彼は孔子の声を聞くとスッと立ち上がり、子貢のすぐそばまで歩いていくと、孔子に向かって丁寧な一礼(揖=ゆう)をした。その姿は、まるで青々としたアシが風に優しく揺れているかのようだった。
孔子は彼をじっと見つめながら、こう言った。
「詩の中に、『サイではなく、トラでもない。それなのに、彼らは広大な野原へと連れ出されていく』とあるが、今のわしは野獣と少しも変わらない。どうじゃ、わしの道が間違っているとは思わないかね?」
「私の考えでは――」と、顔回は立ったままで答え始めた。
孔子は手を振って、
「立ったままでは疲れるだろう。ゆっくり座って答えるといい。」
と言った。
顔回は腰を下ろした。
しかもその姿勢は、あくまでもシャキッと引き締まっていた。
彼は孔子の膝のあたりに視線を落としながら、言葉を続けた。
「先生の道は、この上なく大きくて素晴らしいものです。だからこそ、今の世の中の人々にはすんなりと受け入れてもらえないのです。しかし、私は先生に、この道を信じて力強く進んでいっていただくことを心からお祈りしております。たとえ世間に受け入れてもらえなくても、心配することは少しもありません。むしろ、受け入れてもらえないからこそ、先生が本物の君子であられることがはっきり証明されるのです。そもそも私どもは、ただただ自分たちの『道』がしっかりと修まっていないことを恥ずかしく思っていればいいのです。道が大いに修まった人がいるのに、それが世の中で用いられないとしたら、それは国を治めるリーダーたちの恥でなければなりません。重ねて申します。世間に受け入れられないことなどを心配する必要は断じてありません。むしろ、受け入れてもらえないその場所にこそ、君子の君子たる本当の価値が力強く発揮されていくのです。」
顔回の頬は、ほのかに赤く染まっていた。
彼は言い終わると、再びスッと立ち上がり、孔子に向かって丁寧なおじぎをした。
孔子は、心から嬉しそうに、顔いっぱいにニコニコとした笑顔を浮かべて言った。
「さすがは顔氏の血を引いた子じゃ。もしお前にたくさんの財産があったら、わしはお前の家来(執事)にでもしてもらうところじゃがな。はっ、はっ、はっ!」
夜はすっかり明けきった。
孔子は子貢を手招きして言った。
「子貢、お前はすぐこれから城父(じょほ)という街に行って、楚(そ)の軍隊に助けを求めてきなさい。」
子貢はハッとして、あたりを見回した。
包囲を抜け出すには、もう明るくなりすぎていて危険だと彼には思えたからである。
しかし、孔子はニコニコしながら言った。
「もう今日で六日目じゃ。敵の包囲軍の兵士たちも、すっかり疲れているにちがいない。それに幸い夜も明けたし、今頃は安心して、ちょっと一眠りしようとしているところだと思うがね。」
孔子の言葉どおり、敵の包囲網にはあちこちに隙ができていた。
そのため、子貢は何の苦労もなく包囲を抜け出し、楚の軍隊と連絡をとることができたのである。
翌日、陳(ちん)と蔡(さい)の国々による包囲はついに解かれた。
そして孔子の一行は、楚の軍隊からとても温かく手厚くもてなされ、まもなく楚の王様である昭王(しょうおう)にお目にかかることになったのである。
1 先生(孔子)はおっしゃった。「芽を出しても、そこから立派に穂を出すことのない者もいるだろうか。たとえ穂が出ても、しっかりとした実を結ばない者もいるだろうか。」(『論語』子罕篇より)
2 先生はおっしゃった。「(愛する弟子たちを)心から大切に思いながら、どうして厳しい苦労をさせないことがあろうか、いや、させるべきだ。彼らに誠実に向き合いながら、どうしてしっかりと教え導かないことがあろうか、いや、導かなければならない。」(『論語』憲問篇より)
3 先生はおっしゃった。「たとえば、ここに大きな山を築いているようなものだ。あと一握りの土を盛れば完成するというところで(やめてしまい)、作業をそこでストップさせるなら、それは自分で自分からストップさせたことになる(=すべての努力が水の泡になる)。また、たとえばでこぼこの地面を平らにならすようなものだ。たとえ一握りの土であっても、そこに(コツコツと)盛っていけば、着実に仕事は進んでいるのだ。だから、たとえ一握りであっても、前へ進むのは自分自身の力によるのである。」(『論語』子罕篇より)
(註――この物語の大体の筋は、孔子の伝記の中でも最も古いといわれている、司馬遷の歴史書『史記』の「孔子世家(こうしせいか)」に依っている。『論語』の本文の中には、「サイではなく、トラでもない」以下の問答は実際には見出すことができない。)
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### 病める孔子と子路
子|疾病なり。子路祷らんことを請う。子曰く、諸ありやと。子路対えて曰く、之あり。誄に曰く、爾を上下の神祇に祷ると。子曰く、丘の祷るや久しと。――述而篇――
さすがにいつもは元気いっぱいの子路も、この日はぐったりと椅子にもたれかかり、深い物思いに沈んでいた。
孔子が病気で床に伏せるようになってからというもの、彼はほとんどつきっきりで、夜も眠らずに看病を続けてきた。
もうそろそろひと月にもなろうというのに、病気はよくなるどころか、重くなる一方である。
とりわけ、この二、三日はめっきりと弱っているのが目に見えてわかるほどだった。
昨夜の病状など、どう見てもただごとではない様子だった。
(もしや……)
そう思うと、子路はもう頭が真っ白になり、何もかも手につかなくなってしまうのだった。
彼は隣の部屋に下がると、しばらくの間、魂が抜けたようにぼんやりと天井の隅を見つめていた。
病室からは、時おりお弟子たちのひそひそ話が聞こえてくる。
彼はだんだん気が遠くなり、なんだか自分がこのまま死んでいってしまうような不思議な気持ちにとらわれ始めた。
(どこまでも先生のお供がしたい。)
彼はその時、心からそう思ったのだ。
そして、かつて彼が孔子に「死とは何か」について尋ねたとき、孔子が「生きることの本当の意味がまだはっきりわからないうちに、どうして死の本当のことがわかるものか」と答えてくれたことを思い出した。
(死が何かなんて、そんな難しいことはわからなくてもいい。ただ、死んだあとに世界があって、いつまでも先生のすぐそばにずっと寄り添うことができさえすれば、それでいいんだ。)
彼はそんなことばかりをずっと考えていた。
そして、明日にも孔子と一緒に、遠い未知の世界へ旅立てるような気がしてきて、どこか寂しいけれど温かい喜びに浸っていた。
しかし、それはほんの一瞬の出来事だった。彼は急にハッと目が覚めたように立ち上がった。
(なんだ、俺は心のどこかで先生の死を望んでいたのか!)
彼はまるで汚いものでも払いのけるように、自分の胸を両手で激しくかきむしった。
それから、立ったまま、じっと病室の方に耳をすませた。
病室は不気味なほど静まりかえっている。
彼は、さっきまで腰掛けていた椅子のまわりを、音を立てないように足音を忍ばせながら歩きまわり、自分のあまりの意気地なさを心の中で厳しく叱りつけた。
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