初級翻訳・論語物語 第7話

下村 湖人

それは、顔淵が、孔子の片言隻句からでも深い意味をさぐり出して、それを事上に錬磨することを怠らなかったからである。
顔淵は、実に、一を聞いて十を知る明敏な頭脳の持主であった。
だが、孔子の心をひきつけたのは、彼の頭脳ではなくて、その心の敬虔さであった。
顔淵のこの心こそは、真に人生の宝玉である、と孔子はいつも思っていたのである。
子路もまた孔子の愛弟子の一人であった。
彼は、孔子の門人の中での最年長者であり、孔子と年が僅か九つしかちがっていなかったが、心は誰よりも若かった。
そして、その青年らしい、はち切れるような元気が、いつも孔子をほほ笑ましていた。
けれども、その愛は、顔淵に対する愛とは、まるで趣のちがった愛であった。
孔子は、顔淵に対しては、ほとんど真理そのものに対する愛、といったようなものを感じていたが、子路に対しては、そうは行かなかった。
孔子は、子路について、たえず深い憂いを抱いていた。
それは、子路が、いつもその自負心のゆえに、浅っぽくものを見る癖があったからである。
彼は、道を実行する勇猛心においては、門人たちの誰にも劣らなかったが、その実行しようとする道は、いつも、第二義、第三義的なものになりがちであった。
そして、ややもすると、彼は、みずから正義を行っていると信じて、却ってまっしぐらに、反対の方向に進んで行くことすらあった。
元気者であり、実行力が強いだけに、彼のそうした危険も、一層大きかったのである。
こんなわけで、孔子は、子路の元気なところを見ていると、いつも微笑せずには居れなかったが、その微笑は、そう永くはつづかなかった。
微笑のあとには、きまって、深い寂しさが彼の胸を一ぱいにするのだった。
ことに、こうして淡い夕暮の光のなかで、顔淵と子路の二人だけを相手にして坐っていると、顔淵の病弱なからだにくらべて、子路がいかにも豪壮な様子をしているにかかわらず、孔子の眼には、子路が見すぼらしく、空っぽに見えて仕方がなかった。
で、今日は一つ、しんみりと子路を反省させるように仕向けて見たい、と思ったのである。
子路を反省させるには、実際、こんないい機会はめったに見つからなかった。
自負心の強い子路は、沢山の門人たち、ことに彼が、学問において自分よりも後輩だ、と思っている門人たちのなかで、孔子に真正面から訓戒されることは、その堪えられないところであった。また、かりに遠まわしに諭されて、それが自分に対する皮肉だとわかったとしても、彼は恐らく、「それは自分には関係のないことだ」といったような顔つきをして、その場をごまかしてしまったことでしょう。
それほどまでに、彼のプライドは頑固だったのです。
けれども、彼のその強いプライドも、顔淵(がんえん)に対してだけは、そこまで強く働くことはありませんでした。
顔淵は、誰に対してもそうであったように、年上の子路(しろ)に対しては、とりわけ徹底して謙虚でした。
時には、子路が言った言葉を、子路自身が考えていたよりもさらに深い意味に受け取って、心から子路に頭を下げるようなことさえあったのです。
そんな時には、さすがの子路も少し照れくさい気持ちになりましたが、顔淵が自分のことを高く評価してくれるのを、内心では嬉しく思わずにはいられませんでした。
このようにして、子路は顔淵に対して、日頃からどこか安心感と親しみを感じていたのです。
そのため、顔淵の前でだけなら、孔子に少しぐらい何かを言われても、それほど苦痛には感じないようでした。
孔子もそのあたりの事情をよく分かっていたのです。
孔子としても、子路のそうした心を悲しく思わないわけではありませんでしたが、子路を諭すチャンスとしては、やはり他の人がいない方がいいと考えていました。
それでも孔子は、決して子路を真正面から厳しく非難するようなことはしませんでした。
彼は子路だけに直接言う代わりに、二人にむかってそれとなく話しかけたのです。
「どうじゃ、今日はひとつ、お互いの理想のようなものを話し合ってみないか」

この言葉を聞くと、子路は目を輝かせ、体を乗り出して、すぐに話し出そうとしました。
孔子はそれに気づきましたが、わざと目をそらして顔淵の方を見ました。
顔淵は、ただ静かに目を閉じていました。
彼は自分の心の奥底で、何かを探し求めているかのようでした。
子路は、自分に話すチャンスを与えてくれなかった孔子の意図が分かりませんでした。
そして、ちょっと不満そうに、
「先生!」
と呼びかけました。
そこで孔子も仕方なく、再び子路の方を振り返りました。
「先生、私は、もし自分が政治の要職につくことができたり、立派な馬車に乗ったり、上等な毛皮の着物を着たりするような身分になったとしても、友人と一緒にそれに乗り、友人と一緒にそれを着て、たとえ友人がそれらを傷つけてしまったとしても、決して恨みに思わないような人間でありたいと願っております」

孔子は、子路が物欲を超越したようなことを言いながらも、その前提に自分の出世を置き、友人のことを自分よりも下のものに見ているような気持ちがして、非常に不満に感じました。
そして、促すように再び顔淵の顔を見ました。
顔淵は、いつものように謙虚な態度で子路の言葉に耳を傾けていましたが、もう一度自分の心を探るように目を閉じてから、静かに口を開きました。
「私は、自分の善い行いを自慢せず、自分の苦労をこれ見よがしに言わず、自分のやるべきことを、ただただ真心をこめて行いたいと思うだけです」

孔子は、軽くうなずきながら顔淵の言葉を聞いていました。
そして、それが子路にどう響いたかを確かめるために、もう一度子路の方を振り返りました。
子路は、顔淵の言葉に何か深い意味があるように感じました。
そして、自分の述べた理想が、それに比べていかに表面的で軽薄なものであるかに気づき、少し恥ずかしくなりました。
しかし悲しいことに、彼のプライドが同時にむくむくと頭をもたげたのです。
そして、彼はそっと顔淵の顔をのぞき込みました。
しかし顔淵は、いつものように敬虔(けいけん)な態度で座っているだけで、子路の述べた理想をバカにしているような様子は微塵もありませんでした。
子路はそれでひとまずホッとしました。
けれども子路としては、孔子がどう思っているのかが、何よりも心配でした。
そして、一種の気味悪さを感じながら、孔子の言葉を待ちました。
しかし孔子は、じっと彼の顔を見つめているだけで、何も言いませんでした。
かなり長い間、沈黙が続きました。
子路にとっては、それは息が詰まるような時間でした。
彼は目を伏せて孔子の膝のあたりを見ましたが、それでも孔子の視線が自分の額のあたりに注がれているのを感ぜずにはいられませんでした。
彼は少しイライラしてきました。
そして、顔淵までが黙り込んで慎ましやかに控えているのが、ますます彼の神経を逆なでしました。
彼は顔淵に対して、これまでにない腹立たしさを感じたのです。
そしてついに我慢できなくなり、詰め寄るように孔子に言いました。

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