今でさえその点で有名な街ですから、あらゆる窮乏、不潔、淫行、犯罪が公然と行われていた、大戦後の一九一八年から二〇年頃の状況は、想像を絶するものがありました。
警察は有名無実化し、完全に封じ込められた状態だったのです。
ツェラー通り(Cellarstrasse)は、この恐怖区域を走る小さな通りです。
ハアルマンの肉屋があったのは二十七番地で、店というよりは地下室のような、暗くて湿った建物でした。
先述した通り、彼は市場で余った肉を売る一方で、警察の「鼻」となる犯罪の巣窟に設置された特報機関、簡単に言えばスパイの役割も果たしていました。
英語圏でいう「密告者(Stool-pigeon)」、日本でいえば「手先」を稼業にしていたわけですが、これは当時のドイツでは珍しいことではありませんでした。ハノーファーにも、こうした警察と裏でつながっている市民が無数に散らばっており、フリッツ・ハアルマンはその中の一人に過ぎなかったのです。当時のハノーファー市が抱えていた混乱のなかで、当局は窮余の策として、ある補助的な仕組みを作り出しました。極左の団体や、街をさまよう人々の犯罪計画を未然に防ぐための「スパイ制度」です。いわば魑魅魍魎が跋扈する時代に必要な措置だったのですが、そのスパイとして警察に協力していたはずのフリッツ・ハアルマンが、警察の目と鼻の先で、言葉を失うような恐ろしい犯行を日常的に続けていたのですから、これほど皮肉な話はありません。
もっとも、ハアルマンは最初から警察を利用するつもりで、身を守るためのカモフラージュとしてスパイの役割を買って出たのでしょう。だからこそ、あれほど多くの犯罪を、長いあいだ誰にも気づかれずに続けることができたのです。
というのも、警察とハアルマンのような常連スパイの間には、暗黙の了解がありました。「どうせスパイなんて稼業をする奴だから、ろくなことはしないだろう」と警察も分かってはいましたが、お上(警察)の役に立っているということで、小さな悪事には目をつぶっていたのです。つまり、「大勢の大きな悪」を防ぐために、「小さな悪」には見て見ぬふりをするというわけです。
警察の手の届かない場所でコソコソしている限り、たいていのことは不問に付されました。そもそも警察としては、必要に迫られてスパイを使っているだけで、そうでなくても目の回るような忙しさで、小さな事件を調べる人手も時間もありません。溢れかえる犯罪の大波を前にして、身内同然のスパイの行動など、誰も気に留めていなかったのです。こうした、あらゆる面で犯罪者にとって都合の良い環境が、フリッツ・ハアルマンの狂った欲望を、思うがままに突き動かしました。
彼は武骨で元気があり、人当たりの良い「町のおじさん」でした。そういえば、変質者によくあるような、耳障りでキンキンとした、女性のような高い声をしていました。表向きの商売である肉類は、近くの公設市場で売れ残ったものを拾うようにして仕入れてきます。そして、もう一つの「肉」は、近くの停車場で釣ってくるのです。食料がどこにもないような飢饉の時代に、ハアルマンだけは材料に困ることがありませんでした。
店が流行るのも当然です。彼は相変わらずニコニコしながら、誰にでも軽い冗談を飛ばし、血だらけの前掛けをして肉を切り、自慢の腸詰(ソーセージ)を作っていました。この腸詰がまた評判で、実によく売れたのです。
さて、ロッテ夫婦からフリイデル少年の捜索願を受けたハノーファー警察は、家出少年が集まる場所といえば停車場に決まっていると、ひそかにこのあたりを監視していました。すると、ある聞き込み情報が入ります。行方不明になったフリイデルの悪友で、エリヒ・ホルトハウゼンというユダヤ人の少年が、「フリイデルの奴は刑事に連れられて停車場を出て行ったきり、帰ってこない」と言っているのを、誰かが小耳に挟んだのです。
停車場に張り込んでいる刑事やスパイといえば、警察も当然把握しています。ホルトハウゼンに「どんな顔をした刑事だった?」と詳しく尋ねると、その特徴は、スパイであるフリッツ・ハアルマンにぴったりと当てはまりました。
まさか、あのお人好しの肉屋が――。警察も信じられませんでしたが、何が手がかりになるか分かりません。刑事の一団は、友人の家にでも遊びに行くような気軽さで、それでも深夜に不意を突いて、ツェラー通りの店を訪ねました。
警察の連中は店によく出入りしており、勝手知ったる場所です。それに相手は独身の気楽な肉屋だと思い込み、断りも入れずにのこのこと二階へ押し入りました。突然ハアルマンの寝室を開けた刑事たちは、思わず言葉を失い、呆然と立ち尽くしました。
床に倒れた椅子の背と脚に、ある少年を縛り付けて、ハアルマンが醜い行為に及んでいた最中だったからです。しかし、その少年は探していたフリイデル・ロッテではありませんでした。レオン・グルンツという十四歳の美少年で、彼もまた浮浪児でした。停車場で見つけたのではなく、ツェラー通りの路上で声をかけ、甘い言葉で連れ込んだのだといいます。
このレオン・グルンツは、こうして警察に保護されたことで、ひどい目に遭わされただけで済みました。「仔牛の肉」や腸詰にされることもなく、危ういところで命拾いをしたのです。
フリッツ・ハアルマンは現行犯ですから、言い逃れはできません。この事件でわいせつ罪に問われ、隣町のウンストルフ刑務所に九ヶ月間入れられることになりました。警察はもちろん、ツェラー通りの近所の人々も、この事態には呆れ果てました。
ところが、ここで最も奇怪なことがあります。どれほど混乱した時代の犯罪都市ハノーファーとはいえ、警察はまるでこれで満足したかのように、本来の目的であったフリイデル・ロッテ少年の捜査をきっぱりと打ち切ってしまったのです。
「証拠がないから断念する」というレベルの話ではありません。容疑者であるハアルマンが、まさかの少年愛好者だと判明した以上、フリイデルの行方についてもさらに追究するのが当然の筋です。それなのに、どういうわけかフリイデル事件の捜査は、これで立ち消えになってしまいました。
この点は今もって説明がついていません。それどころか、あの時、警察はハアルマンの家宅捜索すらろくに行わず、醜行が行われていた寝室さえしっかりと調べていませんでした。その証拠に、ベッドのそばには小テーブルが置かれていました。その中段には、新聞紙に包まれた丸い物体が、無造作に置かれていたのです。それこそが、警察が探し求めていた、フリイデルの生首でした。
後に裁判の際、ハアルマン自身がそう証言したのです。
3
ドイツの腸詰の一種に、フランクフルトというものがある。ドイツの腸詰(ソーセージ)の一種に、フランクフルトというものがある。
一名「ウィニイ」とも呼ばれていて、アメリカあたりでは俗に「ホットドッグ」と称する。
なぜこの腸詰を「熱い犬」などという変な名前で呼ぶのかといえば、そもそも腸詰というものは、中に何の肉が入っているか分かったものではないという風潮があり、このフランクフルトは犬の肉でできていると言われているからだ。
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