初級翻訳・良寛物語 手毬と鉢の子 第13話

新美 南吉

くれないどころか、この子供は悪戯をしているのだと勘違いして、棒でも持って追い払うはずです。
乞食でさえ、子供にはできないのです。
それなのに新太郎ちゃんは、あの高い紙鳶をちゃんと買って返せると言ったのです。
しかも、家のお父さん、お母さんには内緒で。
一体どうやってするつもりなのでしょうか。
――栄蔵には不思議でなりませんでした。
しかしある日、その謎は解けました。
あれからしばらく経った温かい日、栄蔵は勉強に疲れた頭を、海から来る新鮮な風にあてて休めるため、波打ち際の方へ降りていったのです。すると、引き潮の中に、膝のあたりまで水につかった新太郎ちゃんが、何か棒のようなものを水の中へ差し込んで、まるで石けりの線を引くときのような恰好で、ゆっくりと後ろへ下がっていく姿が小さく見えました。
今日もやっぱり、赤ん坊の妹を背負っています。
あの子はいったい何をしているのだろう。
「新太郎ちゃーん!」
栄蔵は口に手をあてて呼びました。
新太郎ちゃんは顔をあげてこちらを見ました。栄蔵だと分かるとニッコリ笑いましたが、忙しいときに誰でもするように、すぐその笑顔をひっこめて、また一心に手元の水面を見つめています。
何かを捕まえようとしているのでしょう。
邪魔をしないでおこうと、栄蔵は黙って船にもたれて休んでいると、間もなく新太郎ちゃんが陸へあがってきました。
棒だと思っていたものは、鉄の熊手でした。
「何を捕ったの?」
と栄蔵がききました。
新太郎ちゃんはニコニコしながらそばに寄ってきて、腰につけている小さい籠の中をのぞかせてくれました。
中には、濡れてピチピチと跳ねるエビが数匹入っていました。
「これ、どうするの?」
新太郎ちゃんはニコニコしているだけで返事をしません。
そして、ついてきなよというような顔つきをして歩き出しました。
栄蔵はついていきました。一軒の船宿の前まで来ると、新太郎ちゃんは「ここだよ」というように栄蔵の方へニコニコと笑いかけてから、勝手口の中へ入っていきました。
そして間もなく出てくると、垢にまみれた猿の手のような掌をパッと開いて、真ん中に四角い穴のあいたお鳥目(お金)を一つ見せました。
これで分かりました。そういうことだったのか、と栄蔵は思いました。
それなら、もうどれだけ貯金ができたのだろう。
新太郎ちゃんはまた目配せをして、栄蔵を家へ連れていきました。
栄蔵は背戸口(裏口)の井戸のところで待たされていました。
新太郎ちゃんは中へ入っていき、やがて出てくると、あたりに人がいないのを確かめてから、懐からそっとそれを出して見せてくれました。
藁の銭差しに通されて、お鳥目が五つ六つ重なっていました。
栄蔵は知っていました。あの高い紙鳶を買うには、この十倍ものお金が必要だということを。
しかし、それにもかかわらず、栄蔵の心には希望の泉が湧き出しました。
新太郎ちゃんは、きっとそれだけのお金を自分の手で貯めるに違いない。
その日から栄蔵の頭の中には、新太郎ちゃんの銭差しの姿ばかりが浮かんでいました。
新太郎ちゃんの顔を見るたびに、銭差しを見せてもらいました。
一つか二つずつ、そのたびに銭は増えていました。
そんなある日、栄蔵は家のために米を搗(つ)きました。
いつもは松さんが搗いてくれるのですが、ちょうどその時、松さんは足に腫れ物ができていたので搗けなかったのです。
慣れない仕事なので、栄蔵は大変でした。一臼搗き終わる頃には、一日中野山を歩き回ってきたかのように疲れ切ってしまいました。
仕事が終わるとお母さんが、
「じゃあ、お駄賃をあげましょう」
と言って、栄蔵の大好物のザクロを二つ出してくれました。
栄蔵は手に受け取りましたが、少し考えてからお母さんに返しました。
お母さんは、いつもと栄蔵の様子が違うので不思議に思いました。
「お母さん、あのね……」
と言い出して、栄蔵はためらいました。
「何ですか?」
「これは弟たちにあげてください」
「あの子たちにはもうあげたから大丈夫ですよ。これはあんたの分です」
「お母さん、私は、お金が欲しいのです」
そう言って栄蔵は恥ずかしそうにうつむきました。
お母さんは驚きました。栄蔵がお金をねだったことなど、これまで一度もなかったからです。
お母さんは栄蔵の顔をじっと見つめました。
「本でも買うのですか?」
「いいえ」
「それじゃあ、何にするのですか?」
栄蔵はしばらく黙っていました。下唇をモグモグと噛みながら。
お母さんの目には、急に栄蔵が大人になったように見えました。
いつもは穏やかだったこの子も、こんなことを言い出すようになったんだ、と思いました。
やがて栄蔵は、
「くれないなら、いいんです」
と少し反抗するように言いました。
「あげないとは言っていませんよ。でも何に使うのですか?」
「言いたくないのです」
お母さんは、またしばらく息子の顔をじっと見ていました。
この子を疑うことはできない、と胸の中で思いました。
「いくら必要なの?」
「乞食にあげるくらいで結構です」
お母さんはあちらへ行くと、間もなく帰ってきました。
そして栄蔵の手に、お鳥目を十ほど乗せてくれました。
「これで間に合いますか?」
「こんなに乞食にやるのですか?」
お母さんは笑って、
「でも、このお乞食さんは、米を搗いてくれたからね」
と言いました。
栄蔵は両手の中に、コオロギでも入れたかのように銭を持って、少し会釈をして家を出ていきました。
お金を持ったことがあまりないので、その持ち方さえ分からなかったのです。
栄蔵には、まだ一つ心配がありました。
勝気な新太郎ちゃんが、そのお金の寄贈を拒んだうえに、プンプン怒りはしないかということでした。
「新太郎ちゃん、あれ、どうなった?」
栄蔵は、新太郎ちゃんの顔を見るたびに尋ねました。「あれ」というのは、あの銭差しのことです。
新太郎ちゃんは、家の中へ入っていって、大事なものを持ってきました。
栄蔵はそれを受け取ると、端っこから数え始めました。
新太郎ちゃんも、その手元をじっと見ています。
栄蔵は顔をあげて言いました。
「ちょっと、あっちを向いてなよ」
「どうして?」
「いいから、ちょっとあっちを向いてなよ。あの鶏を見てなよ」
新太郎ちゃんは向こうを向きましたが、背中の赤ん坊は、腫れ物が少しよくなった顔で、じっと栄蔵の方を見ています。
赤ん坊なら見ていても構いません。
栄蔵は持ってきたお鳥目を、銭差しに一つ一つ通していきました。
「だいぶ増えたね」
と、栄蔵は何も知らないふりをして言いました。
新太郎ちゃんがこちらを振り返りました。そして銭差しを受け取ると、
「俺、栄坊ちゃんが今何をしたか知ってるよ」
と言いました。
そして目をパチパチさせて、うつむいてしまいました。
「ごめんね」
と栄蔵は謝りました。
新太郎ちゃんは、何も言うことができませんでした。
勝気な田舎の貧しい少年は、嬉しくても感謝の言葉なんて知らないのです。
新太郎ちゃんは黙ったまま、背戸口から家の中へ姿を隠してしまいました。
栄蔵は、それでよかったと思いました。
とにかく、あのお銭の貯まった銭差しを、さらに増やすことができたのですから。

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