初級翻訳・花物語 第2話

寺田 寅彦

落ちた花は朽ちて腐り、一種の甘いような強い香気が小庭に満ちました。
このあたりに多い大きなハエが、ブンブンと勢いよく羽音を立ててこれに集まっています。
力強い自然の旺盛な生命力が、脳を襲ってくるように思われました。
この花の散る窓の内側には、内気な娘が閉じこもって、読書や針仕事の練習をしていました。
自分がこの家にはじめて来た頃、娘はちょうど十四、五歳ぐらいで、桃割れに結った髪を額に垂らしていました。
肌は黒く、顔立ちも特別美しいというわけではありませんでしたが、目が涼しげで、どこか可愛らしい子でした。
主人夫婦の間には年をとっても子供がおらず、親類の子供をもらって育てていたのです。
娘のほかに大きな三毛猫がいるだけで、むしろ寂しい家庭でした。
自分はいつも無口な変人だと思われていたくらいで、宿の人と親しい無駄話をすることもめったになければ、娘に優しい言葉をかけたこともありませんでした。
毎日の食事時には、この娘が駒下駄の音をさせて迎えに来るのです。
土地のなまった言葉で「御飯おあがんなさいまっせ」と言い捨てて、スタスタと帰っていきます。
初めはほんの子供のように思っていましたが、一夏、また一夏と帰省してくるごとに、どことなく大人びてくるのが自分の目にもよく分かりました。
卒業試験の前のある日、日が暮れる頃に復習にも飽きて離れの縁側へ出ると、栗の花の香りは慣れた身にも染みるようでした。
主家の前の植え込みの中に、娘が白っぽい着物に赤い帯を締めて、猫を抱いて立っていました。
自分のほうを見て、いつにない顔を赤くしたらしいのが、薄暗い中にも分かりました。
そして真っ直ぐにこちらを見つめて不思議な笑顔を浮かべましたが、何かに追われるように座敷のほうへ駆け込んでいきました。
その夏を限りに自分はこの土地を去って東京に出ましたが、翌年の初夏ごろ、ほとんど忘れていた吉住の家から手紙が届きました。
娘が書いたものらしかったのです。
年賀の挨拶以外には便りを聞かせたこともなかったのですが、どう思ったのか、細々とその地の様子を知らせてきました。
自分の元借りていた離れは、その後誰も下宿していないそうです。
東京という所はさぞかし良い所だろう。
一生に一度は行ってみたいというようなことも書いてありました。
別にこれといった内容ではありませんが、どこか艶っぽいのは、やはり若い人の筆だからでしょう。
一番最後に「栗の花も咲き候。やがて散り申し候」とありました。
名前は母親の名が書いてありました。

四 のうぜんかずら

 小学時代に一番嫌いな学科は算術でした。
いつでも算術の点数が悪いので、両親は心配して、中学の先生を頼んで夏休み中に先生の家へ習いに行くことになりました。
家から先生の所までは四、五町(約四、五百メートル)もあります。
家の裏門を出て小川に沿って少し行くと村外れに出ます。そこから先生の家の高い松が、近所の藁屋根や植え込みの上にそびえて見えるのです。
その松には、のうぜんかずらが下から隙間もなく絡みついていて、とても美しい姿でした。
毎日昼前に母から注意されて、嫌々ながら出かけていきます。
裏の小川には美しい藻が、澄んだ水底でうねりを打って揺れています。
その間を小鮒の群れが、白い腹を光らせて時々通り過ぎます。
子供たちは丸裸の背中や胸に泥を塗っては小川に入って、ボチャボチャと遊んでいます。
竹で水車を仕掛けている子がいれば、たらいの船に乗って流れていく子もいます。自分は、うらやましい気持ちをぐっとこらえて、川沿いの岸辺の草をむしりながら、石盤を抱えて先生の家へと急ぎました。
寒竹(かんちく)の生け垣をめぐらせた門をくぐると、玄関のわきの坪には、むしろを敷き詰めた上で、たくさんの繭(まゆ)が干してありました。
玄関から声をかけて案内を請うと、肌の黒い奥さんが出てきて、「暑いのに、本当によく頑張りますねえ」と言って、座敷へと案内してくれました。
きれいに掃除の行き届いた庭に面した縁側の近くに、低い机を出してくれます。
先生が出てきて、黙って床の間の本棚から算術の例題集を出してくれました。
横に長い、黄色の表紙の木版刷りの古い本でした。
「甲と乙、二人の旅人がいて、甲は一時間に一里歩き、乙は一里半歩く……」といったような問題文を読んで、その意味を教えてくれて、「これをやってごらん」と言われます。
先生は縁側へ出てあくびをしたり、勝手の方へ行って大きな声で奥さんと話をしたりしています。
自分はその問題を前に置いて、石盤の上で石筆をコツコツと鳴らしながら考えます。
座敷の縁側の軒下には投網がつり下げられていて、長押(なげし)のようなところには釣竿がたくさん掛けてありました。
何時間で乙の旅人が甲の旅人に追いつくか、ということがどうしても分かりません。考えていると頭が熱くなり、汗をかいた足にズボンがまとわりついて、とても気持ちが悪いです。
頭を抱えて庭を見ると、笠松の高い幹には、真っ赤なノウゼンカズラの花が、暑苦しいほどに咲き誇っていました。
ちょうど良い頃合いに先生が出てきて、「どうだ、難しいか。どれ」と言って、自分の前へ座ります。
ラシャ切れを丸めた石盤拭きで、端から端まで一度きれいに拭いてから、ゆっくりと丁寧に説明してくれます。
時々「分かったか、分かったか」と念を押して聞かれますが、ほとんど理解できていないので、なんだか無性に悲しくなりました。
うつむいていると、鼻水が自然と垂れてきそうになるのを、じっとこらえます。いよいよ落ちそうになると、思い切ってすすり上げますが、これもまた辛いことでした。
昼ごはん時が近くなるので、勝手の方からは食器の音がしたり、物を焼く匂いがしたりします。
お腹が空くのも辛かったです。
繰り返して教えてくれても、結局あまりよく理解できていないと分かると、先生も悲しそうな声を少し高くすることがありました。
それがまた、たまらなく悲しく感じられました。
「もうよろしい、また明日おいで」と言われると、一日の務めがともかく終わったような気がして、大急ぎで帰ってきました。
家では何も知らない母が、いろいろと涼しげなごちそうを用意して待っていて、汗だらけの顔を冷たい水で洗ってくれて、ちやほやしてくれるのが、また妙に悲しいことでした。

五 芭蕉の花

 すっかり晴れ上がって、急に暑くなりました。
朝から手紙を一通書いただけで、何をする元気もありません。
何度も机の前へ座ってみるのですが、すぐに苦しくなって、つい寝そべってしまいます。
時々涼しい風が吹いてきて、軒先のガラスの風鈴がチリンと鳴ります。
床の間の方には、蚊帳(かや)の中に俊坊が顔を真っ赤にして、枕を放り出してうつぶせに寝ています。
縁側へ出てみると、庭はもう半分が日陰になっていて、日陰と日向の境目を、蟻がうろうろと出入りしています。
このあいだ上田の家からもらってきたダリアは、どうしたことか少し芽を出しかけたままで、大きく育ちません。
戸袋の前に大きな葉を広げたバショウ(芭蕉)の一株には、今年、花が咲きました。
大きな厚い花びらが三つ四つ開いたばかりですが、とうとう開ききらずに朽ちてしまうのか、少ししなびかかって見えます。

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