「あしたの朝、日が昇ってしまうと、もうそのあとでは、また一年が巡ってくるまでどうにもしてあげられないところだったんだ。
では、くすりを調合してあげるから、それを持って日の出る前に陸のほうまで泳いでいき、岸に上がってそれを飲むのだよ。
そうすれば、おまえさんのそのしっぽは消えてなくなって、人間が『かわいい足』と名づけているものに縮まるのさ。
だがね、ずいぶん痛むだろうよ。
それはちょうど、するどい剣を体中に突っ込まれるようなものだろうからねえ。
さて、出会う者はだれだって、おまえさんのことを『こんなきれいな人間の娘を見たことがない』と言うだろうよ。
おまえさんが浮くように軽やかに足を運ぶところは、人間の踊り子にだって真似できまいよ。
ただ、ひと足進むごとに、おまえさん、するどい刃物を踏んでいるようで、いまにも血が流れるかと思うほどだろうよ。
それでもみんな我慢するつもりがあるなら、相談に乗ってあげよう」
「ええ、やりますわ」と、人魚のひいさまは、声をふるわせながら言いました。そうして、王子のことと、それから、死なないたましいのことを、しっかりと心に思い描いていました。
「でも、よーく覚えておきなごらん」
と、魔女は言いました。
「おまえさんは、いったん人間のかたちになってしまったら、もう二度と人魚に戻ることはできないんだよ。
海のなかをくぐって、きょうだいたちのところへも、お父さまの御殿へも帰ることはできない。
それから、王子の愛情にしても――たとえ王子が、おまえさんのために、お父さまのこともお母さまのことも忘れて、あけてもくれてもおまえさんのことばかりを考えて、『もうこうなったら、お坊さんに頼んで、王子とおまえさんの二人の手をつないで、晴れて夫婦とよばせるほかない』というところまでいかなければ――やっぱり、死なないたましいはおまえさんのものにはならないんだよ。
それがもし万が一、王子がほかの女と結婚するようなことになったら、その次の日の朝、おまえさんの心臓は破れて、おまえさんは泡になって海の上に浮かぶことになるのさ」
「かまいません」
と、人魚のひいさまは言いました。
けれど、その顔は死人のように真っ青でした。
「それにしてもだよ、おまえさん、代金もしっかりもらわなきゃならないねえ」
と、魔女は言いました。
「どうして、わたしが望むお礼は、タダみたいな安いものじゃないよ。
おまえさんは、この海の底で、だれひとり並ぶもののない美しい声を持っておいでだね。
その声できっと、王子を夢中にさせようと思っているのだろう。
ところが、その声をわたしにほしいんだよ。
おまえさんの持っているいちばん大事なものを、わたしの大切な秘薬と引き換えにしようというわけさ。
なにしろその薬には、わたしだって自分の血を混ぜなくてはならないんだからね。
だからこそ、薬にも、もろ刃の剣のような鋭い効き目が現れるというものさ」
「でも、あたし、声を失ってしまったら、」
と、ひいさまは言いました。
「あとになにが残るというのでしょう」
「なに、まだその美しい姿があるじゃないか」
と、魔女は言いました。
「それから、その軽くて浮かぶような歩きぶり、それから、物を言う目があるさ。
それだけでもって、十分に人間の心を惑わすことはできようというものだ。
どうだい、怖気づいたのかい?
さあ、その舌を出しておしまい。それを代金として支払ってもらうよ。
そのかわり、よく効く薬を差し上げるからね」
「ええ、そうしてください」
と、人魚のひいさまは言いました。
そこで、魔女はお鍋を火にかけて、魔法の飲み薬を煮はじめました。
「きれいにするのは、いいことさ」
と魔女は言って、蛇をくるくると結びこぶに丸め、それでお鍋をごしごしと磨きました。
それから自分の胸を引っかいて黒い血を出し、その中へポタリと垂らし込みました。
その湯気が、なんとも言えない不思議で気味の悪い形をして、むくむくと立ち上り、身の毛もよだつほどでした。
魔女は次から次へと、いろんなものを手当たり次第にお鍋の中へ投げ込んでいきました。
やがて、ボコボコと激しく煮え立ってくると、それがまるで、ワニの泣き声に似た音を立てました。
ついに、飲み薬が煮上がりましたが、それはまるで、すっきりと澄み切った水のように見えました。
(※ワニは子どもの泣き声に似た声を出して獲物を誘き寄せるという西洋中世の言い伝えがある)
「さあ、できましたよ」
と、魔女は言いました。
そうして、飲み薬を渡すと、その代わりにひいさまの舌をチョキリと切り取りました。
これでひいさまは、もう物も言えず、歌もうたえない、口がきけない身体になってしまったのです。
「もし万が一、帰り道に森の中を通って、さんご虫どもにつかまりそうになったらね」
と、魔女は言いました。
「この薬をたった一滴でいいから、あいつらにたらしてやりおきな。そうすれば、腕も指もバラバラになって吹き飛んでしまうからね」
けれど、人魚のひいさまは、そんなことをする必要すらありませんでした。
さんご虫は、ひいさまの手の中で、星のようにキラキラと光り輝く飲み薬を見ただけで、すっかり恐れをなして引っ込んだのです。
こうして、苦もなく森も抜け、すくも田も通り過ぎ、恐ろしい渦巻の流れもくぐり抜けて帰ってきました。
やがて、お父さまの御殿が見えてきました。
大きな舞踏の間も、もうあかりが消えていました。
きっとみんな、もう寝静まったのでしょう。
けれど、ひいさまは今やもう声が出せませんし、このまま永遠の長いお別れをしようというところでしたから、お姉さまたちを探しに中へ入っていこうとはしませんでした。
もう、せつなくて、胸がはりさけるようでした。そっと、ひそかに花園へはいって、おねえさたちそれぞれの花壇から、めいめいに、ひとつずつ花をつみとって、御殿のほうへ、ゆびさきで、もうなんべんとしたかしれないほど、おわかれのキッスをなげたのち、くらいあい色の海をぬけて、上へ上がっていきました。
ひいさまが、王子のお城をみつけて、そこの立派な階段を上がっていったとき、お日さまはまだのぼっていませんでした。
お月さまだけが、ひかりを美しくさえていました。
人魚のひいさまは、やきつくように、つんとつよいくすりをのみました。
すると、きゃしゃなふしぶしに、するどいもろ刃のつるぎを、きりきり突きとおされたように感じて、そのまま気がとおくなり、死んだようになってたおれました。
やがて、お日さまの光が、海の上にかがやきだしたとき、ひいさまは目がさめました。
とたんに、切りさかれるような激しい痛みをかんじました。
けれど、もうそのとき、すぐ目のまえには、うつくしいわかい王子が立っていました。
王子は、うるしのような黒い目でじっとひいさまを見つめていました。
はっとして、ひいさまは目を伏せました。
すると、あのお魚のしっぽは、きれいになくなっていて、わかいむすめだけしかないような、それはそれはかわいらしい、まっ白な二本の足とかわっているのが、目にはいりました。
でも、まるっきり、からだをおうものが何もないので、ひいさまは、ふっさりとこくながい髪の毛で、それをかくしました。
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