初級翻訳・論語物語 第50話

下村 湖人

蒼い空のもとに、静かに、しかしその底に限りない悩みをたたえながら、中国という国がその運命的な息を吸って吐き出している。
天と地がどこで交わっているのかはわからない。
中国の大地から漏れる息が、青空の裾をわずかに溶かして、この地上の様々な悩みを隠そうとしているかのようだった。

「泰山に登るのも、これが最後じゃな。」
しばらくそう言ってから、孔子は弟子たちのほうを振り返った。

弟子たちに教えを説くことのほかに、この中国において孔子に許されている仕事といえば、古い書物の研究(古典の究明)しかなかった。
政治の現実の場で舵を取るには、彼の智慧は、現実の君主や諸侯の心からあまりにも遠く離れすぎていたのだ。
そして孔子自身も、中国に対する自分からの最後にして最高の贈り物が、決して諦めない古典の究明であることを、誰よりも痛いほどよく分かっていたのである。

泰山は、中国にとっても、孔子自身にとっても、とても神聖な山だった。
彼はこのごろ、この聖なる山にどうしても登りたいという強い思いに突き動かされていた。
それは、書斎での毎日の地道な研究に疲れてしまったからではない。
むしろ、昔の聖人たちの教えを本当の意味で究めるには、自分自身が泰山のてっぺんに立つことによってしか、本当の完成は見られないと信じていたからだった。

そして今日、彼はついにその願いを果たすことができたのだ。
彼の目も、耳も、そして心も、はるか昔の無限の過去と、これから続く永遠の未来の狭間で、いま静かに澄み渡っていた。

「これが最後じゃが、実はこれがはじめてでもあるのじゃ。」
孔子はまるで自分に言い聞かせるようにつぶやくと、もう一度、遠くの方へ目をしっかりと向けた。

弟子たちは顔を見合わせた。
孔子はこれまでにも、何度も何度もこの泰山に登っている。
七十歳を過ぎてからのこの一、二年はすっかり書斎にこもりがちだったけれど、若いころや旅の行き帰りには、何度もこの山に登ったことがあるはずだった。
「はじめてだ」という意味が、弟子たちには少しも理解できなかった。

しかし孔子は、弟子たちのそんな気持ちなど少しも気にしていないかのように、二、三歩ゆっくりと歩き出した。
そして、周りの木々や石を一つひとつ、じっくりと眺め始めたのだ。
弟子たちは黙って、その背中を見つめていた。

「泰山の心はとても深い。
わしは今日、はじめてこの泰山のふところに入ることができたのじゃ。」

その言葉に、電気のようピリッとした緊張感が弟子たちの胸を走った。
彼らは再び顔を見合わせた。
しかし、誰も一言もしゃべらなかった。

(先生の、この決して消えない不死のたましい……。)
弟子たちの目は、まるでそう囁き合っているかのようだった。

「もう思い残すことは何もない。
あとは、ほんの少しだけ書斎に残っている仕事を片付けるだけじゃ。」

弟子たちは、三度も顔を見合わせた。
彼らは、もしかしたらこのまま孔子の姿が、泰山のてっぺんからそのまま空へ消えていってしまうのではないか、そんな気さえして怖くなった。
そして、示し合わせたようにみんなで立ち上がり、孔子に近づいた。

しかし、その時にはすでに孔子は弟子たちのほうに向き直り、いつもの優しい微笑みを浮かべていた。
その微笑みの中には、人生の底知れぬ寂しさ(無限の憂い)と、深い喜びが、まるで一つに溶け合っているかのように混ざっていた。
それは、人生の苦しい試練をくぐり抜け、極限まで自分の魂を磨き上げた人だけが持つことのできる、素晴らしい微笑みだった。
この微笑みに触れるとき、弟子たちは「偉大な聖人としての孔子」だけでなく、「ひとりの人間としての孔子」、そして「自分たちの親しみ深い先生としての孔子」を同時に感じ取ることができたのである。

そのおかげで、弟子たちの沈んだ気分は急にフッと軽くなった。
それに伴って、みんなの口も軽くなった。

「先生、お疲れは出ていませんか?」
「あの険しい坂を登る時の、先生の足取りの軽いことには本当に驚きましたよ!」
「山登りだけは先生には負けない自信があったんですが、今日のご様子を見ていると、その自信もすっかり怪しくなってきましたね。」
「先生がこれから百歳まで元気に長生きしてくださることも、決して私たちの勝手な願いだけではないんだと分かって、たまらなく嬉しいです!」

そんな言葉が、若い弟子たちの口から次々と飛び出した。
孔子はまるで自分の可愛い孫とでも話すように、それらの言葉に優しくうなずきながら受け答えをしていたが、ふと、何か深いことを考えるように、ほんの一瞬だけ目を閉じた。
そして、一人で何度も大きくうなずいてから言った。

「まあ、みんなそこいらの石にでも腰をお掛け。
今日は、みんなに話したいことがあるんじゃ。」

そう言うと、彼はすぐそばにあった平らな石に腰を下ろし、両手で杖を真っ直ぐ自分の前に立てた。
弟子たちもすぐに、近くの木の根っこや石、草の上にそれぞれ腰を下ろした。しかし、誰もが皆、異様にキラキラと輝く目でじっと孔子を見つめていた。

孔子は、みんなの顔をゆっくりと見回してから、静かに話し始めた。

「今日はね、わしの一生の物語をみんなにしてみようと思う。
――物語といっても、ふとしたお話とは違って、いわば心の物語じゃ。
つまり、わしの心がこの泰山の心とぴったりと重なり合うまでに、どんな険しい坂を登ってきたか、その歩みをみんなに話して聞かせたいのじゃ。」

ここまで話すと、孔子はほんの一瞬、とても寂しそうな顔をした。
なぜなら、弟子たちの中に、自分が一番愛していた顔回(がんかい)と、まっすぐな性格の子路(しろ)の顔が、どこにも見当たらなかったからだ。
顔回は病気で亡くなり、子路は衛(えい)国の内乱で命を落とし、もうこの世にはいなかったのである。もしあの二人が生きていて、こんな場所で、こんな話ができていたなら——そう思うと、今さらながら二人を失ったことが惜しまれてなりませんでした。

すぐれた弟子たちの中で、今この場に並んでいるのは子貢(しこう)ただ一人です。
彼の最近の成長ぶりには、本当に目を見張るものがあります。
しかし、亡くなった二人、とりわけ顔回(がんかい)と比べると、山の絶頂と中腹ほどの違いがどうしてもあります。
これから自分が話そうとすることを、彼は本当に心から理解してくれるでしょうか。頭では分かったとしても、自分の生き方のバネとして、胸と腹の底から味わい尽くしてくれるでしょうか——そう考えると、少し不安な気持ちにもなります。
ましてや、ほかの弟子たちの力では……そう思うと、何となくやるせない気持ちになります。

しかし、孔子は話を途中でやめてしまう気にはなれませんでした。

(誠の心をもって語られた言葉は、いつの日か必ず誰かの人生を生き生きとさせる。
それは、泰山のてっぺんに落ちた一粒の雨が、地面にしみ込んで、やがて大きな海へと流れ着くように。)

そう心の中でつぶやくと、彼は再び口を開きました。

「わしがはじめて学問を志したときは、もう十五歳になっていた。」

弟子たちは、びっくりして顔を見合わせました。

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