彼はそう思うことによって無限の喜びを感じた。
(自分の歩いて来た道は、万人の道だ。
自分は今、何人が自分の言葉に従って自分のあとを歩もうとも、いささかの不安も感じない。
なぜなら、自分の言葉には、ただの一つも空想がなかったからだ。
自分は自分の言葉を、残らず実践によって証明してきたのだ。
いや、実践の後にこそ自分の言葉が生れてきたのだ。
)彼は立ち上がって空を仰いだ。
空はやはり果てしなく青かった。
そして泰山の土が、がっちりと彼の脚を支えていた。
門人たちは、めいめいの心境に応じて、孔子の言葉を胸の中で繰り返しながら、孔子の姿を仰いだ。
誰も一語を発する者がなかった。
孔子は空を見ていた目を彼等のほうに向けた。
彼はその瞬間、ふと彼等との、永遠の別れを思った。
そして、彼等のうち真に自分の言葉を理解してくれる者が、一人でもあるだろうかと思った時に、彼は知らず知らず深い孤独感に襲われた。
彼はつぶやくように言った。
「わしは、しかし、誰にもわかってもらえないのじゃ。
」
子貢は、その言葉を聞くと、少し興奮して立ち上がった。
そして、孔子に近づきながら、問いただすように言った。
「先生はどうしてそんな事を仰るのです。
先生の大徳が誰にもわからないなんて、そんな事があり得ましょうか。
」
孔子は、しかし、それには答えず、やはり独り言のように言った。
「わしは天を恨もうとも、人を責めようとも思わぬ。
わしはただ自分の信ずるところに従って、ちょうどこの泰山の麓から、頂上に上るように、低いところから、一歩一歩高いところに上ってきたのじゃ。
わしの心は天のみが知っている。
」
子貢は、いかにも残念そうな顔をして、もう一度何とか言おうとした。
孔子は、しかし、じっと彼の目を見据えながら、
「子貢、いいか、わしの道はただそれだけじゃ。
」
子貢は、はっとして口をつぐんだ。
間もなく彼等は泰山を下った。
伝説によると、彼は家に帰ってから、彼が成し遂げた古典編纂の事業を記念するために、ひそやかな祭典を行い、同時に弟子たちを集めて厳かに、永遠の訣別を告げ、
「師としての自分の任務はこれで終った。
これからはもう師でなくて友人だ。
」
と宣言したそうである。
孔子がその一生の幕を閉じたのは、七十四歳の春であった。
死の七日前、彼は子貢に対して涙を流しながら、次のような歌を歌って聞かせたと伝えられている。
「泰山それ壊れんか
梁木それ摧(くだ)けんか
哲人それ萎(しお)れんか。
」
1 大宰(ださい)が子貢に問うて言った、「夫子(ふうし)は聖者なのだろうか、どうしてあんなに何でもできる多能な方なのだろうか」と。
子貢が言った、「もともと天がその才能をおおらかに伸ばしてくださって、ほとんど聖人の域に達し、また多能でいらっしゃいます」と。
先生(孔子)がこれをお聞きになって言われた、「大宰は私のことをよく知ってくれているのだろうか。
私は若い頃は身分が低く貧しかった。
だからつまらない実務や雑用にもいろいろと通じているのだ。
君子というものは、そんなに何でもできるものだろうか。
いや、そんなに何でもかんでもできるわけではないのだ」と。
牢(ろう=子路)が言った、「先生はついに世に用いられなかった。だからこそ、こうしたさまざまな芸や技を身につけることができたのだと、先生はおっしゃっていた」と。(子罕篇)
2 (先生が)言われた、「私は先人の教えをそのまま伝え、自分で新しい経典を作ったりはしない。
古(いにしえ)の道を心から信じ、昔のことを深く愛している。
私はひそかに自分を、昔の賢人である老彭(ろうほう)になぞらえているのだ」と。(述而篇)
3 斉の景公(けいこう)が政治のあり方を孔子に尋ねた。
孔子が答えて言われた、「君は君らしくあり、臣は臣らしくあり、父は父らしくあり、子は子らしくあることです」と。
公が言われた、「素晴らしいことだなあ、まったくだ。もし君が君らしくなく、臣が臣らしくなく、父が父らしくなく、子が子らしくなければ、たとえ山のように穀物(粟)があったとしても、私はそれを安心して食べることができようか、いやできまい」と。(顔淵篇)
4 一番の自慢の弟子である顔淵(がんえん)が、大きくため息をついて、こう感心しました。
「先生の教えを仰ぎ見ようとすると、見れば見るほどどこまでも高く、どん欲にその奥へ切り込もうとすればするほど、ますますがっちりと堅牢です。
目の前にあると思ってふと気を抜くと、いつの間にか目の前を通り過ぎてはるか後ろにいる。
先生は、いつも優しく順序を追って、私たちを上手に導いてくださる。
私たちの知恵や知識を、たくさんの古典や学問で広く豊かにしてくださりながら、同時にそれを『礼(正しいマナーや道徳)』できっちりと引き締めてくださる。
もう勉強をやめようと思っても、その魅力に惹かれてやめることができない。自分のもっている才能の力をすべて出し尽くしたような気持ちになる。
先生は、ただ一人ぽつんと、あまりにも見事にそびえ立っておられる。
あの先生のあとを追いかけよう、同じ境地にたどり着こうと心から思っても、どうやったらそこにたどり着けるのか、その方法すら見つからないのです……!」
(子罕篇)
5 ある時、先生(孔子)がつぶやかれました。
「ああ、誰も本当の意味で、この私の真価を分かってくれてはいないのだなあ……」
それを聞いた子貢が、びっくりして言いました。
「先生、どうしてそんな悲しいことをおっしゃるのですか! 誰も先生のことを分かっていないなんて、そんなことがあり得ましょうか!」
先生は静かにこう答えられました。
「いや、私は天を恨みもしなければ、人を責めもしない。ただ、身近な人間のくらしや現実の基礎(下学)をしっかりと学び、そこから人間を超えた大いなる真理や天の法則(上達)へと、一歩一歩のぼりつめてきたのだ。
だからこそ、この私の本当の生きざまや心の中を分かってくれるとしたら、それはもう、この天の他にはないのだよ」
(憲問篇)
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