初級翻訳・鉄人Q 第14話

江戸川 乱歩

壁一面に、黒いカーテンでもさがっているように見えました。
そのまっくらの中に、ヌーッと、鉄人Qが立っていました。
二少年は、顔をくっつけるようにして、窓のカーテンのすきまから、息を殺して、のぞいています。
すると、じつにへんてこなことがおこったのです。鉄人Qは、両手で自分の頭をつかんで、ぐっと上の方へ持ちあげました。
つまり、自分の首をすっぽりとぬいてしまったのです。
ああ、やっぱり、こいつはロボットです。
鉄でできた人造人間だから、首をぬいても平気なのです。
Qはぬきとった自分の首を、そばのテーブルの上におきました。
そして今度は、両手をぐるぐるまわして、ぱっと勢いよく上へふりあげました。
すると、両手が胴体を離れて、さあっと天井の方へとびあがり、どこかへ見えなくなってしまいました。
Qは胴体と足ばかりの、みょうな姿になりました。
首と手のない人間なんて、じつに気味の悪いものです。
やがてQは、とことこと足ぶみをはじめました。
そしてしばらくすると、胴体をもとのところに残して、二本の足だけが前に歩きだし、部屋の中をぐるぐるまわりはじめたではありませんか。
二少年が、
「あっ。」
と目をみはっているうちに、その足もどこかへ消えてしまい、あとに残った胴体が宙に浮いてフラフラしていましたが、これもスーッととけるように見えなくなってしまいました。
そのとき、机の上にちょこんと乗っているQの首が、ニヤッと笑ったのです。
まっかなくちびるで、ニヤッニヤッと笑ったのです。

おばけの家

二少年はあまりのおそろしさに、思わずあとずさりをしたので、窓の外におかれていた踏みだしの木の箱から、足をふみはずしてしまいました。
ころびそうになるのをやっとふみこたえましたが、するとそのとき、まっくらな庭のうしろの方から、ケラケラケラというぶきみな笑い声が聞こえてきました。
はっとしてふりむきますと、そこのやみの中に小さなおばけが立っていたではありませんか。
窓からもれてくるかすかな光で、そのおばけがぼんやりと見えています。
そいつは少女の一つ目小僧でした。
まっ白な大きな顔の額のまん中に、目が一つしかないのです。
そしてまっかなくちびるをひらいてケラケラと笑っているのです。
そのおばけには足がないように見えました。
ちんちくりんのまっかなワンピースを着ていてパッとひらいたスカートの下に、なんにもないのです。
一つ目の顔とワンピースだけが宙に浮いているのです。
二少年は、
「ワーッ。」
と叫んで逃げだそうとしました。
するとおばけが、
「逃げなくてもいいわよ。話があるのよ。」
と呼びとめました。
かわいらしい少女の声です。
声は少しもおばけらしくありません。
二少年は立ちどまってふりむきました。
するとちんちくりんのスカートの下にまっ黒な長い足がついていることがわかりました。
黒い靴下をはいているのでやみにとけこんで、ちょっと見たのではわからなかったのです。
「びっくりしなくってもいいわよ。あたし、おばけじゃないのよ。三千代ちゃんというのよ。」
少女はほがらかな声でいって、かぶっていたはりこの頭を両手でスッポリとぬいでみせました。
するとその下から目の二つあるふつうの少女の顔が現われたではありませんか。
「なあんだ、きみ、一つ目小僧じゃなかったのかい。」
中井君が安心したようにいいました。
「ええ、おばけのまねをしていただけよ。」
「きみはここのうちの子かい。」
「そうじゃないわ。ロボットにさらわれてきたのよ。」
「へえ、さらわれたの? ロボットって鉄人Qのことだね。」
「名前は知らないわ。でも鉄でできたロボットよ。」
ああ、鉄人Qはまたしてもこんな少女をさらってきたのでしょうか。
まえには村田ミドリちゃんというかわいらしい少女をさらって、上野公園の五重の塔にかくれていたことがあります。
こんどもまた同じようにしてこの少女をさらったのかもしれません。
「じゃあ逃げればいいじゃないか。どうして逃げないの?」
中井君がたずねますと、少女はまたケラケラと笑いました。
「逃げられないわ。あんたたちだって逃げられないのよ。ほら、ごらんなさい。」
少女がすぐうしろのやみの中を指さしました。
思わずその方を見ますと、くらやみの中からボーッと現われてきたものがあります。
そいつはまっ四角な大きな箱のような顔をしていました。
胸も腹もまっ四角です。
手や足は四角な棒のようです。
そいつがガクンガクンと機械みたいな歩き方でこちらへ近づいてくるではありませんか。
背の高さもおとなよりずっと大きいのです。
それが一つだけではありません。
二つ、三つ、四つとやみの中からつぎつぎとおそろしい姿を現わしてくるのでした。
これこそロボットです。四角な顔、四角なからだをしたロボットです。
四つの大きなロボットが、やみの中から現れて、二人の少年をとりまいてしまいました。
ロボットが足を動かすたびに、ギリギリ、ギリギリと、歯車の音がします。
機械でできているらしいのです。
「ねえ、逃げられないでしょう。
こいつらが、番をしているのよ。
逃げようとすれば、ひどいめにあわされるわ。」
少女は、べつにこわがってもいないような、ほがらかな声でいうのでした。
しかし、少年たちは、おそろしさにガタガタふるえて、ものもいえないのです。
「ここは、おもしろいうちよ。
おばけの家なのよ。
だから、あたしも一つ目小僧にされちゃったのよ。
でも、こわいことはないわ。
あたし、強い子だから、へいきよ。
ここのうちにいるのが、たのしいくらいだわ。
あんたたちも、きょうからこのうちにいなければいけないのよ。
そしておばけになるのよ。」
少女がへんなことをいいだしました。
「おばけになるんだって。」
中井君がびっくりして聞きかえします。
「そうよ。
ここのうちには、おばけがウジャウジャいるのよ。
あたたちも、その仲間入りするんだわ。」
「きみはへいきなんだね。
だが、ぼくたちはいやだよ。
おうちへ帰らないと、しかられるからね。」
「だって、帰ることはできないんですもの。
あたしも、はじめは帰ろうとしたの。
でも、そうするとひどいめにあうのよ。
おそろしいめにあうのよ。
だから、あたしおばけになったの。
おばけになれば、だれも何もしないで、おいしいごちそうをたくさん食べさせてくれるのよ。」
少年たちは、少女のいうことがよくわかりませんでした。
おばけになればごちそうが食べられるなんて、なにがなんだか少しもわけがわからないのです。
いくらごちそうが食べられたって、おばけの家にとじこめられるのはいやです。
そのうえ、このうちにはあのおそろしい鉄人Qが住んでいるのですから、こんなうちにいるなんてまっぴらごめんです。
中井少年と北見少年はたがいに目くばせをして、サッと逃げだそうとしました。
すると、少年たちをとりかこんでいた四つのロボットが、ギリギリと歯車の音をさせながら、ぐうっと近よってくるのです。
そのとき、四つのロボットの目がまっかに光りだしたではありませんか。
ロボットの四角な顔に、ちゃわんのような大きな目がまっかにかがやいているのです。

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