初級翻訳・人魚のひいさま 第6話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

今夜は、お城で舞踏会を開きましょう!
」
 さて、この舞踏会が、たしかに、地上の世界では絶対に見られないほどの豪華なものでした。
大きな踊り部屋の壁と天井とは、ぶ厚いけれど、よく透き通ったガラスでびっしりと張りめぐらされていました。
ばら色や草みどり色をした大きな貝がらが、何百と数えきれないほど四方の壁にずらりと飾られていて、その一つひとつに、青い炎がともっていました。
それが広間をくまなく照らし出しただけでなく、壁の外へとあふれ出る光が、周囲の海をすっかり明るくしました。
ですから、大きいものも小さいものも、それこそ数えきれないほどのおさかなたちが、ガラスの壁に向かって楽しそうに泳いできて、手を伸ばせば届きそうなほど間近に見えました。
うろこを紫紅色の光らせてやってくるものもありました。
銀色や金色にまばゆく輝いてやってくるものもありました。
――ちょうど、広間のまん中のところを、ひとすじの大きくゆるやかな海の流れが通り抜けていて、その流れの上で、男の人魚たちと女の人魚たちが、人魚だけが知っているやさしい歌のメロディに合わせて踊っていました。
こんなにうつくしい歌声が、地上の人間にあったでしょうか。
あのいちばん下の人魚のひいさまは、その中でも、だれもかなわないほど美しく澄んだ声で歌いました。
みんないちどに手をたたいて、その歌を心からほめそやしました。
その瞬間、さすがのひいさまも胸がウキウキと浮き立ちました。
それは、地の上はもちろん、海のなかにもほかにふたりとない美しい声を、自分が持っていることがわかったからでした。
でも、すぐにまた、上の世界のことを考えてしまういつものくせに引きこまれていきました。
あの美しい王子のことを忘れることはできませんし、あの人と同じように、死なないたましいを持っていないということが心を苦しめました。
そこで、ひいさまはこっそりと、おとうさまの御殿を抜け出しました。
そうしてみんなが広間で歌い、陽気に騒いでいるすきに、自分ひとりだけ、いつもの小さな花壇の中にしょんぼりとうずくまっていました。
そのとき、ひとこえの角笛の響きが、海の水をはるばるわたって聞こえてきました。
その音を聞きながら、ひいさまは心の中で思いました。
「まあ、いまごろ、あの方きっと、帆船を走らせていらっしゃるのね。
本当は、おとうさまよりもおかあさまよりももっと好きな、四六時中あたしの心からはなれないあの方が、そのお手にあたしの一生の幸福をささげたいと願っていらっしゃるあの方が、今あそこにいらっしゃるのね。
あたし、どうにかして、死なないたましいが手に入るものなら、どんなことだってしてみせるわ。
そうだわ、おねえさたちが御殿でおどっていらっしゃる間に、あたし、海の魔女のところへ行ってみよう。
いつもはすごく怖いところだけれど、でもきっと、あの女の人なら良き相談相手になって、いい知恵をかしてくれるはずよ。」
 そこで、人魚のひいさまは花園を出て、ぶつぶつと泡立つうず巻の流れの方へ向かって急ぎました。
このうず巻のむこうに、魔女の住まいがあったのです。
こんな道をとおるのは、生まれて初めてのことでした。
まわりには花も咲いておらず、藻草も生えていません。
ただむき出しの灰色をした砂地が、うず巻の流れのところまでずっと続いていて、その流れはものすごいうなりを立てて、水車の車輪のようにくるりくるりと恐ろしく回っていたのです。そうして、このうず巻の中に入ってくるものは、どんなものでも捕まえて、粉々に砕き、深い淵へと引きずり込みました。
この激しい渦巻の流れの、しかも真ん中を通り抜けて行くほかに、海の魔女の領分に入る道はありません。それも、長いあいだぶつぶつと煮え立ち、泡立っている泥沼を渡っていくよりほかに道はないのです。
この沼を、魔女は「自分のすくも田」という名で呼んでいました。
ここを行きついたその奥には、気味の悪い森がうっそうと茂っており、その中に魔女の住まいがありました。
その森の中の木立もやぶも、半分は動物で半分は植物という「さんご虫」の仲間で、それはいわば、百の頭を持ったヘビが、地の中からニョロニョロとわき出ているようなものでした。
その一本一本の枝が、長くてねばねばした腕になっており、くねくねとしたサナダ虫のような指が生えていました。
そして下の根元から枝のずっと先まで、関節が自由に動くのです。
ですから、海の中で手に触れるものは何でも掴み、しっかりとそれに絡みついて決して離そうとはしませんでした。
人魚のひいさまは、すっかりおびえてその場に立ちすくみました。
もう恐ろしくて心臓がドキドキと波を打ち、何度もそこから引き返そうと思いました。
でもまた、王子のことや、人間の魂のことを思うと、勇気がわいてきたのです。
ひいさまはそこでまず、じゃまにまとわりつく長い髪の毛をしっかりと頭にきつく巻きつけ、さんご虫につかまれないようにしました。
それから、両手を胸の上で重ね合わせ、おさかなが水の中をビューッと突き抜けるように、あのいやらしいさんご虫どもが、くねくねした指や腕を伸ばそうとしている中をまっすぐに突き抜けていったのです。
まあ、このいやな虫は、見るとその一つひとつが、捕まえたものをまるで強い鉄の帯で締めつけるかのように、数百もある小さな腕でギリギリとつかんでいました。
海で溺れてこの深い底まで沈んできた人間が、白骨となってさんご虫の腕の間にチラチラと見えています。
船のオールをしまう箱のようなものまで、さんご虫はしっかりと捕らえていました。
陸の動物のガイコツもありましたが、人魚の娘がひとり、捕まって締め殺されているのが、その中でもとりわけ恐ろしいことに思われました。
やがて、ひいさまは森の中の広場の、ヌルヌルと滑る沼のような場所へとやって来ました。
そこでは、脂ぶとりに太った水へびが、くねくねと嫌らしい白茶けた腹を見せていました。
この沼の真ん中に、難船した人たちの白骨でできた家がありました。
その家の中に海の魔女が座っていて、一匹のヒキガエルに、口移しで食べ物をやっているところでした。その様子は、人間がカナリヤのヒナにお砂糖をついばませているのに似ていました。
あの嫌らしくて肥え太った水へびを、魔女は「うちのひよっ子」と名づけて、自分のぶよぶよした大きな胸の上で勝手気ままにのたうち回らせていました。
「用事はわかっているよ」と、海の魔女は言いました。
「ばかなことを考えているねえ。
だが、まあ、自分のしたいようにするほかはあるまい。そのかわり、お上品なおひいさん、その男のためにはさぞつらい目を見ることだろうよ。
おまえさん、そのおさかなのしっぽなんかどけて、かわりに二本のつっかい棒をくっつけて、人間のような恰好で歩きたいのだろう。
それで若い王子を釣って、ついでに死なないたましいまで手に入れようってわけかい」
こう言って、魔女はひっくり返ったような大きな声を立てて、うす気味悪く笑いました。
そのひびきに驚いて、カエルもヘビも、ころころと転げ落ちてはのたうち回っていました。
「おまえさん、ちょうどいいときにおいでなさったよ」と、魔女は言いました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました