初級翻訳・鉢かつぎ 第2話

楠山 正雄

「参ってみますと、みんな隠れてしまいまして、あとに一人、このような不思議な姿の者が残っておりました」
そう言って、鉢かつぎを中将にお目にかけると、中将は彼女を見て言いました。
「まあ、その鉢を取ってやれ。一体誰なのか顔を見てやろう」
家来たちが二、三人で寄ってたかって鉢に手をかけましたが、鉢かつぎは言いました。
「いいえ、いいえ。取ろうとなさっても、決して取れない鉢でございます」
しかし家来は聞く耳を持たず、「ばかなことを言うな」と無理やり鉢を脱がせようとしました。ところが、鉢はまるで頭から生えているかのようにしっかりと吸いついていて、どうしても取れません。家来たちは呆れ果てて、あきらめてしまいました。

中将はますます不思議に思い、尋ねました。
「お前はどこから来たのだ。どうしてそんな変な姿になったのか」
けれども鉢かつぎは、本当の身分を明かせばお父さんの恥になると考え、ただこう答えました。
「交野の近くにおりました、卑しい者の子でございます。たった一人の母親と死に別れて毎日泣き暮らしておりましたら、どうしたわけか、ある日空から鉢が降ってきて、頭に吸いつき、このような姿になってしまいました」
中将は「世の中には不思議なこともあるものだ」と思い、続いてこう尋ねました。
「それでは、これから一体どこへ行くつもりなのか」
「たった一人の母親と別れてしまい、他に頼る者もございません。それにこのような姿になってからは、誰もが気味を悪がって、相手にしてくださる方もおりません」
鉢かつぎがそう答えると、中将は言いました。
「それは気の毒なことだ。わたしの家へ来るがいい」
そう言って、中将は鉢かつぎを連れて屋敷へ帰りました。

中将のお屋敷へ連れて行かれると、女中頭が鉢かつぎを見て尋ねました。
「お前、何か覚えていることはあるかい?」
鉢かつぎが子供の頃にお母さんから習ったことは、昔の本を読んだり、和歌を詠んだり、琴や琵琶を弾いたりすることばかりでした。
しかし、そんなことは女中の仕事には何の役にも立ちません。鉢かつぎは恥ずかしくなって、「わたくしは何にも知りません」と答えました。
「それならば、お湯殿の番でもおし」
そう言われて、彼女は風呂番の女として働くことになったのです。それからは毎日毎晩、薄暗いお風呂場のお釜の前に座らされ、頭から灰をかぶりながら、鉢かつぎは水を汲んだり、火を焚いたりしました。朝は誰よりも早く起こされ、夜はみんなが寝静まった後まで、ずっと立ち働かなければなりませんでした。

朝になると「鉢かつぎ、さあ起きなさい。手水の用意はまだか」と急かされ、晩になると「さあ、お帰りだ。足洗いのお湯は沸いているのか」と叱られる毎日です。鉢かつぎは朝も晩も、いぶった薪の臭いで目や鼻を痛めながらお釜の前に座り、暇さえあれば涙をこぼしていました。

中将には四人の息子がいました。上の三人はすでに立派なお嫁さんをもらっていましたが、一番下の宰相だけはまだ独身でした。宰相はとても情け深い人だったので、鉢かつぎがみすぼらしい姿で、一番つらい風呂番の仕事をさせられているのを見て、いつも気の毒に思っていました。
みんなは「変な姿だ、変な姿だ」と言って気味悪がり、鉢かつぎとはろくに口も利きませんでしたが、宰相だけは朝晩、手水の水や足洗いのお湯を運んでくるたびに、鉢かつぎに優しい言葉をかけていたわってあげました。

宰相がそうするたびに、ほかの女中たちは嫉妬して、「若さまは、あんな変な者なんかをかわいがって、一体どうなさるつもりかしら」と言い合っては、あざ笑いました。そして中将や奥方に対しても、鉢かつぎの悪口ばかりを吹き込みました。
そのせいで、中将も奥方もだんだんと鉢かつぎを嫌うようになり、何かにかこつけて暇を出して追い出そうと相談を重ねていました。
それを知った宰相はびっくりして、お父さんとお母さんの前へ出て、「鉢かつぎを追い出すなんてかわいそうです。どんな変な姿でもかまいませんから、わたしのお嫁さんにして、いつまでもここに置いてやってください」と頼みました。

中将は大そう怒り、宰相を厳しく叱りつけました。それでも、宰相は鉢かつぎを見捨てようとはしませんでした。叱られれば叱られるほど、ますます鉢かつぎがかわいそうでならず、どうにかして彼女を屋敷に置いてあげられる方法はないかと、そればかりを考え込んでいました。

奥方はその様子を見て深く悩み、ある日、乳母を呼んで「どうにかして、鉢かつぎに自分から出ていくように仕向ける方法はないかしら」と相談しました。
この乳母はとてもずる賢い女だったので、相談されると得意げに鼻を動かし、こう言いました。
「それでは、こうなさってはいかがでしょう。宰相さまには、ひとまず鉢かつぎを嫁に迎えることに同意していただき、そこで『嫁合わせ』という催しをするのです。日を決めて、上のお兄さま方のお嫁さまと鉢かつぎを同じお座敷へ呼び出し、引き合わせるのです。そうすれば、いくら図太い鉢かつぎでも、自分の見っともない姿を恥じて、席に出るまでもなく自分から逃げ出していくはずです。そうすれば宰相さまも諦めて、もう二度と彼女のことは口にしないでしょう」

奥方はそれを聞いて大喜びし、さっそく「嫁合わせ」を行うと言い渡しました。
それを聞いた宰相は、大そう困り果ててしまいました。そこで鉢かつぎのもとへ行き、「お前を嫌う人たちが『嫁合わせ』ということを開いて、お前に恥をかかせようとしている。どうしたらいいだろうか」と尋ねました。
鉢かつぎは涙を流しながら言いました。
「みんな、わたしがここにいるから騒ぎになるのです。わたしはもうどうなっても構いませんから、お暇をいただいて出て行くことにいたしましょう」

宰相は驚いて言いました。
「何を言っているんだ。お前を一人で追い出したら、またみんなにいじめられるに決まっている。そんなの、かわいそうで見ていられないよ。どこへ行くにしても、わたしがついて行ってあげる」
鉢かつぎは、とめどなく涙をこぼすばかりでした。

宰相は鉢かつぎと二人で、そっと旅の支度を始めました。準備が整うと、夜の明けきらないうちに二人はこっそりと屋敷を抜け出しました。二人がいよいよ門を出ようとした時、ちょうど明け方の月が西の空に、研ぎ澄まされた鏡のようにきらきらと輝いていました。鉢かつぎは、その月を見上げながら、いつもお祈りしていた長谷(はせ)の観音さまの方角に向かって、「どうか私たちの身の上をお守りください」と心の中で祈り、手を合わせました。
その瞬間でした。頭に乗っていた鉢が「ぽっくり」と音を立てて落ち、それと同時に、中から金銀や宝石がざらざらとこぼれ落ちてきたのです。
宰相は、月の光に照らされて初めて鉢かつぎの顔を見ました。そのあまりの美しさに、ただただ驚くばかりでした。
落ちた鉢の中からは、金と漆(うるし)で塗られた箱が二つ出てきました。その中には、金の杯(さかずき)に銀の長柄(ながえ)、砂金で作った橘(たちばな)の実と、銀で作った梨(なし)の実、そして目がくらむほど美しい十二単(じゅうにひとえ)の晴れ着や赤い袴(はかま)など、数え切れないほどの宝物がぎっしりと詰まっていました。

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