ああ、さっぱりした」
良寛さんは剃刀を拭いて片付けた。
「おい、良寛」
「まだ何か用ですか」
「あの、俺ちょっと遅くなるから、今夜お前、臼(うす)を挽いておけ」
悪いお米を粉に挽いて、団子にして食べるのである。
「いやです、今夜はあなたの番ですよ」
「ほら、それがいかん。それでは誠の道に達することはできんな」
「…………」
兄弟子は冗談で言ったのだが、良寛さんは真面目な面持ちでうつむいた。
「……ええ、挽いておきます」
「うん、それでよい、それでよい。ときに、お前は銭を少し貸してくれないか」
「いやですよ。そんな酒代にするような銭はありません」
「また、いかん。それじゃあ誠の道が逃げていくな」
その時、遠くから誰かが呼んだ。二人は黙って耳をそばだてた。すると今度は、はっきりと「兄ちゃァん」という声が聞こえた。左衛門だ。
「おい、弟が来たぜ」
「…………」
「門の外だぞ。ちょっと行って見てこいよ」
「…………」
良寛さんは下唇をかんだまま、黙って庭へ降り、夕闇の中を門の方へ歩いて行った。兄弟子は良寛さんが行ってしまうと、急いで御堂の方へ回り、賽銭箱に手をかけた。あっちへゴテッ、こっちへゴテッと賽銭箱は転がされた。そのたびに、中でジャラジャラと銭が音を立てた。そしてようやく五、六文の銭が畳の上に飛び出した時、良寛さんが御堂へやって来た。
「なんだ、もう別れて来たのか」
と兄弟子が照れ隠しに言った。
「そんな真似はよしなさいよ。わたしが少しだけれどあげますから」
「いいんだよ。全部出しちまうわけじゃないから。ほんの二十文ばかりだから」
「しかし、お賽銭をそんなことに使ったら罰が当たります。わたしが欲しいだけあげるから、それでいいじゃありませんか」
「そうかい、済まないな」
兄弟子は畳の上の銭を、また箱の中に戻した。二人は庫裏(くり)の方へ帰った。良寛さんは自分のお金を出してきた。
「こんなに貰っていいのかい」
と、受け取った金を見て兄弟子が言った。
「ええ」
「じゃあ、こんど返すよ」
「返してくれなくてもいいんです」
「そうかい、そりゃどうも」
兄弟子は、しばらく気まずそうに立っていた。そしてお愛想に、
「それで、弟はどうしたのかい?」
と聞いた。
「知りません」
「知らない? 会わなかったのか」
「会いませんでした」
「お前、でも門の方へ行ったじゃないか」
「門を閉めて、閂(かんぬき)をさして戻ってきたのです」
何か固い決意の浮かんでいる良寛さんの顔を、兄弟子は呆れてまじまじと見ていた。
「お前は変わった人間だなあ」
「わたしは、偉くなりたいのです」執着を断ち切るのです。
一人で、一度うんと苦しむのです。」
「…………。」
「備中へ行くことに決めました。今、門の閂(かんぬき)をさしながら腹を決めました。和尚様が旅から帰られたらお許しを得て、すぐに出かけます。」
兄弟子は、いつもおっとりしている良寛さんの、どこにこんな激しい心が潜んでいたのか不思議に思いながら、しばらくその顔を見ているばかりだった。
それから十日ほど経って、二十二歳の良寛さんは、ただ一人で長い旅へと出発した。
八 はじめての旅
お母さんと弟や妹たちは、町はずれまで良寛さんを見送りに来た。
お母さんは、良寛さんを一人で他国へ行かせるのが不安でならなかった。お母さんの目には、二十二歳の良寛さんが、まだ子供のように見えたのだ。
しかし良寛さんは、
「もう、ここからお帰りください。」
ときっぱりと言った。道端に大きな椿が立っているところで。
そして良寛さんの一人の旅が始まった。
良寛さんの手には、別れるときにお母さんがそっと握らせてくださったお金の包みと、小さい妹の一人が折り取ってくれた木苺(きいちご)の花の一枝があった。
心の中には、今別れたばかりのお母さんと弟妹たち、それから、自分の生まれた家と町の姿が重なっていた。
こうして別れていって、いつまたみんなに会えるかと思うと悲しかった。
しかし、いつまでも悲しんでいてはならないと良寛さんは思った。
道端の石地蔵様の前に、妹がくれた花を供えて、そのときから、故郷や家の人々のことを忘れると決心した。
まだ道のほとりには、ぺんぺん草の小さな三角の実が見られ、薄曇りの空には、季節外れの雲雀(ひばり)が囀(さえず)っていた。
これから江戸へ出て、それから京都にのぼり、そして目的地の備中の国、玉島へ行く、遥かな道のことを思った。
その道は遠い。良寛さんの将来も、またそのように長い。
一人で行く遥かな道には、一人で歩む長い将来には、きっと様々な苦しみがあるだろう。
しかし良寛さんには希望があった。
良寛さんの足取りは軽かった。
良寛さんは毎日歩いていった。道の上にぽつんと一つの影を落として。
林の中では閑古鳥(かっこう)が鳴いていた。閑古鳥の声を良寛さんは聞いた。
谷に下れば瀬の音が涼しかった。瀬の音を良寛さんは楽しんだ。
幼いときに話に聞いた、あの仇敵(かたき)を探す武士も、こんなふうに旅していったのだ、と良寛さんには思われた。
しかし、その武士が探していたのは仇敵だった。良寛さんが探しているのは「誠の道」であった。
誠の道を、いたるところの名高いお坊さんたちに問い尋ね、また一人で石の上や小川のほとりに憩うとき、自分の心の中に考え尋ねた。
見るもの、聞くもの、すべて良寛さんの目や耳には新しかった。
大きな古い樹の前にびっくりして立ち止まったり、道に落ちている小さな丸い水色の石ころを、こっそり拾ったりした。
旅は様々なことを教えてくれた。
これまで本の中で読んだことは、みんな本当であった。
しかしまた、それらの多くのことは嘘でもあった。
この世には実にたくさんの、たくさんの、病気や貧乏や悲しみがあることは確かであった。
それはまた、この世で良寛さんのしなければならない仕事が、実に大きく、果てしないということでもあった。
苦しんでいる人々を見るとき、良寛さんの心は悲しみで満たされた。
しかし、希望がすぐに湧いてくるのであった。
江戸に来たとき、江戸の家々や寺々は賑わっていた。幕府の勢力が盛んなためであると良寛さんは思った。
京都に来たとき、京都の大きな町は静かだった。皇室がいらっしゃる京都が、どうしてこのように悲しげな姿に見えるのか、と良寛さんは訝(いぶか)った。
正しいものが息をひそめ、そうでないものが力を張っている姿が、ここにも見られると良寛さんは考えた。
正しいものは、姿を現さねばならない。間違ったものは影を消さねばならない。
――これは良寛さんのしなければならない仕事が、本当に大きく、限りないということにほかならなかった。
長い旅に良寛さんは痩せて、大きな目は一層大きくなった。衣の肩は陽に焼け、足には草鞋(わらじ)のたこができた。
こうして、良寛さんは備中玉島の円通寺(えんつうじ)に着いた。
故郷を出立してから幾月が過ぎていたか、もう草木の葉に白く風が吹き渡る、秋の初めの頃だった。
九 円通寺で
良寛さんが、これから二十年あまり過ごすことになる備中の国、玉島は、瀬戸内海に面した港町であった。
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