初級翻訳・論語物語 第49話

下村 湖人

……子貢も安心してくれ。
やはり、いい買手がついたら、身売りをしたいのが、わしの本心じゃ。
ははは。」

今度は子貢が顔を真っ赤にした。
顔淵と、閔子騫と、漆雕開の顔には、かすかな微笑が浮かんだが、それは一秒とたたないうちに消えてしまった。
孔子は間もなく座を立ったが、それまで、みんなは厳粛な沈黙をつづけて、めいめいに何事かを考えつづけていた。

1 子曰く、三年学びて穀に至らざるは、得易からざるなりと。(泰伯篇)
2 孔子季氏を謂う。八※(はちいつ)庭に舞わす。是をしも忍ぶべくんば、孰れをか忍ぶべからざらんやと。(八※篇)
3 子曰く、君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩ると。(里仁篇)
〔註――「桴に乗りて海に浮ぶ」云々の一節は、原文では、孔子が子路を他の人に向つて批評したことになつているが、この物語では、それを両人直接の対話として取扱って見た。〕

永遠に流るるもの

子、川の上に在りて曰く、逝く者は斯くの如きかな。昼夜を舎かずと。――子罕篇――

偉大な沈黙を守って、夕陽はそろそろと草原の果に沈みはじめた。
水の流れはゆるやかに、鈍びた紅を底深く溶かしこんで、刻一刻と遠い狭霧の中に巻き収められて行く。孔子は、今日もたった一人の童子を連れて、広々とした河原にたたずんでいます。
夕暮れに包まれた広大な世界の中で、その姿は寒々しく、そして厳かです。
七十年もの間、努力に努力を重ね、自分を磨きに磨いてきた彼の生涯は、振り返ってみれば孤独への一本道でした。
長い間あちこちを旅したにもかかわらず、彼は結局、世の中に正しい道を行き渡らせてくれるような、一人の素晴らしい君主も見つけることができませんでした。
五十年間苦楽を共にしてきた妻の上官氏にも、先立たれてしまいました。
一人息子の伯魚の死でさえ、彼は見送らなければならませんでした。
そして何よりも胸が張り裂けそうだったのは、三千人いる弟子の中で、自分の教えをしっかりと受け継いでくれる唯一の人として、最も大きな期待をかけていた顔回が、若くしてこの世を去ってしまったことです。
妻の死にも、息子の死にも耐えることができた彼でしたが、顔回の死に際しては、あまりのショックに正気を失いかけました。
「1わしは天に見放されたのだ、天に見放されたのだ!」
と、思わず叫んでしまったのです。
そして棺の前に立った時、彼はもう我慢できなくなって、声を上げて激しく泣きじゃくったのでした。
いつもは気丈な先生があまりにも取り乱していたので、一緒について来ていた弟子たちもびっくりして、帰り道にこう言いました。
「2今日は先生も、声をあげてお泣きになりましたね。」
孔子の心の揺れは、まだ完全に収まっていませんでした。
彼は答えました。
「そうか、そんなにわしは泣いたのか。
だが、顔回のために泣かないで、いったい誰のために泣けというのか。」
何日経っても、彼の悲しみはなかなか薄れませんでした。
大声を出して泣いたり、涙を流したりすることはもう二度とありませんでしたが、その代わりに「永遠の孤独」が、彼の胸の中に冷たく静かに翼を休めました。
「沈黙」が、彼の最も良き相棒となったのです。
そして、沈んでいく夕日と川の水の流れが、毎日彼を河原へと引き寄せました。
彼は今日も河原に立ち、心の中でこう考えていました。
(自分はもう、残された時間がいくらもない。
自分の人生を振り返ってみても、決してサボったことなどないはずだ。
コンマ一秒の油断もなく、自分を磨き上げ、昔の聖人たちの教えに励んできた。
自分が身につけた道を、どうにかして国を治める人々に説き、三千人の弟子たちに伝えてきた。
さらに『詩経』『書経』『春秋』といった古い書物を整理し、正しい礼儀や音楽を整え、占い(易)の理を極めて、それらの大切な記録を未来永劫に伝えるための準備も、ほぼやり終えた。
しかし、自分はこれで死んでしまってもいいのだろうか。
顔回がいなくなった今、本当に全身全霊を捧げて道に生き、キラキラと輝きながら「思いやり(仁)」を実践する者が、いったいどこにいるというのだ。
道とは、ただの言葉ではない。
真理とは、頭の中のアイデアではない。
自分が後世に残したいと願っているのは、おしゃべりではなく、実際の行動なのだ。
もし自分がこのまま死んでしまったら、自分はいったい、一生をかけて何をしてきたというのだろう。
自分はまだ死ねない。
絶対に死ねないのだ。
たった一人でもいい、真の後継者を得るまでは。)
しかし、彼の目の前を流れる水は、一瞬たりとも引き返すことはありませんでした。
遥かな野原の果てでは、真っ赤な太陽が時間を刻むように沈んでいきました。
彼は、自分の命の終わりがひしひしと近づいてきていることを、感じずにはいられませんでした。
(顔回よ、顔回よ。)
底知れぬ寂しい声が、まるで石像のように微動だしない彼の体の中で、冬の木枯らしのようにむせび泣きました。
「永遠の孤独」は、その瞬間、彼を底なしの「からっぽの世界(虚無)」へと突き落としてしまおうとしているかのようにさえ感じられました。
しかし、彼の心の足元は、そんな時でも決してぐらつきませんでした。
七十年の苦しい戦いの中で勝ち取ってきた彼の魂の自由さは、深い湖の底のように、彼の激しい悲しみをそのまましっかりと受け止め、支えていたのです。
「天の動きはいつでも元気いっぱいで、休むことがない(天行健なり)。」
彼は静かに『易経』の一節を口ずさみました。
川の水はこんこんと流れています。
ずっと川下の行く先ばかりを見つめていた彼は、ふと目を転じ、はるか上流の方を見つめました。
そして、こう考えたのです。
(命の泉は、決して枯れることがない。
顔回は死んでしまった。
自分もやがて死ぬだろう。
しかし、天の意志は決して止まることがない。
古の聖人たちの道は、永遠に滅びることはないのだ。)
太陽は、一ひらの雲にその名残の光を残したまま、草原の向こうへと沈みました。
河原はすっかり暗くなりました。
しかし孔子の胸の中では、すでにその時、明日の朝日がまばゆく輝き出していたのです。
彼は童子に声をかけて歩き出しながら言いました。
「ああ、水が流れる、流れる。
夜も昼も関係なく、水があのように絶え間なく流れていく。
あの水のように、天の意志は決して休むことなく、永遠に流れていくのだよ。」

1 顔淵死す。
子曰く、噫、天予(われ)を喪(ほろぼ)せり、天予を喪せりと。
(先進篇)
2 顔淵死す。
子之を哭して慟す。
従者曰く、子慟せりと。
曰く。
慟すること有りしか。
夫の人の爲に慟するに非ずして誰の爲にかせんと。
(先進篇)

泰山に立ちて

子曰く、吾十有五にして学に志す。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順う。
七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えずと。
――為政篇――

孔子は、泰山のてっぺんに立ち、降り注ぐ光の中で、言葉もなくじっと遠くを見つめています。
彼を取り囲んでいる弟子たちも、まるで石のように一言もしゃべりません。
空は美しいヒスイのように透き通って、果てしなく青く広がっています。

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