初級翻訳・野のはくちょう 第5話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

なるほど、エリーザがじっと見つめているうちに、山もお林もお城もぜんぶくずれてしまって、そのかわりに、こんどはどれもおなじようなりっぱなお寺が、二十も高い塔やとがった窓をならべて現れました。
なんだかそこからオルガンがひびいてくるような気がしましたが、でもそれは海鳴りの音をききちがえたものでした。
やがてお寺のすぐそばまでいきますと、みるみるそれは艦隊になって、海をわたっていきました。
でもよくながめると、それもただ海の上を霧がはっているだけだったのでした。
そんなふうに、しじゅう目のまえにかわっていくまぼろしを見ながらとんでいくうちに、とうとう目ざすほんものの国をみつけました。
そこには、うつくしい青い山がそびえて、すぎ林が茂り、町もあり、お城もありました。
お日さまがまだ高いうちに、みんなは大きなほら穴のまえの岩のうえにおりました。
そこにはやわらかなみどり色のつる草が、まるで縫いとりした壁かけのようにうつくしくからんでいました。
「さあ、ここで、今夜はおまえはどんな夢をみるだろうね」
と、末のおにいさまがいって、いもうとのねべやをみせてくれました。
「どうか、神さまが夢で、どうしたらおにいさまたちをすくって、もとの姿にかえしてあげられるかおしえてくださるといいのですわ――」
と、いもうとはこたえました。
このかんがえが、しっきりなしにエリーザの心にはたらいていました。
それでエリーザは、神さまのお助けを熱心にいのりました。
それは眠っているあいだも、ずっといのりつづけました。そのうち、エリーザはたかく空のうえに舞い上がって、まるでしんきろうの雲のお城までもとんでいったように思いました。
すると、うつくしくかがやくような妖女がひとり、おむかえに出て来ました。
ところでその妖女は、あの森のなかでいちごの実をくれて、金のかんむりをあたまにのせたはくちょうの話をしてくれたおばあさんによくにていました。
「おにいさまたちは、もとの姿にもどれるだろうよ」と、その妖女はいいました。
「でも、おまえさんにそこまでの勇気と辛抱があるかい。ほんとうに、水はおまえのきゃしゃな手よりもやわらかだ。けれどもあのとおり石のかたちを変える。でもそれをするには、おまえさんの指がかんじるような痛みをかんじるわけではない。あれには心がない。おまえさんがこらえなければならないような苦しみをうけることもない。だからおまえさん、そら、あたしが手に持っているイラクサをごらん。こういう草はおまえさんが眠っているほら穴のぐるりにもたくさん生えているのだよ。その草と、お寺の墓地に生えているイラクサだけがいまおまえさんの役に立つのだからね。それは、おまえさんの手をひどく刺して、火ぶくれにするほど痛かろうけれど、がまんして摘みとらなければならないだよ。そのイラクサをおまえさんの足で踏みちぎって、それを麻のかわりにして、それでおまえさんは長いそでのついたくさりかたびらを十一枚編まなければならない。そうしてそれを十一羽のはくちょうに投げかければ、それで魔法はやぶれるのだよ。でもよくおぼえておいでなさい。おまえさんがそのしごとをはじめたときから、それができ上がるまで、それはなん年かかろうとも、そのあいだ、ちっとも口をきいてはならないのですよ。おまえの口から出たはじめてのことばが、もうすぐおにいさまたちの胸を短刀のかわりにさすだろう。あの人たちのいのちは、おまえさんの舌しだいなのだ。それをみんなしっかりと心にとめておぼえておいでなさいよ」
こういって、妖女はエリーザの手をイラクサでさわりました。
それはもえる火のようにあつかったので、エリーザはびくりとして目がさめました。
すると、もう、そとはかんかんあかるいまひるでした。
ねむっていたすぐそばに、夢のなかでみたとおなじようなイラクサが生えていました。
エリーザはひざをついて、神さまにお礼のお祈りをしました。
それからほら穴を出て、しごとにかかりました。
エリーザはきゃしゃな手で、いやらしいイラクサのなかをさぐりました。
草は火のようにあつく、エリーザの腕をも手首をも、やけどするほどひどく刺しました。
けれどもそれでおにいさまたちをすくうことができるなら、よろこんで痛みをこらえようとおもいました。
それからつみ取ったイラクサをはだしでふみちぎって、みどり色の麻をそれから取りました。
お日さまがしずむと、おにいさまたちはかえって来ました。
いもうとがおしになったのをみて、みんなびっくりしました。
これもわるいまま母がかわった魔法をかけたのだろうとおもいました。
でも、いもうとの手をみて、じぶんたちのためにしてくれているのだとわかると、末のおにいさまは泣きました。
このおにいさまの涙のしずくが落ちると、もう痛みがなくなって、手の上のやけどのあとも消えてしまいました。
エリーザは夜もせっせと仕事にかかっていました。
もうおにいさまたちをすくいだすまでは、いっときもおちつけないのです。
そのあくる日も一日、はくちょうたちがよそへとんで行っているあいだ、エリーザはひとりぼっちでのこっていました。
けれどこのごろのように時間の早くたつことはありません。
もうくさりかたびらは一枚でき上がりました。
こんどは二枚目にかかるところです。
そのとき猟のつの笛が山のなかできこえました。
エリーザはおびえてしまいました。
そのうちつの笛の音はずんずん近くなって、猟犬のほえる声もきこえました。
エリーザはおどおどしながら、ほら穴のなかににげこんで、あつめてとっておいたイラクサをひと束にたばねて、その上に腰をかけていました。
まもなく、大きな犬が一ぴき、やぶのなかからとび出して来ました。
それから二ひき、三びきとつづいてとび出して来て、やかましくほえたてました。
いったんかけもどってはまたかけ出して来ました。
そのすぐあとから、猟のしたくをした武士たちが、のこらずほら穴のまえにいならびました。
そのなかでいちばんりっぱなようすをした人が、この国の王さまでした。
王さまはエリーザのほうへつかつかとすすんで来ました。
王さまはうまれてまだ、こんなうつくしいむすめをみたことがなかったのです。
「かわいらしい子だね。どうしてこんなところへ来ているの」と、王さまはおたずねになりました。エリーザは首をふりました。
口をきいてはたいへんです。
おにいさまたちがすくわれなくなって、おまけにいのちをうしなわなければなりません。
そうして、エリーザは両手を前掛の下にかくしました。
痛めている手を王さまにみられまいとしたのです。
「わたしといっしょにおいで。」
と、王さまはいいました。
「おまえはこんなところにいる人ではない。おまえの顔がうつくしいように、心もやさしいむすめだったら、わたしはおまえにびろうどと絹の着物をきせて、金のかんむりをあたまにのせてあげよう。そうして、おまえは世にもりっぱなわたしのお城に住んで、この国の女王になるのだよ。」
こういって、王さまはエリーザを、じぶんの馬のうえにのせました。
エリーザは泣いて両手をもみました。
けれども王さまはこうおっしゃるだけでした。
「わたしは、ただおまえの幸福をのぞんでいるだけだ。

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