初級翻訳・赤いろうそくと人魚 第2話

小川 未明

女の子は大きくなるにつれて、黒目がちですてきな髪をしていて、肌の色がうすいピンク色の、おとなしくて賢い子に育っていきました。

三

 娘は大きくなりましたが、姿が人間とは違っていたので、恥ずかしがって決して家の外へ顔を出しませんでした。
それでも、ほんの一目その娘を見た人たちは、誰もがびっくりするほどのものすごい美人だったので、中にはどうにかしてその娘を一目見たいと思って、わざわざろうそくを買いにくる人たちもいました。
おじいさんやおばあさんは、
「うちの娘は内気で人見知りだから、みなさまの前には出ないのですよ」
と説明していました。

奥の間では、おじいさんが毎日せっせとろうそくを作っていました。
あるとき娘は、「自分が思いきってきれいな絵を描いたら、みんなもっと喜んでろうそくを買ってくれるかもしれない」と考え、そのアイデアをおじいさんに話してみました。するとおじいさんは、「それなら、お前の好きな絵を試しに描いてみるといい」と答えました。
娘は赤い絵の具を使って、白いろうそくに、魚や貝、あるいは海草のような模様を、生まれつきの才能で、誰にも習ったことがないのにそれは見事に描き上げました。
おじいさんはそれを見て、あまりの素晴らしさにびっくりしてしまいました。
誰もがその絵を見ると、思わずそのろうそくが欲しくなってしまうような、不思議な魅力と美しさが、その絵にはぎゅっとつまっていたのです。
「うまく描けて当然だ。人間じゃない、本物の人魚が描いたんだからな」
おじいさんは深く感心して、おばあさんと顔を見合わせました。
「絵が描いてあるろうそくをくださいな!」
朝から晩まで、子どもから大人までがお店の店頭へ次々と買いにやってきました。
うわさ通り、絵の描かれたろうそくは、みんなの大人気となったのです。

すると、そこから不思議なうわさが広がり始めました。
この絵が描かれたろうそくを山の上のお宮にお供えし、その燃え残りのロウを身につけて海に出ると、どんなに恐ろしい大嵐の日でも、船がひっくり返ったり海に投げ出されて死んでしまったりするような災難には、絶対に遭わないというのです。いつの間にか、そんなうわさがみんなの口から口へと伝わっていきました。
「海の神さまをお祭りしているお宮なんだから、こんなにきれいなろうそくをお供えしたら、神さまもきっと大喜びなさるに決まっているよ」
町の人々はそう口々に言いました。

ろうそく屋さんでは次々とろうそくが売れるので、おじいさんは朝から晩まで一生懸命にろうそくを作り続けました。その横で娘は、手が痛くなるのもじっと我慢しながら、赤い絵の具で美しい絵を描き続けたのです。
「こんな人間とは違う姿の私を、本当の子どものように大切に育てて、かわいがってくださるおじいちゃんとおばあちゃんの御恩は、絶対に忘れてはならないわ」
娘は老夫婦のやさしい心づかいに胸を打たれ、大きな黒い瞳に涙をう浮かべることが何度もありました。

この不思議なろうそくの話は、やがて遠く離れた村々にまで伝わっていきました。
遠方の船乗りや漁師たちは、「ぜひとも神さまにお供えされた、あの絵入りのろうそくの燃え残りを手に入れたい!」と願い、わざわざ遠いところから買いにやってくるようになったのです。そして、ろうそくを買って山に登り、お宮にお参りをして、ろうそくに火をつけてささげ、その燃えて短くなるのを待って、またそれをいただいて帰りました。
だから、夜となく、昼となく、山の上のお宮には、ろうそくの火の絶えたことはありませんでした。
とくに夜はとても美しく、明かりの光が海の上からもよく見えたのであります。
「ほんとうに、ありがたい神さまだ」
という評判が、世間にひろまりました。
それで、この山が急に有名になったのです。
神さまの評判はこのように高くなりましたけれど、だれも、ろうそくに心をこめて絵を描いている娘のことは、思い出してあくれる人はいませんでした。
したがって、その娘をかわいそうに思った人は誰もいなかったのです。
娘は疲れ果てて、月がきれいな夜には、ときどき窓から顔を出して、遠くの、北の青い、青い海をなつかしがりながら、涙を浮かべて眺めていることもありました。

四

あるとき、南の方の国から、香具師(やし)がやってきました。
なにか北の国へいって、珍しいものを探して、それを南の国へ持って帰って、大金をもうけようというのであります。
その香具師は、どこから聞きつけてきたのか、あるいはいつの間にか娘の姿を見て、あれが本当の人間ではなく、世にも珍しい本物の「人魚」であることを見抜いたのか、ある日のこと、こっそりと年寄り夫婦のところへやってきて、娘にはわからないように、「大金を出すから、その人魚をわしに売ってくれないか」と申し出たのです。
年寄り夫婦は、最初のうちは、
「この娘は神さまがお授けくださったのだから、どうして売ることができようか。そんなことをしたら罰が当たる」
といって承知しませんでした。
しかし香具師は、一度や二度断られてもめげずに、またやってきました。
そして、年寄り夫婦に向かって、
「昔から、人魚というのは不吉なものと決まっている。いまのうちに手もとから離さないと、きっと恐ろしい悪いことが起きるぞ」
と、もっともらしい顔をしてだましたのです。
年寄り夫婦は、ついにその香具師の言うことを信じてしまいました。
それに大金が手に入るとあって、すっかり欲に目をくらませ、娘を香具師に売り渡す約束を決めてしまったのであります。
香具師はたいそう大喜びして帰っていきました。
「いずれそのうちに、娘を受け取りにくるからな」と言い残して。

この話をあとから知った娘は、どんなに驚き、ショックを受けたことでしょう。
内気でやさしい娘は、この家から離れて、何百里も遠く離れた、言葉も通じない、熱い南の国へ連れていかれることを心からおそろしがりました。
そして、涙を流しながら、年寄り夫婦に必死でおねがいしたのです。
「わたしは、どんなにつらい仕事でも一生懸命働きますから、どうか知らない南の国へ売られていくことだけは、許してくださいまし!」
と泣きつきました。
しかし、もはや心が変わってしまい、鬼のような冷たい気持ちになっていた年寄り夫婦は、娘がどんなに頼んでも、一切その言葉を聞き入れませんでした。
娘は自分の部屋の中に閉じこもって、一心不乱にろうそくの絵を描き続けました。
けれども、年寄り夫婦はそれを見ても、かわいそうとも、いじらしいとも、少しも思わなかったのであります。

月の明るい晩のことでした。
娘はひとりで波の音を聞きながら、自分のこれからの運命を思って悲しんでいました。
じっと波の音を聞いていると、なんとなく遠くの方から、自分を呼んでいる声がするような気がしました。それで、そっと窓から外をのぞいてみました。
けれどそこには、ただ青い、青い海の上に月の光が、果てしなく照り輝いているばかりでした。
娘はため息をつき、また部屋に戻って、ろうそくに絵を描き続けました。
するとこのとき、表のほうが急に騒がしくなりました。
いつかの香具師が、いよいよ今夜、娘を連れ去るためにやってきたのです。

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