強引に連れて行こうとすると、子供は道の真ん中にしゃがみ込んで、とうとう泣き出してしまいました。
母親は途方に暮れながら、子供を叱りつけていました。自分はその時、虫かごのふたを開けてカブトムシを取り出し、道端に生えていた相撲取草(すもうとりぐさ)を一株抜いて、虫の角をしっかりと縛り付けました。
そして、「はい、これ」と言って子供に渡しました。
子供は泣きやみ、少し照れくさそうに、でもとても嬉しそうな顔をしました。
母親は驚いて子供を叱りつけながらも、自分に丁寧にお礼を言いました。
自分はなんだか気恥ずかしくなって、空になった虫かごを振りながら駆け出しましたが、胸の奥には、嬉しさとも惜しさともつかない、今まで感じたことのない不思議な気持ちがこみ上げてきました。
その後、何度も同じ常山木(じょうざんぎ)の下へ行ってみましたが、あの時のように立派なカブトムシは二度と見つかりませんでした。
また、あの時の親子にも二度と会うことはありませんでした。
八 りんどう
同じクラスに藤野という男がいました。
夏休みの実習で演習林へ行くときによく自分と同じグループになり、測量などをしながら一緒に歩きました。
見た目にも病弱そうで、背はひょろりと長く、体のわりに頭が小さく、いつも前かがみになって歩く男でした。
無口で、始終何かをぼんやりと考え込んでいるような様子だったので、いつも快活な他の連中からはあまり歓迎されていませんでした。
しかし、ごく気の小さい好人物で、その柔和な目にはどこか人を引きつける力がありました。
自分はこの男の顔を見るたびに、どういうわけか「気の毒な人だ」というような気持ちになりました。
この男の過去や今の暮らしぶりについて、本人が話したことは一度もなく、他人からも聞いたことはありませんでしたが、初めて会ったときから、なんとなく「不幸な人だ」という感じが胸に刻みつけられてしまったのです。
ある夏、演習林へ林道を作る実習に行った時のことです。
藤野のほかに三、四人が一組になって、山小屋で二週間、寝食を共にしました。
山小屋といっても、山の崖に丸太を斜めに立てかけ、その上をむしろや杉の葉でおおい、下には板を敷いただけの粗末なもので、それぞれが毛布にくるまってごろごろと寝るのです。
小屋の隅に石を集めて竈(かまど)を築き、そこに木こりの人足が飯を炊いてくれます。
一日の仕事を終えて山から戻り、岨道(そばみち)から小屋のほうを見上げると、立ちのぼる青い煙が見えて、なんとも愉快な気分になったものです。
こんな小屋でも、家に帰ってきたような安心感がありました。
夜になると、天井の丸太からつるしたランプの光に集まってくる虫を追い払いながら、必要な計算や製図をしたり、時にはビスケットの缶をみんなの真ん中に置いて、腹ばいになりながら無駄話に花を咲かせることもありました。
いつも学校の噂や教授たちの真似をしてはみんなで賑やかに笑い合いましたが、時折、若者らしい少しなまめかしい話が出ることもありました。
そんな時、藤野は人の話を聞いているのかいないのか、どこか不安げな色を浮かべて考え込んでいるようでしたが、時々ポケットから使い慣れた手帳を取り出しては、何か落書きをしていました。
ある夜、ふと目が覚めると山はしんと静まり返っていて、月の光が竈のあたりに差し込んでいました。
小屋の外を歩く足音がするので、むしろの隙間から覗いてみると、青い月光の下を藤野がぶらぶらと歩いていました。
毎朝起きると、決まりきった味噌汁をぶっかけた飯をかきこみ、セオドライトやポールを担いで出かけます。
目的地に着くと機械を据えて、交代で観測を始めます。
藤野は他人の番のときには切り株に腰を下ろしたり、草の上に寝転んだりしていつものように考え込んでいますが、いざ自分の番になると急いで出てきて機械を覗き、熱心に目盛りを読みます。ところが、どういうわけか時々、とんでもない読み間違いをするのです。
ノートを控えている他の仲間から、「それではあまりに違いすぎるようだが」と注意されて読み間違いに気づくと、顔を真っ赤にしてひどく恥じ入り、おどおどしてしまいます。
「どうも失敬した、失敬した」と謝るのです。
なるべく藤野には読ませたくないと誰もが思ったでしょうが、そういうわけにもいかないので、やはり順番で読ませることになります。
すると五回に一度は必ず何かを間違えて、そのたびにひどく恥ずかしがり、悲しそうな顔をするのでした。
そしてズボンの膝を抱えて、さらに深く考え込んでしまうのです。
そんな調子で二週間もほとんど過ぎ、もう引き上げて帰ろうという少し前のことでした。
一日中大雨が降って霧が渦巻き、仕事も何もできないので、みんな小屋にこもって寝ていたときのことです。藤野の手帳が自分のそばに落ちていたのを、何気なく拾い上げて開いてみました。すると、山で見つけたたくさんのリンドウの花がしおりとして挟んであり、いろんな落書きがしてありました。
その中には、銀杏返し(いちょうがえし)という髪型をした女の人の頭がいくつも描かれていて、その周りに「Fate(運命)」という文字が、いろんな書体でたくさん書き散らされていました。
仰向けに寝ていた藤野が起き上がってそれを見ると、青ざめた顔をしましたが、何も言いませんでした。
九 楝の花
一夏、脳の調子が悪くて田舎の親戚の世話になり、一ヶ月ほどのんびりと過ごしたことがありました。
家の前には清らかな小溝が音を立てて流れています。
狭い村道の向こう側は一面の青田で、その先には徳川時代より前の、小さな城跡の丘が見えました。
古風な屋根門のすぐ脇には大きな楝(おうち)の木が茂った枝を広げていて、日盛りの道に涼しい木陰を作っていました。通りがかりの行商人などが、よく門の前で荷物を下ろし、門のところで顔を洗ったあとの濡れ手ぬぐいを口にくわえて、涼んでいることがあります。
ある日の暑い盛り、門の方へ出てみると、木陰で桶屋が釣瓶や桶のたがをはめて作業をしていました。
きれいに掃き清められた道には、青竹の削りくずや鉋(かんな)くずが散らばり、楝(おうち)の花がはらはらとこぼれ落ちています。
桶屋は、顔に黒いあばたがある、一癖ありそうな男です。
手ぬぐい生地の肌着から黒い胸毛をのぞかせ、たくましい腕で木槌をふるっています。
槌を打つ音が向こうの丘に反響し、静かな村里に響き渡ります。
稲田には強烈な日光がまぶしいほどに降り注ぎ、田んぼは暑さの中で眠っているように見えます。
そこへ羅宇屋(ラオヤ:キセルを修理・掃除する職人)が一人やってきて、桶屋のそばに荷物を下ろしました。
古く、しかも小さすぎて胸の合わせ目が届かない小倉織の洋服を着て、腰から下は股引と脚絆(きゃはん)をつけ、素足に草鞋(わらじ)を履いています。
古い冬用の中折れ帽を深くかぶっていますが、頭はきれいに剃り上げた坊主頭のようです。
「今日もカツオが獲れたのかねぇ」と羅宇屋が話しかけました。
桶屋は「獲れたって? このごろはどれだけ獲れても、みんな蒸気船で都会へ積み出してしまうから、こっちの口には入らねえよ」と言って、やけに桶をポンポンと叩きます。
コメント