初級翻訳・旅なかま 第4話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

見上げると、真っ黒な森が空に向かってそびえ立っていて、まるで一つの町と同じくらい巨大な岩がいくつも並んでいました。
その山に登るのは、一筋縄ではいかない、とんでもなく骨の折れる仕事になりそうでした。
そこで、ヨハンネスと旅の仲間は、ふもとにある宿屋にひと晩泊まって、ゆっくり休んで明日の山登りのパワーをたくわえることにしました。

さて、その宿屋の一階にある大きな酒場には、たくさんの人が集まっていました。
人形劇の一座を率いて旅をしている男の人がやって来て、ちょうどそこに小さな舞台を組み立てたところでした。
みんなは舞台を取り囲んで、劇の幕が上がるのをワクワクしながら待っている最中でした。
ところで、一番前の特等席は、太ったお肉屋のおじさんが一人で独占していましたが、そこはまさに最高の席でもあったのでしょう。
そのうえ、一匹の大きなブルドッグが――まあ、なんとも憎たらしく、今にも噛みついてきそうな顔をしていたことでしょう――飼い主の脇にどっかりと座り込み、まるで人間のように大きな目をギラギラと光らせていたのです。

やがて人形劇が始まりましたが、それは王様と女王様が登場する、とても面白いコメディでした。
二人のお殿様と奥様(両陛下)は、ビロードの豪華な玉座に腰を下ろしていました。なかなかの衣装持ちだったようで、ピカピカの金の冠をかぶり、着物の長い裾を後ろにひきずっていました。
ガラスの目をハメて大きな口ひげをたくわえた、とっても可愛らしい木彫りの人形たちがすべてのドアの前に立っていて、ドアを開けたり閉めたりして、お部屋の中に心地よい風が入るようにパタパタと動いていました。
本当にとても楽しい劇で、素晴らしい気分転換になりました。

そんな中、人形の女王様が立ち上がり、床の上をそわそわと歩き始めました。
すると、あろうことか例のブルドッグが、一体何を血迷ったのか――しかも飼い主が止めようともしなかったものですから――突然、舞台へと飛び出していき、あっという間に女王様の細い腰をガブリと噛みついたのです!
その瞬間、「ガリッ、ガリッ!」と嫌な音が響き渡りました。
いやはや、なんとおそろしい出来事でしょう。

かわいそうに、人形遣いの男の人はすっかり落ち込んでしまい、女王様の人形を抱きかかえて、おろおろと途方に暮れていました。
その女王様は一座の中でも一番べっぴんで美しい人形だったのに、あの憎たらしいブルドッグのせいで、頭を噛みくだかれてしまったのですから無理もありません。
けれども、見物客たちがみんな立ち去ったあと、ヨハンネスと一緒に劇を見ていた旅の仲間が、今回もそのキズを治してあげようと言い出しました。
そして例の小さな箱を開けると、あのおばあさんのくじいた足を一瞬で治して立たせてあげた、あの不思議な塗り薬を人形に塗ってあげました。

人形は不思議な塗り薬を塗ってもらうと、すぐにキズがきれいさっぱり治り、それどころか自分の力で手足を元気いっぱいに動かせるようになりました。
もう糸で操る必要すらなくなったのです!
その人形はまるで生きている人間のようでした。ただ喋ることができないというだけです。
これには人形劇の親方も、どれほど喜んだことでしょう!
人形遣いが操らなくても、この人形は勝手に自分の力で踊ることができるのです。
こんな芸当は、他のどんな人形にも真似できることではありませんでした。

夜中になって、宿屋にいた人たちがみんなぐっすり眠りにつこうとしたとき、どこからか「しくしく」とすすり泣く声が聞こえてきて、いつまでもやむことがありませんでした。
みんな気になって起き上がり、一体だれが泣いているんだろうと確かめようとしました。
その声はどうやら人形劇の舞台の方から聞こえてくるようだったので、親方がすぐに様子を見に行ってみると、木彫りの人形たちが王様をはじめ親衛隊の兵隊たちまで全員重なり合って、そこに転がっていました。
さっきまで悲しそうにしくしく泣いていたのは、このガラスの目をキョトンとさせている人形仲間たちだったのです!
人形たちは、女王様と同じように、自分たちにもほんの少し塗り薬を塗ってもらって、自分の力で自由に動けるようになりたいと願っていたのでした。

すると、女王様の人形もそばでぺたりと膝をつき、その立派な金の冠を高く捧げ持ちながら、
「どうぞ、わたくしからこの冠をお取り上げくださいな。そのかわり、夫の王様にも、家来たちにも、どうぞあの素晴らしいお薬を塗ってやってくださいませ」
とお祈りするように頼みました。
それを聞いて、人形劇の親方は、かわいそうな人形たちが健気で愛おしくてたまらなくなり、思わず一緒になっておいおい泣き出してしまいました。
そこで親方は旅の仲間に頼み込み、明日の晩の劇の売り上げを丸ごと全部差し上げますから、どうかみんなにも薬を塗ってやってほしいとお願いするのでした。「せめて、あと四、五体だけでもいい。その中できれいな人形たちに、あの薬を塗ってやってくれないか」
人形劇の親方は、何度も何度も旅の仲間にお願いしました。
すると、旅の仲間はこう答えました。
「お金はいらないよ。そのかわり、おじさんが腰にぶら下げている、その剣をゆずってほしいんだ」
そうして剣をゆずり受けると、旅の仲間は、六体の人形すべてにあの不思議な薬を塗ってあげました。

すると、人形たちはすぐに元気よく踊り始めました。
その踊りがあまりに上手だったので、それを見ていた本物の女の子たちまで、みんな一緒に踊りだしたくなってしまったほどです。
そのうちに、馬車をあやつる御者(ぎょしゃ)さんや、料理番の娘さんたちも、手をつないで踊りだしました。
給仕さんも、お掃除の女中さんも、みんな踊りだしました。
泊まっていたお客さんたちも、いっしょにダンスの輪に加わります。
とうとう、石炭をすくうスコップや、火ばしまでが、ペアを組んで踊りだしてしまったのです!
でも、この道具のペアは、最初の一跳ねで転んでしまいましたけれどね。
いやはや、一晩中、これ以上ないほどにぎやかで楽しい夜になりました。

次の朝、ヨハンネスは旅の仲間と一緒に、みんなにお別れを告げて出発しました。
二人は高い山に向かい、大きなモミの木の林の中を進んでいきました。
山道をどんどん登っていくうちに、さっきまで見上げていたお寺の塔が、いつのまにか足元のずっと下に見えるようになりました。
最後には、一面の緑の中にぽつんと置かれた、赤いイチゴの実のように小さく見えるほどでした。
何キロも何キロも先の、今まで一度も行ったことがないような遠くの景色まで、見渡すことができました。
――ヨハンネスは、この素晴らしい世界に、こんなにもたくさんの美しいものが一度に見られる場所があるなんて、今までちっとも知りませんでした。

お日様は、さわやかに晴れわたった青空からあたたかな光をふりそそいでいます。
山と山の間からは、猟師(りょうし)が吹く角笛(つのぶえ)の音が、とても楽しげに響いてきました。
その音を聞いているうちに、ヨハンネスの目にはうれし涙があふれてきました。彼は思わず叫ばずにはいられませんでした。

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