初級翻訳・いいなずけ 第1話

いいなずけ

こまが、ほかのおもちゃたちと一緒に、同じ引き出しの中に入っていました。
あるとき、こまが、まりに話しかけました。
「ねえ、こうして同じ引き出しにいるんだから、ぼくのいいなずけになってくれない?」
けれども、まりはモロッコ革の着物を着ていて、自分ではとても上品なお嬢さんのつもりだったので、そんな申し出には返事もしませんでした。
その次の日、おもちゃの持ち主の小さな男の子がやってきました。
男の子は、こまに赤や黄色の色を塗りつけて、その真ん中に、真鍮の釘を一本打ち込みました。
こまがブンブンと回りだすと、それはもう、本当にきれいに見えました。
「ぼくを見てよ」と、こまはまりに言いました。
「ねえ、今度はどう? いいなずけになってくれないかな? ぼくたち、すごくお似合いだよ。
きみが跳ねて、ぼくが踊る。
きっと、ぼくたち二人なら、だれよりも幸せになれるはずだよ」
「まあ、そうかしら」と、まりが言いました。
「でもね、よく考えてみて。
あたしのお父さんとお母さんは、モロッコ革のスリッパだったのよ。
それに、あたしの体の中にはコルクが詰まっているのよ」
「そんなこと関係ないさ。ぼくだって、立派なマホガニーの木でできているんだ」と、こまは言いました。
「それに、市長さんがろくろ台を持っていたから、わざわざぼくを作ってくれたんだよ。とってもご機嫌でね」
「そう……でも、ほんとうなの?」と、まりが聞きました。
「もしこれが嘘だったら、ぼくはもう、二度とひもで打ってもらえなくたってかまわないよ」と、こまは答えました。
「あなた、ずいぶんとお口が上手なのね」と、まりは言いました。
「でも、だめなの。
あたし、ツバメさんと半分婚約したようなものだもの。
だって、あたしが高く跳ね上がるたびに、ツバメさんが巣の中から頭を出して、『どうなの? どうなの?』って聞いてくるのよ。
それで、あたし、心の中で『ええ、いいわ』って言ってしまったの。
だから、半分婚約しているようなものでしょ。
でも、あなたのことは絶対に忘れないわ。
約束するわよ」
「うん、それだけでもいいよ」と、こまは言いました。
こうして、ふたりの会話はそれきり終わってしまいました。
あくる日、まりは外へ連れていかれました。
こまが見ていると、まりは鳥のように空高く跳ね上がりました。
しまいには見えないくらい高く跳ね上がりましたが、それでもそのたびにちゃんと戻ってきました。
そして、地面に触れたかと思うと、すぐまた高く飛び上がるのでした。
そんなに高く跳ね上がったのは、まり自身がそうしたいと憧れていたからかもしれませんし、あるいは体の中にコルクが入っていたからかもしれません。
けれども、九回目に飛び上がったとき、まりはどこかへ行ってしまい、それきり戻ってきませんでした。
男の子は一生懸命探しましたが、どうしても見つかりませんでした。
「あのまりちゃんがどこに行ったか、ぼくはちゃあんと知っているよ」と、こまはため息をついて言いました。
「ツバメくんの巣の中にいるのさ。ツバメくんと結婚してね」
こまは、そう思えば思うほど、ますますまりに心をひかれていきました。
まりをお嫁さんにもらうことができなかっただけに、いっそう恋しさが募ったのです。
まりがほかの人と結婚したことなんて、そんなことは何の関係もありません。
こまは相変わらずブンブンとうなりながら、踊り回りました。
そのあいだも、心の中で考えているのは、いつもまりのことばかりでした。
こまの頭の中に浮かんでくるまりの姿は、ときが経つにつれて、ますます美しいものになっていきました。
こうして、何年も経ちました。
――ですから、今ではもう、ふるい、ふるい、恋の物語になってしまったわけです。
そして、こまも、もう若くはありません。
――ある日のこと、こまは体じゅうに金を塗ってもらいました。
こんなにきれいになったことは、今まで一度もありません。今では金色のこまになったのです。
こまはビューン、ビューンとうなっては、跳ね上がりました。
そのありさまは、本当にすばらしいものでした。
ところが、突然、あんまり高く跳ね上がったものですから、それきりどこかへ行ってしまいました。
みんなは探して、探して、探し回りました。
地下室まで降りていって探しましたが、どうしても見つかりません。
一体どこへ行ってしまったのでしょう?
こまは、ごみ箱の中に飛び込んでいたのです。
そこにはいろんなものがありました。キャベツの芯だの、ごみだの、雨どいから落ちてきた砂利だのが。
「こいつはまた、すてきなところだ。「ここじゃ、ぼくの体に塗ってある金も、すぐに剥げちまうな。
だけどまあ、なんて汚らしいやつらのところへ来ちまったんだ!」
こまは、こう言いながら、葉をむきとられた細長いキャベツの芯と、まるで腐ったリンゴのように丸くて変てこな物のほうを、横目でチラリと見ました。
ところが、それはリンゴではありませんでした。
それこそが、年をとってすっかり姿かたちが変わってしまった、あのまりの成れの果てだったのです。
まりは長いあいだ雨どいの中に転がっていたものだから、体の中に水がしみこんで、パンパンにふくれあがっていたのでした。
「あら、うれしいわ。お話し相手になってくれる仲間がきてくれたのね」
まりはそう言って、ピカピカの金を塗ったこまをじっと見つめました。
「あたし、ほんとうは若いお嬢さんに遊んでもらっていて、素敵なモロッコ革の着物を着ていたのよ。体の中にはコルクも詰まっているの。でも、誰にもそんなふうには見えないでしょうねえ。あたし、もう少しでツバメさんと結婚するところだったのだけど、あいにく雨どいの中に落ちてしまって、そこに五年もいたのよ。それで、こんなに水でふくれあがってしまったんですわ。若い娘にとって、五年っていうのはずいぶん長い年月でしたわ!」
けれども、こまは何も言いませんでした。
心の中では、ずっと昔の恋人のことを思い浮かべていました。
でも、まりの話を聞いているうちに、これがまさにあのときのまりであるということが、だんだんとはっきりしてきました。
そのとき、女中さんがやってきて、ごみ箱をひっくり返しました。
そして、「あら、こんなところに金のこまがあるわ」と言いました。
こうして、こまはまたお部屋の中にもどって、名誉をとりもどしたのです。
けれども、まりのほうがその後どうなったのかは、誰にもわかりません。
こまも、昔の恋のことについては、それきり何も言いませんでした。
どんなに好きだった相手でも、五年ものあいだ雨どいの中にいて、水ですっかりふくれあがってしまっては、恋も何もおしまいです。
おまけに、ごみ箱の中で再会したのでは、いくら昔の恋人だとしても、気づくはずなんてありませんよね。

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