「プー!」と侍従は言って、力なく頭を振りました。
皇帝は、大きな美しい寝台の中で、冷たく青ざめた顔をして横たわっていました。宮中の人たちは、もう皇帝はお亡くなりになったものと思い込み、みんな新しい皇帝にごあいさつをしようと、慌ただしく駆け出していってしまいました。
お仕えしていた召使いたちも、さっさと自分の持ち場を離れて、皇帝の最後について噂話に花を咲かせていました。
女官たちはといえば、この機に乗じてにぎやかなお茶の会を開いて楽しんでいました。
まわりの広間や廊下には、足音が響かないように厚いじゅうたんが敷き詰められていたため、あたりは、それはそれはひっそりと静まり返っていました。
ところが、皇帝はまだ亡くなってはいませんでした。
体をこわばらせながら、青ざめた顔をして、まわりに長いビロードのカーテンと重たい金のふさが垂れ下がる立派な寝床の中に、じっと横たわっていたのです。
そのずっと上のほうにある窓が一つだけ開いていて、そこからお月さまの光が差し込み、皇帝と、あの作り物の鳥とをぼんやりと照らしていました。
気の毒な皇帝は、もうほとんど息をすることもできませんでした。
まるで胸の上に、何か重たいものがのしかかっているような苦しさを感じました。
そこで、力なく目を開けてみると、なんと胸の上に「死神」がのっているではありませんか。
死神は、皇帝の金のかんむりを頭にかぶり、片手には皇帝の金のつるぎを持ち、もう一方の手には皇帝の美しい旗を握りしめていました。
まわりの大きなビロードのカーテンのひだからは、あやしげな顔がいくつもいくつも、こちらをのぞいていました。
なかには恐ろしく醜い顔もありましたが、どこか穏やかで優しい顔も見えました。
それらは、皇帝が今までに積み重ねてきた「悪い行い」や「良い行い」の数々だったのです。
いま、死神が皇帝の胸の上にのったことで、それらの記憶がみな、皇帝をじっと見つめていたのです。
「これを覚えていますか?」と、そうした顔たちが次から次へとささやきました。
「これを覚えていますか?」
こうして、あやしげなものたちが過去の出来事をしゃべりだしたので、とうとう皇帝のひたいからは冷や汗が流れ落ちました。
「そんなことは何も知らん!」と皇帝は叫びました。
「音楽だ! 音楽を鳴らせ! 大きな中国太鼓をたたけ!」と大きな声で命令しました。
「この者たちの言うことが何も聞こえなくなるようにしてくれ!」
けれども、あやしげな顔たちはなおも話し続けました。
死神ときたら、まるで中国人そっくりに、いちいちみんなの言うことにうなずいているのです。
「音楽だ! 音楽を鳴らしてくれ!」と皇帝は叫びました。
「これ、かわいい、やさしい金の鳥よ。どうか歌ってくれ! 歌ってくれ! わしはおまえに金も宝石もやったではないか。わしの手で、おまえの首のまわりに金のスリッパだってかけてやったではないか。さあ、歌ってくれ! 歌ってくれ!」
それでも、鳥はやっぱり黙ったままでした。
ねじを巻いてくれる人が誰もいないのです。ねじを巻かなければ、歌うはずがありません。
死神は相変わらず、大きな空っぽの目で皇帝をじっと見つめていました。
あたりはひっそりとして、気味の悪いほど静まり返っていました。
と、そのときです。
窓のすぐそばから、それはそれは美しい歌声が聞こえてきました。
それは、生きているあの小さなナイチンゲールでした。
たった今、外の木の枝に飛んできて、歌い始めたところだったのです。
ナイチンゲールは皇帝が病気だと聞いて、それならば歌をうたって慰めと希望を与えてあげようと、飛んできたのでした。
ナイチンゲールが歌うにつれて、あやしいものたちの影はだんだんと薄くなっていきました。
そればかりではありません。皇帝の弱りきった体の中を、血が勢いよく、ぐんぐんと巡り始めました。
死神さえも、そのきれいな歌声にじっと耳を傾けて聞き入りました。
そしてしまいには、
「もっと続けろ、小さなナイチンゲール! もっと歌い続けろ!」と言いました。
「ええ、歌いましょう。でもそのかわり、わたしにその立派な金のつるぎをください。その美しい旗をください。それから、その皇帝のかんむりをください」
死神は、ナイチンゲールが歌を歌うたびに、宝物を一つずつ手放して渡しました。
ナイチンゲールはどんどん歌い続けました。
それは、まっ白なバラの花が咲き、ニワトコの花がよい香りを放ち、青々とした草が、あとに生き残った人々の涙で濡れる、静かな墓地の歌でした。
それを聞くと、死神は自分の庭が恋しくなって、冷たい白い霧のようにふわふわと、窓から外へ消えていってしまいました。
「ありがとうよ! 本当にありがとう!」と皇帝は言いました。
「天使のようなかわいい小鳥よ。わしはおまえをよく知っているぞ。おまえをこの国から追い出したのは、このわしじゃ。」それなのに、おまえは歌をうたって、あの悪いやつらをわしの寝床から追い出し、わしの胸から死神を追い払ってくれた。おまえに、どうやってお礼をしたらよいだろうか?」
「ごほうびは、もういただきました」と、ナイチンゲールは答えました。
「わたくしが初めて歌をうたったとき、陛下のお目には涙があふれました。あのことを、わたくしは決して忘れません。それこそが、歌う者の心を喜ばせる、なによりの宝なのです。ですが、今はもう、お休みください。そうして、元気に、丈夫になってくださいませ。では、わたくしが歌をうたってお聞かせいたしましょう」
そして、ナイチンゲールは歌い出しました。
皇帝は、すやすやと眠りました。それは本当にやすらかで、気持ちのよい眠りでした。お日さまの光が窓から差し込み、皇帝を照らすころには、皇帝はすっかり元気になって目を覚ましました。
見れば、おそばに仕える者たちは、まだ誰一人として戻ってきてはいません。みんながみんな、皇帝はもう亡くなったものと思い込んでいたのです。でも、ナイチンゲールだけは、ずっとそばにいて歌い続けていました。
「おまえは、これからはいつもわしのそばにいておくれ」と、皇帝は言いました。
「おまえは、歌いたいときにだけ歌ってくれればよい。この作り物の鳥などは、こなごなに砕いてしまおう」
「そんなことはなさらないでくださいませ」と、ナイチンゲールは申しました。
「あの鳥も、できるだけのことはしてまいりました。今まで通り、おそばに置いてあげてください。わたくしは御殿に巣を作って住むことはできません。でも、わたくしの好きなときに、来させていただきたいのです。そうすれば、わたくしは夕方、窓のそばのあの枝にとまって、陛下が喜ばれるように、そしてまた、お考えが深くなるように、歌をうたってお聞かせいたしましょう。わたくしは、幸せな人たちのことも、苦しんでいる人たちのことも歌いましょう。また、陛下のまわりにかくされている、悪いことや良いことについても歌いましょう。歌をうたう小鳥は、貧しい漁師や農家の屋根の上をも飛びまわりますし、陛下やこの御殿からはなれた、遠いところにいる人たちのところへも飛んでいくのです。わたくしは、陛下のかんむりよりも、お心のほうが好きでございます。
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