何かの縁で地獄の道連れとなってしまったこの人を「兄さん」と呼ぶように、子供の憧れが空をめぐる冷たい石を「お星さん」と呼ぶのが、そんなに悪いことだったのでしょうか。
五
ある時、これも教育という名目で、海岸へ連れて行かれたことがありました。
兄は、私がいつになく良い返事をしたのを、あの楽しかった旅行の記憶のおかげだと勘違いしていました。先に行って待っている兄の友達のためだとは知らず、出発する前の晩には上機嫌で毘沙門様の縁日へ連れて行ってくれ、『小国民』を一冊買ってくれました。
翌朝はいつになく親切な兄に連れられて、「これならまあ、悪くないかな」と思いながら『小国民』を荷物に入れて家を出ました。
ちょうど七夕の日で、あちこちの農家には五色の短冊をつけた笹が立ち、わら屋根には蛍草が涼しげに咲いています。
私は物珍しくそれらのものに見とれながら、「なぜ町ではそうしないのだろう」と口にした途端、最初の一喝を食らいました。
青い田んぼや空や海、白い帆に心が浮き立って、言いたいことや聞きたいことは山ほどあるのに、叱られるのが怖くて自分ひとりでいろいろ考えていました。「やっぱり来ないほうがよかったかな」などと思っていると、今度は「黙っている」と言われて、また新しく一喝を食らいます。
兄はなぜこうも訳もなく腹を立てるのかと思ったら、私が「どうして汽車が動くのか」という質問をしないために、機嫌が悪かったのでした。私たちが到着したのは、薄暗い柴垣(しばがき)に囲まれ、ところどころに貝殻が捨ててあるような漁村の中の一軒の藁屋(わらや)でした。待ちかねていた二人の友人のほかに、真っ黒に日焼けした年老いた夫婦と、同じように色の黒い娘が住んでいました。
ちょうど昼食の時刻だったので、黒猫のような親子が私たちの前に汚れた膳を二つ持ってきました。それはそこの家の人たちが使っている食器なので、私たちが食事を済ませるまでは家の者たちは食べることができないのだから早くしなければいけない、と言われ、気になって仕方なく、半分ほど食べて箸を置きました。
家が狭いため、兄と私だけは一里(約4キロ)ほど離れた岬の方へ移ることになりました。散歩がてら送ってくれる友人たちと兄は後から追いつくというので、私一人だけが、ガタガタと音を立てる田舎の荷車に乗せられて先に出発しました。
車を引く老人は、ふくよかで実直そうな男だったので少しも嫌ではなかったのですが、例の陰気な柴垣の間をぐるぐると回っているうちに、いつの間にか寂しさがこみ上げてきてたまらなくなりました。
一生懸命紛らわせようとしても、家の杉垣や、茶の間の様子ばかりが目に浮かびます。「今夜も明日の晩も帰れないのだ」などと思うと、自分でも知らないうちに泣き顔になり、涙がぽとりと膝掛けの上に落ちるのを、そこいらで遊んでいる漁師の子どもたちが見つけて、
「やーい。泣いとるぞ、泣いとるぞ」
と、みんなで笑うのです。
老人は振り返り振り返り、なぐさめるような顔で何か言ってくるのですが、言葉が違っていてさっぱり分かりません。
道端の垣根の間から美しい弁慶蟹(べんけいがに)が出てきては、車の音に驚いて逃げ込むのを「ほしいな」と横目で見ながら進むうちに、海岸へ出ました。
道は小山に沿って波打ち際をうねっています。今にも潮が満ちて通れなくなるのではないかとハラハラしていると、老人は平気で何か考え事をしながら、ゆっくりと歩いていきます。
ある切り通しにかかったときに後ろを見ると、兄たちの姿が見えました。
喉元まで込み上げてくるしゃくり泣きをようやく噛み殺したところへ、兄は急ぎ足で追いつき、私を車から下ろしました。
岩だらけの海岸からは、ところどころに魚の背びれのようにギザギザした岩礁が沖の方まで突き出ています。道をせき止めた波が海坊主の頭みたいに丸く盛り上がっては、サッと砕けてしぶきを飛ばします。
道がひと曲がりするたびに岸が小さく狭く入り込み、低い波が時をおいては「ざぶーん、ざぶーん」と打ち寄せます。
それを聞くと自然に胸が締め付けられて、せっかく泣き止んだ涙がまたこぼれだします。
一つの波が「ざぶーん」と砕けて、「じーっ」と泡が消えて、ああよかった、と思う間もなく次の波が「ざぶーん」と砕けます。
一つの湾をやっと通り越すと、その次の湾が「ざぶーん」と鳴るのです。
お腹も空いて足も疲れてきたのに、岬ははるか向こうに見えて、波の音はいくら進んでもやみません。
ポクポクと引かれていく五、六頭の牝馬(めすうま)の列に追いついたとき、友人はふと私が涙を溜めているのに気づき、小声で兄に注意しました。
兄は、
「放っておけ、放っておけ」
と言ってさっさと進んでいきます。
友人は何度も振り返っていましたが、しまいには立ち止まって、「疲れたのか、気分でも悪いのか」と親切に尋ねてくれました。私が正直に、
「波の音が悲しいんです」
と答えると、兄は睨みつけて、
「一人で帰れ」
と言い、歩く足を速めました。
友人は私の意外な返事に驚きながらも、兄をなだめて、
「男はもっと強くならなければいけない」
と言いました。
六
岩だらけの岬の根元に近いところに、一軒だけ離れて建っている静かな宿に着いたときには、もう日が沈みかけていました。その太陽を包んで燃え立つ雲が、車のように回っています。
それがだんだん赤くなり、紫になり、藍色になり、空の色と一つになって消えていきました。
縁側の柱につかまって、岬に砕ける波が燐光(りんこう)を放つのを眺めていると、喉のあたりが苦しくなって、涙がとめどなく頬を伝います。
それを柱にこすりつけ、こすりつけしてこらえながら、「早く明日になってくれればいい」と、ただそればかりを考えていました。
雨が降り出しそうな風がヒューヒューと松を鳴らし、何かが湧き出てくるように虫が鳴いています。
女中が戸を閉めにきたので、仕方なしに部屋へ入りました。泣き顔を隠しながら『小国民』を取り出して読み始めました。
口絵には、額を射られた鬼童丸(きどうまる)が、片手で牛の皮を持ち上げ、もう片方の手に刀を握りしめて、頼光(よりみつ)を狙っている絵が描いてありました。
一枚一枚めくっていくうちに、「少年太鼓手」という表題が目について、そこを読み始めました。
挿絵を見ると、主人公の太鼓手は撥(ばち)を上げて、胸にかけた太鼓を打ちながら、遅れる味方をしりめにかけて進んでいきます。
読んでいるうちに、頭が大きくて、ぐずで、普段から人から馬鹿にされてばかりいる太鼓手は、いつの間にか自分自身になってしまいました。涙がぽとぽとと本の上に落ちて、とうとう最後の一喝を食らいました。
翌朝、海はすっかり霧に閉ざされていました。
そしてその中を漕いでいく櫓(ろ)の音が、ひどく私を喜ばせました。舟の姿は見えないのに、音だけがまるで鳥の鳴き声のように、あるいは獣の子供が乳を求めて鳴く声のように聞こえてきます。
友達がやってきて、一緒に浜へ出ました。
砂も、石も、波の形に打ち上げられた海草も、みんなしっとりと朝露に濡れていて、昨夜あんなにたくさん鳴いていた虫たちが、あちこちで「ちち、ちち」と可愛らしく鳴き残っています。
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