初級翻訳・モミの木 第3話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

」「おまえたちは、イヴェデ・アヴェデのお話が聞きたいのかね? それとも、階段からころがり落ちたのに、王さまになって、お姫さまをもらった、クルンベ・ドゥンベのお話が聞きたいのかね?」
「イヴェデ・アヴェデ!」とさけぶ子もいれば、「クルンベ・ドゥンベ!」とさけびたてる子もいました。
みんなががやがやとさわぎたてて、もう、たいへんな騒ぎです。
ただ、モミの木だけは、だまりこんでいました。
心の中では、「ぼくは仲間じゃないんだろうか? 何かぼくもすることはないんだろうか?」と考えていました。
もちろん、モミの木も立派な仲間の一員でした。
しかも、自分のすべき役目は、もうすっかり終えていたのです。
さて、その小柄な人は、階段からころがり落ちたのに王さまになって、お姫さまをもらったという、クルンベ・ドゥンベのお話を始めました。
すると、子供たちは大よろこびで手をたたいて、「もっと話して! もっと話して!」とさけびました。
子供たちはイヴェデ・アヴェデのお話も聞きたかったのです。
でも、このときはクルンベ・ドゥンベのお話しか聞かせてもらえませんでした。
モミの木は、じっと黙りこんだまま考えていました。
森の中の鳥たちは、今まで一度だってこんなお話をしてくれたことはありません。
「クルンベ・ドゥンベは、階段からころがり落ちたのに、お姫さまをもらったんだ。うん、うん、世の中ってそういうものなんだ」と、モミの木は考えました。
このお話をした人はあんなにいい人なのだから、きっと、これは本当のことなんだと思いこんでしまったのです。
「そうだ、そうだ。ぼくだって、もしかしたら階段からころがり落ちて、お姫さまをもらうようになるかもしれないんだ!」
こうしてモミの木は、次の日もまた、ろうそくや、おもちゃや、金の紙や果物などでかざってもらえるものと思って、楽しみにしていました。
「明日は、ぼくはもうふるえたりしないぞ!」と、モミの木は心に決めました。
「ぼくがきれいにかざられた姿を見て、うんと楽しもう。明日もまた、クルンベ・ドゥンベのお話を聞くんだ。それから、イヴェデ・アヴェデのお話も、きっと聞けるだろう」
こうしてモミの木は、一晩じゅう、じっと考えこんだまま立っていました。

あくる朝になると、下男と下女がやってきました。
「さあ、またかざりつけてくれるんだ!」とモミの木は思いました。
ところがみんなは、モミの木を部屋の外へ引っぱり出すと、階段を上り、とうとう屋根裏部屋まで持っていってしまいました。
そして、お日さまの光もさしてこない、うす暗いすみっこにポツンと置いていきました。
「こりゃあ、いったいどういうことなんだ?」とモミの木は考えました。
「いったいこんなところで、何をさせようっていうんだろう? それに、こんなところで何が聞かせてもらえるんだろう?」
こうしてモミの木は、壁に寄りかかって立ったまま、いつまでもいつまでも考えつづけました。
時間はいくらでもありました。だって、そうしたまま幾日も幾晩もすぎていったのですもの。
だれも、上ってきませんでした。
しかし、とうとうだれかが上ってきました。
でも、それはただ、大きな箱を二つ三つ、すみっこに置くためだったのです。
おかげで、モミの木はすっかり隠れてしまいました。
この様子では、みんなはモミの木のことなんて忘れてしまったのでしょう。

「外は今、冬なんだ」とモミの木は考えました。
「地面はかたくて雪がつもっているから、ぼくを植えることができないんだ。だから、春になるまでぼくをここへ置いて、守っていてくれるんだ! それにしても、なんて考え深いんだろう! なんてみんな親切なんだろう!――だけど、ここがこんなに暗くて、こんなにさびしくなけりゃいいんだけど。――なにしろ、小ウサギ一ぴきいないんだからなあ!――あの森の中は楽しかったなあ! 雪がつもると、ウサギがとび出してきたっけ。うん、そう、そう、そしてぼくの頭の上をピョンととびこえていったっけ。でもあのときは、そんなことはちっともうれしくなかったんだ。そりゃあそうと、この屋根裏部屋はおっそろしいほどさびしいなあ!」
そのとき、小さなハツカネズミが一ぴき、チュウ、チュウ鳴きながら、ちょろちょろと出てきました。
そのあとから、もう一ぴき、小さいのが出てきました。
二ひきのハツカネズミはモミの木のそばへよって、においをかいでいましたが、やがて枝のあいだへはいりこみました。
「とっても寒いわ!」と、小さなハツカネズミたちは言いました。
「でも、ここはほんとにいいところね。ねえ、お年よりのモミの木さん!」
「ぼくは年よりじゃない!」と、モミの木は言いました。「ぼくよりもっと年をとった木は、いくらでもいるんだよ」

「あなたはどこから来たの? どんなことを知っているの?」と、ハツカネズミたちはたずねました。このハツカネズミたちは、本当に聞きたがりだったのです。
「ねえ、世の中でいちばんすてきな場所のお話をしてちょうだい。あなた、そんなところへ行ったことがあるの? こんなに素晴らしい食べ物があるお部屋を知らない? たなにはチーズがあって、天井からはハムがぶら下がっていて、あぶらろうそくの上で踊りがおどれるような、入るときはやせていても、出るときは太っている……そんな最高のお部屋を知らない?」

「そんな場所は知らないね」と、モミの木は答えました。
「だけど、森のことは知っているよ。お日さまがキラキラ輝いて、鳥たちが歌をうたっている森のことならね」
それからモミの木は、自分が小さかったころの思い出を、のこらず話して聞かせました。小さなハツカネズミたちは、今までそんな話を聞いたことがなかったので、夢中になって聞き入りました。
そして、「まあ、あなたはなんていろんなことを知っているの! なんてしあわせな木なんでしょう!」と言いました。

「ぼくが?」と、モミの木はつぶやき、自分の話したことを振り返ってみました。
「そうだ。あのころは、本当に楽しい時だったんだ!」
それから、お菓子やろうそくで飾ってもらった、クリスマスの前夜のことを話しました。
「まあ!」と、小さなハツカネズミたちは言いました。「あなたはなんてしあわせなんでしょう、お年よりのモミの木さん!」

「ぼくは年よりじゃないったら!」と、モミの木は言いました。
「この冬、森から来たばっかりなんだよ。ぼくは今、いちばん元気のいい年ごろなのさ。ただ、ちょっと大きくなりすぎただけだよ」
「本当に、お話が上手ね!」と、ハツカネズミたちは言いました。

次の晩になると、ハツカネズミたちはほかに四匹の仲間を連れて、モミの木の話を聞きにやってきました。モミの木は話をすればするほど、昔のことがだんだんとはっきりとよみがえってきました。そして、心の中でこう思いました。
「それにしても、あのころは本当に楽しい時だった。だけど、ああいう時がまた来るかもしれない。また来るかもしれないんだ! クルンベ・ドゥンベだって、階段からころがり落ちたのに、お姫さまをもらったじゃないか。

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