初級翻訳・年とったカシワの木のさいごの夢 第2話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

カシワの木は、生き生きとした緑のこずえを力強く伸ばしました。
お日さまの光が、葉と枝のあいだにちらちらとたわむれています。
空気は、草や藪のにおいでいっぱいです。
色とりどりのチョウが、おにごっこをして遊んでいます。
カゲロウはダンスをしています。
まるでなにもかもが、ただダンスをして楽しむために生きているようでした。

長い長い年月のあいだには、この木にはさまざまなことが起こりました。
いろいろなことも見てきました。
そうしたことが、まるで祭りの行列のように、つぎからつぎへと目のまえを通りすぎていきました。
昔の騎士と貴婦人たちが馬に乗って、森を通っていきます。
帽子には羽飾りをつけ、手にはタカを止まらせています。
狩りの角笛が響きわたり、イヌがワンワンほえたてました。
今度は、敵の兵士たちがあらわれました。
きらびやかな服装をして、ぴかぴかの武器を持っています。
槍だの、矛槍だのを手に手に持っているのです。
兵士たちはテントを張ったり、片づけたりしました。
かがり火もどんどん焚きました。
カシワの木のひろがった枝の下で、歌をうたい、それから眠りました。
今度は、恋人たちが月の光を浴びて、静かな幸福につつまれて出会っています。
ふたりは、自分たちの名前の最初の文字を、緑がかった灰色の幹に彫りつけました。
それから、だいぶ経ちました。
あるとき、旅をして歩く陽気な職人たちが、琴や竪琴をこの木の枝にかけたことがありました。
それは、いまもまだそのままかかっていて、美しい音を響かせています。
野バトは、まるでこの木が心に感じていることを話そうとでもするように、クークー鳴きました。
カッコウは、この木がこれから先、まだまだたくさんの夏の日を過ごさなければならないことをうたいました。
そのとき、カシワの木は、新しい命がからだじゅうを流れるような気がしました。一番下の、一番細い根っこから、一番高い枝の先、そして葉っぱの端っこまで、何かが流れ込んでくるのを感じました。
それと同時に、自分の体がぐんぐんと伸びていくような気がしたのです。
根っこの先では、土の中にも命と温かみがあることをはっきりと感じ取れました。
自分の中に、力がみなぎってくるのも分かりました。
カシワの木は、どんどん大きくなっていきました。
幹はまっすぐに伸び、どこまでも、どこまでも高くなっていきます。
枝先はますます茂って、どんどん広がり、しかもぐんぐん空へと高まっていきました。

木が大きくなるにつれて、幸せな気持ちもどんどん膨らんでいきます。
このままもっと大きくなって、最後には光り輝く温かなお日さまのところまで届きたい――そんな楽しい願いさえ湧いてきました。
ついにカシワの木は、雲の上よりも高くそびえ立ちました。
雲はまるで、黒い渡り鳥の群れか、真っ白なハクチョウの群れのように、足元を流れていきます。
カシワの木の葉っぱは、まるで一枚一枚に目があるかのように、どんなものでも見渡すことができました。
お星さまは昼間だというのに、はっきりと見えました。
とっても大きく、キラキラと光り輝いています。
その星の一つ一つが、まるで優しくて澄み切った瞳のように瞬いているのです。
それを見ていると、カシワの木はふと、昔見たことのある優しい目を思い出しました。
子供たちの目や、木の下で出会った恋人たちの目です。
本当に楽しくて、幸福に満ちあふれた瞬間でした。

でも、そんな喜びを感じながらも、カシワの木はこう願いました。
「足元に見える森の木々や、藪や、草や花たちが、みんなわしと同じように大きくなって、この素晴らしい輝きを一緒に楽しめたらいいのになあ」と。
どんなに素敵な夢を見ていても、この立派なカシワの木は、自分一人だけでは本当の幸せを感じきれなかったのです。
カシワの木は、周りの小さなものから大きなものまで、みんなが自分と同じように喜びを感じないうちは満足できませんでした。
そんな心からの願いを込めて、カシワの木は枝や葉をぶるぶるっと震わせました。
まるで人間が、胸をときめかせて震わせる時のように。
カシワの木の梢は、何か足りないものを探すように、しきりに身を動かしました。

すると、後ろからクルマバソウのいい香りがぷーんと漂ってきました。
続いて、スイカズラやスミレの香りが、それよりももっと強く匂ってきます。
カッコウは、まるでカシワの木の気持ちに応えるように鳴いています。
おや、森の緑の頂上が、いつのまにか雲の上まで顔を出してきました。
見ると、下のほうから他の木々も、自分と同じようにぐんぐん大きく伸びてきています。
藪も草も、高く高く背伸びをしてきました。
中には、大急ぎで伸びようとするあまり、土から根っこごと抜けてしまったものさえいます。
その中でも一番早く大きくなってきたのはシラカバでした。
シラカバは、ほっそりとした幹を白い稲妻のようにピチピチと伸ばしてきました。
枝はまるで緑色の旗のように波打って広がります。
こうして、森全体が大きくなっていきました。
茶色い産毛の生えたアシまでも、一緒に伸びてきます。
小鳥たちも、その後を追うように歌を歌いました。
草の茎は、長い緑色の絹のリボンのように揺れています。
その茎の上ではバッタが座り、羽でスネの骨を叩いて音楽を奏でていました。
コガネムシやミツバチはブンブン唸り、小鳥という小鳥は歌を歌い上げます。
なにもかもが、歌と喜びに満ちあふれました。
それは、天まで届くのではないかと思えるほどでした。

「しかし、あの水辺にいる小さな青い花も、一緒に大きくなってこなければいかんな」と、カシワの木は言いました。
「それに、あの赤いフウリンソウや、小さなヒナギクもだ」
実際、カシワの木は、なにもかもが自分と一緒に大きくなってほしいと願っていたのです。
「わたしたちは一緒よ。わたしたちは一緒よ」という歌声が、そのとき聞こえてきました。
「それにしても、去年の夏の美しいクルマバソウはどうしたろう。……そうそう、その前の年には、ここはスズランが花盛りだった。……それから、野生のリンゴの木も、本当にきれいな花を咲かせていたっけ」「――ああ、何年も何年ものあいだ、この森を美しく飾ってくれたものたちが、みんな今まで生きていてくれたら、ここに、今、一緒にいられるだろうになあ!」

「わたしたちは、一緒よ。わたしたちは、一緒よ」という歌声が、今度はさっきよりもずっと高いところから聞こえてきました。いつのまにか、そんな高いところまで飛んできてしまったようです。

「いや、これは、とても信じられないほどの美しさだ!」と、年とったカシワの木は喜びの声を上げました。

「わしは、なにもかも持っているのだ。小さいものも、大きいものも。忘れたものなど一つもない。世の中に、これほどの幸福があるだろうか、考えられるだろうか」

「神さまの天国にはありますよ。考えられますよ」という声が響いてきました。

カシワの木は、なおもずんずんと大きくなっていきました。ついに、地べたから根っこが離れました。

「これ以上うれしいことはないぞ」と、カシワの木は言いました。「もう、わしを縛りつけるものは何もない。

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