目から鼻へ抜ける(※とても抜け目なくて賢いこと)というのは、まさにあの子のことだな。
とても七歳や八歳の知恵とは思えないよ」
とお祖父さんは口癖のように言う。
家族だけでなく、碁を打ちに来るお客さんや、謡曲(能の歌)の相手をする友人までが、三度に一度は可愛い孫の素晴らしいエピソードを聞かされることになる。
「あんなふうに見えて、浩二はなかなかに優しいところがある子だよ。
おばあちゃんは目が悪いからってね……」
とお祖母さんも、浩二に一度針へ糸を通してもらっただけの話を、何度も何度も自慢げに話すのだ。
同じことを言ったりしたりしても、一番年下の末っ子が一番たくさん褒められる。
これが、郁子、敏子、千代子のお姉ちゃんたちにとっては少し不満だった。
「自分たちは女の子だから可愛がられないのかな」というちょっとしたひがみも、少しばかり混じっている。
「おじいちゃんもおばあちゃんも、年をとってボケてきちゃったんだわ。
だからあんな赤ん坊みたいな子が言うことばかり、なんでもかんでも感心するんだから」
「おばあちゃんに糸を通してあげたことなら、私の方がもっといっぱいやってるわよ。
何を頼まれたって、私、一度も嫌な顔なんてしたことないもの!」
と、上の二人は時々本気で怒り出す。
「私なんて、浩ちゃんと喧嘩すると、決まって私が悪いことにされちゃうんだもん」
と、千代子にもそれなりの言い分がある。
たった二歳違いで良い遊び相手ではあるのだけれど、ビー玉を一個やり取りするだけでも、どちらかの機嫌が悪くなるとすぐに大騒ぎになってしまうのだ。
しかし、お祖父さんにしてもお祖母さんにしても、孫たちはみんな一人残らず可愛くて仕方がない。
愛情はみんな同じように注いでいるつもりなのだが、どうしても一番小さい子に一番心が惹かれてしまうのだった。
こういう傾向は、どこの家庭でもよく見られるものだ。
いわば、人生の旅のゴールにたどり着いたお年寄りにとって、その出発点に一番近い孫という存在が、たまらなく愛おしいのだろう。
秋もすっかり深まったある日曜日の午後、お祖父さんが茶の間にフラリと入ってきて、
「お鶴や、浩二は実にうまいことを言うんだよ。
お父さんはすっかり感心してしまったよ」
とお母さんに話しかけた時、敏子はすかさず郁子の袖をクイクイと引っ張った。
「お姉ちゃん、また始まったよ」
「浩ちゃんは本当にずるいよねえ。
何を言っても褒められるんだから」
と郁子もコソコソとささやいた。
「まあ、浩二は一体何を言ったんですの?
またおばあちゃんの悪口じゃありませんでしょうね?」
とお母さんは内職の手をふと止めた。
「あの子は父親に似て、悪口も確かに上手だがね、今日のはそういうのじゃないんだ。
本当にお父さんは感心したんだよ」隠居部屋へ来て火鉢の側に座っていたが、間もなく『お祖父さん、お祖父さん』と俺を呼んでね……」
とお祖父さんは煙草の灰を落とすために言葉を途中で止めた。
「それで感心なさったの?」
と敏子はさっそく第一の矢を放った。
郁子と目くばせをし合いながら、今日は自分たちも攻めていこうと相談がまとまっていたのだ。
僕はその様子を傍らでじっと観察している。
普段は学校や入学試験の勉強で忙しくて、日曜日や祝日以外にはいつもの観察の修行をする暇がないのだ。
「いや、火鉢のところに座っていてね、『お祖父さん、この鉄瓶がお父さんなら、この銅壷(どうこ)はお母さんね。二つで夫婦のようね』と言ったのさ。俺はすっかり感心してしまったよ」
「あら、それくらいのことなら、どこの子だって言いますわ」
と、今度は郁子がいじわるく突っかかった。
「いや、なかなかそうは言えないものだよ。この鉄瓶と銅壷を見ても分かるとおり、実に調和が良い。どちらにも不満はなさそうだ。円満な夫婦らしい。俺も長年なんとなくそう感じていたんだが、浩二にそう言われて、なるほどと思い当たったのさ。『おんぶした子供に浅瀬を教えられる(自分より幼い者から教えられたり、助けられたりする)』とはまさにこのことだな。鉄瓶と銅壷を夫婦に見立てたところが素晴らしい。それじゃあこの火鉢は何だろうと訊いたら、『火鉢は男でも女でもない』と答えた。そこで俺はまた感心したんだ」
「本当によく感心なさるのね」
と敏子は、これ以上どう攻めていいか作戦が思いつかない。
「いや、お前たちは知らないだろうが、ドイツ語では名詞が男性・女性・中性の三種類に分かれているんだ。英語と違って複雑だからね」
「フランス語もそうだそうですってね?」
と僕は口を挟んだ。
僕は英語を勉強しているし、お父さんもイギリスびいきで「ロンドン・タイムス以上の新聞は世界にない」と信じている人だから、ドイツばかりがすごいように言われるのはあまりいい気がしないのだ。
「フランス語は男性と女性だけだよ。ドイツ語より簡単だ。つまり浩二はドイツ式にものを見ているからすごいんだよ。やっぱり頭がいいんだね」
とお祖父さんは、少尉か中尉の頃にドイツへ留学したことがあるものだから、大変なドイツびいきなのだ。
なにしろ、前のカイゼル(ドイツ皇帝)がまだ皇太子時代で、ビスマルクもモルトケも生きていたという時代の人だから、その思いが身に染みている。
第一次世界大戦のときも、最後までドイツが勝つと信じ続けていた、筋金入りの陸軍将校の一人なのだ。
「とっても難しいんでございますわね」
とお母さんは、誰が褒められても嬉しそうに微笑んだ。
「どこへ行ったんだい? 浩二は」
「庭で千代子と遊んでいるんじゃないでしょうか」
「そうかい。なるほど、声が聞こえる。あんなに利口な子どもは、特に教育が大切だね。あのまま順調に育っていけば、将来は大人物になるぞ。まあまあ、あまり褒めて調子に乗らせないようにしないとな」
とお祖父さんは自分のことは棚に上げて、
「ははあ、郁子も敏子もすっかりおとなしくなったな。ドイツ式に圧倒されたと見える」
とからかった。
「圧倒されはしませんけれど、確かにバカではないわね」
と郁子は少しだけ譲歩した。
「お祖父さん、泥棒をケモノだと思っていたのも、やっぱりドイツ式なんでしょうかね?」
と敏子は納得がいかない様子だった。
次女というのは、家の中で一番不満が多いものだ。
お兄ちゃんもいればお姉ちゃんもいる。
妹もいれば弟もいる。
あらゆるものを持っていることがかえって不満の種になるのだ。
上の子は得をしているように見えるし、下の子は可愛がられて得をしているように思える。真ん中にいる自分だけが、どうしてもうまくいっていないように感じてしまうのだ。
「あれはただの勘違いさ」
とお祖父さんは敏子をなだめるようにニコニコした。
「勘違いでも、浩ちゃんなら笑われないんですものね。ずるいわ」
「でも、子供だからさ」
「お祖父さんはあの時、すごく褒めていらっしゃいましたわ。道徳的な勘違いで、ものすごく深く考えているからこそ出来ない間違いだって仰いましたわ」
と敏子はさらに畳みかけた。
「よく覚えているものだなあ。お前に理屈を言われるとお祖父さんはまったく敵わないよ。ちゃんと筋道が通っているからね。それに、物覚えの良さではお前が一番だよ。
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