初級翻訳・遠野物語 第10話

柳田 国男

男は夜通しであちこちを探し回りましたが、ついに見つけることができず、そのままこの鳥になってしまったのだそうです。
鳥が「アーホー、アーホー」と鳴くのは、この地方の言葉で、野原にいる馬を追い立てるときの「おおい、あっちへ行け(あーほー)」という声なのです。年によっては、この馬追鳥が里の方まで飛んできて鳴くことがありますが、それは恐ろしい大飢饉(ききん)の前触れだといわれています。ふだんは深い山の中に住んでいて、その鳴き声はいつも山奥から聞こえてきます。
○クツゴコとは、馬が勝手に草を食べたり人を噛んだりしないように、口にはめる網状の袋のことです。

五三 郭公(かっこう)と時鳥(ほととぎす)は、もともとは本当の人間の姉妹でした。
あるとき、姉の郭公が芋を掘って火で焼き、まわりの硬いところを自分で食べて、中の柔らかくておいしいところを妹に分けてあげました。しかし妹は、「お姉ちゃんが食べている部分のほうが、もっとおいしいはずだ!」と思い込み、なんと包丁でそのお姉さんを刺し殺してしまいました。お姉さんはその瞬間に鳥へと姿を変え、「ガンコ、ガンコ!」と鳴きながら空へ飛び去っていきました。
※「ガンコ」とは、この地方の方言で「芋の硬いところ」という意味です。
妹はそれを見て、「そうか、お姉ちゃんは自分のほうがおいしいところを私にくれていたんだ……!」と気づきました。妹は自分のしたことを激しく後悔し、あまりの苦しさに耐えかねて、やがて妹自身も鳥になってしまい、「包丁かけた、包丁かけた!」と鳴き続けるようになったということです。
遠野のあたりでは、時鳥のことを「包丁かけ(ほうちょうかけ)」と呼んでいます。ちなみに、盛岡のほうでは時鳥は「どちゃへ飛んでた(どちらへ飛んでいった)」と鳴いているように聞こえるのだと言い伝えられています。
○このお話に出てくる芋は、今でいうジャガイモ(馬鈴薯)のことです。

五四 閉伊川(へいがわ)の流れる川には深い淵(ふち)がたくさんあり、そこにはぞっとするような恐ろしい伝説がいくつも残っています。
小国川(おぐにがわ)と合流する場所の近くに、「川井(かわい)」という村があります。その村の裕福な長者のもとで働く奉公人が、ある淵のすぐ上にある山で木を切っていたとき、うっかり大切な斧(おの)を水の中にポチャンと落としてしまいました。
主人の大事な斧だったので、男は淵の中にジャブジャブと入って探しはじめました。水の底へとどんどん潜っていくと、なんと不思議なことに水の底から人の話し声のような物音が聞こえてきます。その音をたどって進んでいくと、水の底の岩の陰に一軒の家が建っていました。
家の奥をのぞいてみると、なんと美しい娘が一人でポチポチと機(はた)を織っていました。そして、その機織り機のそばに、あの落とした斧が立てかけてありました。
男が「その斧を返していただけませんか」と頼むと、娘はスッと振り返りました。その顔をよく見ると、なんと二、三年前に亡くなったはずの、自分の主人のむすめだったのです!
娘はこう言いました。「斧は返してあげる。でも、私がこの場所に生きていることは、絶対に誰にも言わないでちょうだい。そのお礼として、これからあなたの暮らしをとても良くしてあげる。もうつらい奉公なんてしなくても暮らせるようにしてあげるからね」
それが本当のおかげなのかどうかは分かりませんが、それからの男は「胴引(どうびき)」という博打(ばくち)勝負ですごい強さを発揮し、なぜか勝ち続けました。どんどんお金が貯まり、ほどなくして奉公をやめて自分の家に引きこもり、村の中くらいの農民として暮らせるようになりました。
けれど、この男はすっかり物忘れが激しくなり、あの淵で出会った娘との約束や言われたこともすっかり忘れて暮らしていました。そんなある日、男はまたあの淵のそばを通りかかって町へ出かける途中、ふと昔の出来事を思い出し、一緒にいた連れの人に「昔こういう不思議なことがあってね……」とペラペラと語ってしまったのです。
すると、その噂(うわさ)はあっという間に近所の村々へと伝わっていきました。
その話しをしてからというもの、男の家は再びお金がなくなり貧しくなり、また昔の主人のもとへ戻って何年も奉公をする羽目になってしまったということです。
家の主人は、いったい何を思ったのか、その淵に向かって何荷もの熱いお湯をドボドボと注ぎ込むなどして仕返しをしようとしましたが、まったく何の効果もなかったとのことです。
○下閉伊郡川井村大字川井の事。川井はもちろん「川合(川が合流する場所)」という意味です。

五五 川には、「川童(かっぱ)」がたくさん住んでいます。特に猿ヶ石川(さるがいしがわ)にはたくさんいます。
松崎村(まつざきむら)の川のそばに建つある家では、お母さんと娘の二代続けて、川童の子どもを身ごもって産んでしまったという人がいました。生まれてきたその子どもは、すぐに斬り刻まれて一升樽(いっしょうだる)の中に詰められ、地面の土の中にひっそりと埋められたということです。その見た目は、ものすごく不気味で恐ろしいものでした。
お嫁さんの実家は新張村(にいはりむら)の誰それという家で、こちらも川のすぐそばに建つおうちでした。
そのおうちの主人が、まわりの人たちにその一部始終を語りました。
ある日の夕方、そのおうちの人たちみんなで畑仕事から帰ろうとしたところ、女の子が川の岸辺にしゃがみこんで、ニヤニヤと笑っていました。
次の日も、お昼休みの時間にまた同じことが起こりました。
そんなことが何日も続いていくうちに、だんだんとその女の子のところに、村の誰それという男が毎晩のように通っているという噂が広まりました。
はじめのうちは、お婿さんが浜の方へ馬で荷物を運ぶ仕事(駄賃附)で留守にしている時を狙ってやって来ていただけでしたが、そのうちにお婿さんと一緒に寝ている夜にまでやって来るようになってしまいました。
「相手はきっと川童(かっぱ)にちがいない」という噂がますます大きくなったので、親戚の人たちがみんなで集まって女の子を見守りましたが、まったく何の役にも立ちません。お婿さんのお母さんも行って娘の側に一緒に寝たのですが、真夜中にその娘がクスクスと笑う声を聞いて、「さてはまたやって来ているな」と気づきながらも、体がすくんで身動きひとつできず、みんなはどうすることもできませんでした。
その子供が生まれた時はものすごい難産でしたが、ある人が言うには、「馬の飼い葉桶(うまぶね)に水をたっぷり張って、その中で産めば軽く産めるはずだ」とのことだったので、ためしにそれをやってみたところ、本当にその通りにすんなりと生まれました。
生まれたその赤ちゃんの手には、水かきがついていました。
この娘のお母さんもまた、むかし川童の子どもを産んだことがあるのだといいます。
「これは二代や三代の因縁なんかじゃないんだ」と言う人もいます。
このおうちも、法にかなった立派な大豪農で、何とかという名前の士族(武士の家系)でした。
村の会議の議員をつとめたこともある家柄です。

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