会(お寺)へたどり着くことができました。
運が良いことに表の扉が開いていたので、ヨハンネスはそっと中へ入りました。
そして、嵐が過ぎ去るまでここで過ごさせてもらうことにしました。

「どこか部屋のすみっこで、休ませてもらおうっと」とヨハンネスはつぶやきながら、奥へ進んでいきました。
「なにしろ、すごく疲れているんだ。少し身体を休めないと持たないよ」

そう言って、ヨハンネスはその場にドスンと座り込み、両手をキュッと合わせて、夜のお祈りを捧げました。
そうしているうちに、いつの間にかぐっすり眠り込んでしまい、楽しい夢を見始めました。

ヨハンネスが眠っている間にも、外では雷がゴロゴロと鳴り響き、ピカピカと稲妻が走っていました。
やがて目が覚めると、もうすっかり真夜中になっていて、嵐はとうに止んでいました。そして大きな窓からは、明るい月光がカッと差し込み、ヨハンネスの寝ている場所を照らし出していました。

ふと部屋の真ん中に目をやると、亡くなった人を納める棺(ひつぎ)が、蓋を開けたままぽつんと置かれていました。
まだお葬式が終わっていなかったのです。

ヨハンネスはとても素直で正しい心を持った男の子でしたから、亡くなった人のことをちっとも怖いとは思いませんでした。
それに、亡くなった人が悪いことをするはずなんてない、ということもよく分かっていたからです。
本当に悪いことをするのは、生きている悪い人間たちなのです。

するとちょうどその時、まさにそういう「生きている悪い人間」の仲間がふたり、亡くなった人のすぐ横にやって来て立ちました。
この亡くなった人は、まだお墓に埋めてもらう準備が終わっていなかったので、教会に預けられていたのでした。
ところがその二人は、亡くなった人を静かに棺の中で休ませてあげるどころか、教会の外へぽいっと投げ捨ててしまおうという、ひどい悪だくみをしにやって来たのです。

亡くなった人が、本当にかわいそうでなりません。

「どうしてそんなひどいことをするんですか!」と、ヨハンネスは思わず声をあげました。
「そんなのおかしいよ、悪いことだ! イエス様のお名前にかけてお願いです、どうか静かに寝かせてあげてください!」

「ちぇっ、余計なお世話だ!」と、二人組の男たちは恐ろしい顔でヨハンネスをにらみつけました。
「こいつは俺たちをカンタンにごまかしたんだよ! 俺たちから金を借りたまま返しもしないで、あげくに死にやがったんだ。おかげで一銭も戻ってこねえんだよ。だから復讐してやるのさ。教会の外へ、野良犬みたいに放り投げてやるんだ!」

「ぼく、五十ターレルのお金を持っています!」と、ヨハンネスは言いました。
「これがぼくの持っている全財産ですけれど、全部おじさんたちにあげます! その代わり、決してそのかわいそうな亡くなった人を乱暴に扱わないって、約束してください。なに、お金なんて無くたって平気です。ぼくの手足は丈夫で力強いし、それにいつも神様が守ってくださっていると思いますから!」

「ほう、そうかい」と、その意地悪な男たちは言いました。
「おまえが本当にその金を払うんなら、俺たちだって手出しはしねえよ。

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